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【白い四葩に一途な愛を】おまけ
誕生日の約束
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テーブルの上には出来上がった様々な料理が盛り付けられている。
肉じゃがとサバ味噌と大根のきんぴら、それから、綺麗に盛られた彩の良いサラダに、白菜のお味噌汁。
ご飯は黄色が美しい、トウモロコシの炊き込みご飯。
豪華な一品があるわけじゃない。
メインが二品あるくらいで、特別な料理は一つもない。
それでも、どの料理も彼の好物だから。
地味だって言われるかもしれないけど、彼が喜んでくれる料理ばかりだから……
「誕生日おめでとう」
オレ以外誰も居ない部屋に、ポツリとオレの声だけが虚しく響く。
8月31日、國士の誕生日だと言うのに、当の本人は今家に居ない。
秋の行楽シーズンに向けて、今は仕事が忙しい時だから……
連日、残業が続いているし、朝が早いことも知っている。
「昨日も遅かったもんなぁ……」
時計を見ると、もう20時を過ぎている。
チラッとスマホを見ても、なんの連絡も入っていない。
今日も、もしかしたら帰って来ないかもしれない。
今週は色んな会議も重なっていたから、泊まり込みとか、出張も多かった。
でも、今日は誕生日だから……今日くらいは…、少しだけでも、早く帰って来てくれるかも。って期待していた。
だから、夕飯は彼の好物ばかりを作って待っていた。
待っても、待っても、待っても……國士はまだ帰っては来ない。
「國士、まだかな…」
テーブルにうっつぷして、徐々に冷めていく料理を見やり、つい溜息が漏れてしまう。
「遅くなるなら、連絡くらいよこせよ。バーカ」
ピンッと恨み言を口にし、スマホの画面を爪先で突っつく。
コツコツと小さな音がして、画面が反応してライトが付くも、連絡はない。
「はぁ~……」
椅子の背にエプロンを掛け、再度溜息を吐いた後、諦めて料理にラップを被せてからリビングに移動する。
時間も遅いし、明日のことを考えても、一人で食事を取ってさっさと寝た方がいいのはわかってる。
でも、ここまで準備をしたんだから、折角だから一緒に食べたい。
喜んでくれる顔を見たい。
彼の匂いが染み込んだクッションを抱きしめ、ソファーに身を沈めながらボーっとテレビを眺める。
興味もないバラエティ番組。
何が一体面白いのかわからない。
騙されて、海に飛び込まされる芸人に同情を覚えつつも、自分も過去に似たようなことがあったから、笑うことなんて出来なかった。
時計の音だけが異様に大きく聞こえてくるけれど、國士はまだ帰って来ない。
スマホの着信ライトが光る度に、急いで手を伸ばしてメールを確認する。
ただの広告にだったことに落胆して、ポイっとソファーの端にスマホを放り投げる。
「連絡してこいよ、バカ……」
クッションに顔を埋め、寂しさを紛らわせるも、つい零れた言葉は少し涙声になってしまった。
「……なんか、あったのかな」
いつまでも帰って来ない恋人に、不安と寂しさが込み上げてくる。
どれだけ遅くても、どんなに忙しくても、連絡だけはくれた。
遅くなるって日は、『ごめん。先に寝てて』『出来るだけ早く帰るから』『明日の朝、一度帰る。本当にごめん』って、必ず連絡が来た。
電話すら出来ない状況なのか……?
スマホの時計を見ると、いつの間にか、時間は22時を回っていた。
確かに、約束したわけじゃない。
忙しいってのもわかってる。
急な付き合いとかあるのは知ってる。
今日は、付き合いの長い会社の社長と会っているのも知ってる。
オレも一緒に行く予定だったから……
でも、國士がオレが行くのを拒否したから……
「紫苑、あの社長苦手だろ?大丈夫だって。上手く纏めて来てやるから」
自信満々に言われたら、無理矢理付いて行くなんて出来なかった。
あの変態親父、オレの尻を舐めるように見てくるのが本気で気持ち悪いんだよな……
あわよくばって感じで触ってきたこともある。
國士にバレたら……考えるの、辞めよう。会社の利益を損なうくらいなら、オレが我慢してる方が断然良いに決まってるし……
「はぁ……何やってんだよ國士…早く、帰って来いよ……」
ソファーに身体が沈むくらい深く腰掛け、完全に冷めてしまったテーブルの料理を眺める。
「……仕方、ないじゃん。今は、忙しいってわかってたし、それをサポートするのがオレの、仕事じゃん」
自分に言い聞かせるように呟き、空腹を紛れさせるために温かいお茶を淹れに行く。
お湯を小鍋で沸かして、ティーパックのほうじ茶をカップに入れる。
香ばしい匂いと共に、温かいぬくもりにホッと息を吐き出す。
アレは、明日の夕飯にでも食べたらいいや。
弁当に入れれそうなのは、入れたらいいし。別に、捨てるわけじゃない。
明日は作る手間が省けてラッキーって感じだ。
うん。だから……無駄じゃない。
國士が悪いわけじゃ、ない……。
ちゃんと約束してなかった、オレが悪いだけ。
勝手に盛り上がって、喜んでもらえるって、一人で舞い上がってただけ……
だから、國士は悪くない。
むしろ、頑張ってるんだから、帰って来たら褒めてあげないと……
カウンターに軽くもたれ掛かり、ゆっくりとお茶を啜る。
落ち着きたくてお茶を飲み始めたのに、胸の奥に小さな棘が刺さったように、ズキズキと小さな痛みを感じる。
「自分が、悪いんじゃん……」
まだお茶が残った湯飲みをカウンターに置き、すっかり冷めてしまった料理を冷蔵庫に直していく。
早く風呂入って寝よ。
顔見て、「おめでとう」って言いたかったけど、今日は無理みたいだし……
別に、明日の朝、言えばいいんじゃん……
帰って来ないわけじゃ、ないから……
ホントに、帰って……来るよな……
料理を全て冷蔵庫に直し、扉を閉めた瞬間、何故か涙が溢れた。
「あ…れ…?おかしい、な……」
次から次へと溢れ出てくる涙を手のひらで拭うも、止めることは出来ない。
「別に、悲しくなんてないのに…なんで……」
声に出すも、その声は震えていた。
ずっと一人で居ることなんて、慣れているはずなのに……
國士の帰りが遅いってだけで……自分が寂しいって感じているのを自覚していなかった。
「紫苑、なんで泣いてんだ?……遅くなってごめん」
不意に背後からギュッと抱き締められ、耳元で切なげな声と吐息が聞こえる。
自分が泣いていたせいで、扉が開く音も、國士が帰って来た声も聞こえていなかった。
ずっと、ずっと待っていた彼の温もりに、帰って来てくれて嬉しいって気持ちと、事故とかじゃなったという安堵。それと同時に、こんな時間まで連絡も寄こさず、能天気に帰ってきたことへのモヤモヤとした感情が渦巻く。
「……別に、待ってない…。これは、ゴミが目に入っただけ」
ぶっきらぼうに言うも、ギュッと力強く抱き締めてくれる腕から抜け出すことが出来ない。
怒っているはずなのに、帰ってきてくれたことが嬉しい。
「……連絡しなくて、ごめん。どうしても、やらなきゃいけないことがあってさ」
文句を言いたいのに、オレの頭に擦り寄ってくる國士から離れたくない。
「紫苑、ただいま。待たせちゃって、本当にごめん」
オレの手を取り、絡めた指が甘えるように指の間を擦って来る。
「ん……擽ったいからやめろよ」
文句を言いつつも、甘えてくる仕草にそれ以上強くは言えず、小さく溜息を吐いて諦める。
頬を啄むようにキスをされ、握った手を絡めてくる。
「なぁ、おかえりって言ってくれないのか?」
耳元で聞こえる甘い声に、モヤモヤが消え去っていく。
でも、これだけはハッキリと言いたくて、クルッと向きを変え
「おかえり。ちゃんと連絡は寄こせよバカ國士」
唇を尖らせて文句を口にすると、チュッと軽い音を立ててキスをされた。
「紫苑、ただいま。次からは絶対ちゃんと連絡する」
改めて『ただいま』と言って貰え、嬉しそうな笑みを浮かべる國士に、つい絆されそうになる。
でも、理由をまだ聞いていない。
やらなきゃいけないことってなんだったのか……それをまだ教えて貰ってない。
「……今日の会合の相手、あの社長だっただろ?だから、ちょ~っと言いたかった大切なお話合いをしてきた」
國士の眼が笑ってない。
オレが怒られてるわけじゃないのに、さっきから寒気が止まらない……。
「なぁ、紫苑。お前、あの変態クソじじぃにセクハラされたことあるよな?俺の大切な紫苑の可愛い尻とか肩とか、触られたこと、あるよな?」
オレは悪いことなんて一つもしていないのに、さっきから冷や汗が止まらない。
心臓が痛いくらいバクバク言ってて、怖くて顔を伏せってしまう。
「だから、忠告してきた。俺の可愛い、世界で一番愛している嫁の紫苑に手を出したら、今後一切の取引はしない。って。誓約書まで書かせてきたから」
何か紙を持ってるのはわかる。
でも、顔を上げるのが怖くてできない。
「紫苑、あのおっさんに何回嫌なことされた?どこを触られて、何を言われた?紫苑が我慢すれば全部丸く収まるって、何度思った?」
耳元で囁かれる声は優しいのに、怖くて仕方ない。
ワイシャツの裾をギュッと握り締めて、涙が零れ落ちるのを必死に堪える。
「……ごめん。怒ってるわけじゃないから……。ただ、紫苑が嫌だって思ってるのに、なかなか気付いてやれなくてごめん。次からこんなこと絶対ないように、俺が守るから…」
さっきまでの責めるような雰囲気がフッと消え、いつもの優しい國士の雰囲気に少し安堵する。
「オレこそ、ごめん…。ちゃんと、國士に報告するように、する」
まだ怒ってるんじゃないかって不安で、おずおず顔を上げると、コツンとおでこを重ねられ
「絶対報告しろよ?紫苑狙ってる奴、結構多いんだからな」
「そんなこと……」
「あるからな。紫苑がわかってないだけで、お前結構モテるから」
オレの言葉に覆いかぶさるように忠告され、これ以上否定できない。
「わかった。約束する」
眉を下げ、困ったような笑みを浮かべながら彼の胸を押して離れ
「國士、疲れてるだろ?明日も早いんだから早く寝ろよ?オレは先に寝るから…」
そのまま寝室に行こうとした瞬間、背後からまた強く抱き締められ
「明日と明後日、休みをもぎ取ってきた。天河には文句を言われたけど、紫苑と二人っきりで過ごしたいって我儘を言ってきた。なぁ紫苑、俺の誕生日、祝ってよ」
切なげな声で哀願されると同時に、耳をハムハムと食まれ、身体の力が抜けそうになる
「……ん、ちょ…それ、ズルい……」
オレを抱きしめる腕に縋り付き、座り込んでしまうのをなんとか耐える。
「なぁ、紫苑」
耳に舌を入れられ、お腹の奥がゾクッとして熱くなる。
「わ、わかったから……」
吐息と共に負けを認めるように返事をする。ギュッと抱きしめていた腕の力が弛むのがわかり、向き合うように身体を反転させる。
「國士、誕生日おめでとう。休み、取ってくれたんだ」
國士の首に縋り付くように腕を絡め、鼻を擦り合せるエスキモーキスをし
「……國士、腹減ってないなら……このまま、オレのこと貰ってくれる?」
いつもだったら、恥ずかしくて自分から誘うことなんて出来ないけど、今はこれでいいやって思えてしまう。
オレよりも年上で、大好きな恋人。
いつも仕事が忙しくて、休みの日すら仕事をしているくせに……
それなのに、必死に休みをもぎ取ってきてくれたんだから……
オレのために、大切な取引相手にまで喧嘩を売って……
だから、今は喧嘩なんて無駄のことしたくない。
喧嘩なんてするより、少しでもたくさん、触れ合っていたい。
「来年は、ちゃんと当日に休み取ろうな?ずっと、ずっと……くっ付いてたいから」
素直な気持ちを打ち明けると、いつもの自信満々な笑みを浮かべた彼と目が合った。
オレの大好きな彼の笑顔。
来年も、その先も、ずっと見ていたい。
喧嘩しても、こうやってちゃんと謝って、仲直りして……
沢山愛し合いたい。
大好きな彼を忘れたくないって、心の底から思った。
肉じゃがとサバ味噌と大根のきんぴら、それから、綺麗に盛られた彩の良いサラダに、白菜のお味噌汁。
ご飯は黄色が美しい、トウモロコシの炊き込みご飯。
豪華な一品があるわけじゃない。
メインが二品あるくらいで、特別な料理は一つもない。
それでも、どの料理も彼の好物だから。
地味だって言われるかもしれないけど、彼が喜んでくれる料理ばかりだから……
「誕生日おめでとう」
オレ以外誰も居ない部屋に、ポツリとオレの声だけが虚しく響く。
8月31日、國士の誕生日だと言うのに、当の本人は今家に居ない。
秋の行楽シーズンに向けて、今は仕事が忙しい時だから……
連日、残業が続いているし、朝が早いことも知っている。
「昨日も遅かったもんなぁ……」
時計を見ると、もう20時を過ぎている。
チラッとスマホを見ても、なんの連絡も入っていない。
今日も、もしかしたら帰って来ないかもしれない。
今週は色んな会議も重なっていたから、泊まり込みとか、出張も多かった。
でも、今日は誕生日だから……今日くらいは…、少しだけでも、早く帰って来てくれるかも。って期待していた。
だから、夕飯は彼の好物ばかりを作って待っていた。
待っても、待っても、待っても……國士はまだ帰っては来ない。
「國士、まだかな…」
テーブルにうっつぷして、徐々に冷めていく料理を見やり、つい溜息が漏れてしまう。
「遅くなるなら、連絡くらいよこせよ。バーカ」
ピンッと恨み言を口にし、スマホの画面を爪先で突っつく。
コツコツと小さな音がして、画面が反応してライトが付くも、連絡はない。
「はぁ~……」
椅子の背にエプロンを掛け、再度溜息を吐いた後、諦めて料理にラップを被せてからリビングに移動する。
時間も遅いし、明日のことを考えても、一人で食事を取ってさっさと寝た方がいいのはわかってる。
でも、ここまで準備をしたんだから、折角だから一緒に食べたい。
喜んでくれる顔を見たい。
彼の匂いが染み込んだクッションを抱きしめ、ソファーに身を沈めながらボーっとテレビを眺める。
興味もないバラエティ番組。
何が一体面白いのかわからない。
騙されて、海に飛び込まされる芸人に同情を覚えつつも、自分も過去に似たようなことがあったから、笑うことなんて出来なかった。
時計の音だけが異様に大きく聞こえてくるけれど、國士はまだ帰って来ない。
スマホの着信ライトが光る度に、急いで手を伸ばしてメールを確認する。
ただの広告にだったことに落胆して、ポイっとソファーの端にスマホを放り投げる。
「連絡してこいよ、バカ……」
クッションに顔を埋め、寂しさを紛らわせるも、つい零れた言葉は少し涙声になってしまった。
「……なんか、あったのかな」
いつまでも帰って来ない恋人に、不安と寂しさが込み上げてくる。
どれだけ遅くても、どんなに忙しくても、連絡だけはくれた。
遅くなるって日は、『ごめん。先に寝てて』『出来るだけ早く帰るから』『明日の朝、一度帰る。本当にごめん』って、必ず連絡が来た。
電話すら出来ない状況なのか……?
スマホの時計を見ると、いつの間にか、時間は22時を回っていた。
確かに、約束したわけじゃない。
忙しいってのもわかってる。
急な付き合いとかあるのは知ってる。
今日は、付き合いの長い会社の社長と会っているのも知ってる。
オレも一緒に行く予定だったから……
でも、國士がオレが行くのを拒否したから……
「紫苑、あの社長苦手だろ?大丈夫だって。上手く纏めて来てやるから」
自信満々に言われたら、無理矢理付いて行くなんて出来なかった。
あの変態親父、オレの尻を舐めるように見てくるのが本気で気持ち悪いんだよな……
あわよくばって感じで触ってきたこともある。
國士にバレたら……考えるの、辞めよう。会社の利益を損なうくらいなら、オレが我慢してる方が断然良いに決まってるし……
「はぁ……何やってんだよ國士…早く、帰って来いよ……」
ソファーに身体が沈むくらい深く腰掛け、完全に冷めてしまったテーブルの料理を眺める。
「……仕方、ないじゃん。今は、忙しいってわかってたし、それをサポートするのがオレの、仕事じゃん」
自分に言い聞かせるように呟き、空腹を紛れさせるために温かいお茶を淹れに行く。
お湯を小鍋で沸かして、ティーパックのほうじ茶をカップに入れる。
香ばしい匂いと共に、温かいぬくもりにホッと息を吐き出す。
アレは、明日の夕飯にでも食べたらいいや。
弁当に入れれそうなのは、入れたらいいし。別に、捨てるわけじゃない。
明日は作る手間が省けてラッキーって感じだ。
うん。だから……無駄じゃない。
國士が悪いわけじゃ、ない……。
ちゃんと約束してなかった、オレが悪いだけ。
勝手に盛り上がって、喜んでもらえるって、一人で舞い上がってただけ……
だから、國士は悪くない。
むしろ、頑張ってるんだから、帰って来たら褒めてあげないと……
カウンターに軽くもたれ掛かり、ゆっくりとお茶を啜る。
落ち着きたくてお茶を飲み始めたのに、胸の奥に小さな棘が刺さったように、ズキズキと小さな痛みを感じる。
「自分が、悪いんじゃん……」
まだお茶が残った湯飲みをカウンターに置き、すっかり冷めてしまった料理を冷蔵庫に直していく。
早く風呂入って寝よ。
顔見て、「おめでとう」って言いたかったけど、今日は無理みたいだし……
別に、明日の朝、言えばいいんじゃん……
帰って来ないわけじゃ、ないから……
ホントに、帰って……来るよな……
料理を全て冷蔵庫に直し、扉を閉めた瞬間、何故か涙が溢れた。
「あ…れ…?おかしい、な……」
次から次へと溢れ出てくる涙を手のひらで拭うも、止めることは出来ない。
「別に、悲しくなんてないのに…なんで……」
声に出すも、その声は震えていた。
ずっと一人で居ることなんて、慣れているはずなのに……
國士の帰りが遅いってだけで……自分が寂しいって感じているのを自覚していなかった。
「紫苑、なんで泣いてんだ?……遅くなってごめん」
不意に背後からギュッと抱き締められ、耳元で切なげな声と吐息が聞こえる。
自分が泣いていたせいで、扉が開く音も、國士が帰って来た声も聞こえていなかった。
ずっと、ずっと待っていた彼の温もりに、帰って来てくれて嬉しいって気持ちと、事故とかじゃなったという安堵。それと同時に、こんな時間まで連絡も寄こさず、能天気に帰ってきたことへのモヤモヤとした感情が渦巻く。
「……別に、待ってない…。これは、ゴミが目に入っただけ」
ぶっきらぼうに言うも、ギュッと力強く抱き締めてくれる腕から抜け出すことが出来ない。
怒っているはずなのに、帰ってきてくれたことが嬉しい。
「……連絡しなくて、ごめん。どうしても、やらなきゃいけないことがあってさ」
文句を言いたいのに、オレの頭に擦り寄ってくる國士から離れたくない。
「紫苑、ただいま。待たせちゃって、本当にごめん」
オレの手を取り、絡めた指が甘えるように指の間を擦って来る。
「ん……擽ったいからやめろよ」
文句を言いつつも、甘えてくる仕草にそれ以上強くは言えず、小さく溜息を吐いて諦める。
頬を啄むようにキスをされ、握った手を絡めてくる。
「なぁ、おかえりって言ってくれないのか?」
耳元で聞こえる甘い声に、モヤモヤが消え去っていく。
でも、これだけはハッキリと言いたくて、クルッと向きを変え
「おかえり。ちゃんと連絡は寄こせよバカ國士」
唇を尖らせて文句を口にすると、チュッと軽い音を立ててキスをされた。
「紫苑、ただいま。次からは絶対ちゃんと連絡する」
改めて『ただいま』と言って貰え、嬉しそうな笑みを浮かべる國士に、つい絆されそうになる。
でも、理由をまだ聞いていない。
やらなきゃいけないことってなんだったのか……それをまだ教えて貰ってない。
「……今日の会合の相手、あの社長だっただろ?だから、ちょ~っと言いたかった大切なお話合いをしてきた」
國士の眼が笑ってない。
オレが怒られてるわけじゃないのに、さっきから寒気が止まらない……。
「なぁ、紫苑。お前、あの変態クソじじぃにセクハラされたことあるよな?俺の大切な紫苑の可愛い尻とか肩とか、触られたこと、あるよな?」
オレは悪いことなんて一つもしていないのに、さっきから冷や汗が止まらない。
心臓が痛いくらいバクバク言ってて、怖くて顔を伏せってしまう。
「だから、忠告してきた。俺の可愛い、世界で一番愛している嫁の紫苑に手を出したら、今後一切の取引はしない。って。誓約書まで書かせてきたから」
何か紙を持ってるのはわかる。
でも、顔を上げるのが怖くてできない。
「紫苑、あのおっさんに何回嫌なことされた?どこを触られて、何を言われた?紫苑が我慢すれば全部丸く収まるって、何度思った?」
耳元で囁かれる声は優しいのに、怖くて仕方ない。
ワイシャツの裾をギュッと握り締めて、涙が零れ落ちるのを必死に堪える。
「……ごめん。怒ってるわけじゃないから……。ただ、紫苑が嫌だって思ってるのに、なかなか気付いてやれなくてごめん。次からこんなこと絶対ないように、俺が守るから…」
さっきまでの責めるような雰囲気がフッと消え、いつもの優しい國士の雰囲気に少し安堵する。
「オレこそ、ごめん…。ちゃんと、國士に報告するように、する」
まだ怒ってるんじゃないかって不安で、おずおず顔を上げると、コツンとおでこを重ねられ
「絶対報告しろよ?紫苑狙ってる奴、結構多いんだからな」
「そんなこと……」
「あるからな。紫苑がわかってないだけで、お前結構モテるから」
オレの言葉に覆いかぶさるように忠告され、これ以上否定できない。
「わかった。約束する」
眉を下げ、困ったような笑みを浮かべながら彼の胸を押して離れ
「國士、疲れてるだろ?明日も早いんだから早く寝ろよ?オレは先に寝るから…」
そのまま寝室に行こうとした瞬間、背後からまた強く抱き締められ
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切なげな声で哀願されると同時に、耳をハムハムと食まれ、身体の力が抜けそうになる
「……ん、ちょ…それ、ズルい……」
オレを抱きしめる腕に縋り付き、座り込んでしまうのをなんとか耐える。
「なぁ、紫苑」
耳に舌を入れられ、お腹の奥がゾクッとして熱くなる。
「わ、わかったから……」
吐息と共に負けを認めるように返事をする。ギュッと抱きしめていた腕の力が弛むのがわかり、向き合うように身体を反転させる。
「國士、誕生日おめでとう。休み、取ってくれたんだ」
國士の首に縋り付くように腕を絡め、鼻を擦り合せるエスキモーキスをし
「……國士、腹減ってないなら……このまま、オレのこと貰ってくれる?」
いつもだったら、恥ずかしくて自分から誘うことなんて出来ないけど、今はこれでいいやって思えてしまう。
オレよりも年上で、大好きな恋人。
いつも仕事が忙しくて、休みの日すら仕事をしているくせに……
それなのに、必死に休みをもぎ取ってきてくれたんだから……
オレのために、大切な取引相手にまで喧嘩を売って……
だから、今は喧嘩なんて無駄のことしたくない。
喧嘩なんてするより、少しでもたくさん、触れ合っていたい。
「来年は、ちゃんと当日に休み取ろうな?ずっと、ずっと……くっ付いてたいから」
素直な気持ちを打ち明けると、いつもの自信満々な笑みを浮かべた彼と目が合った。
オレの大好きな彼の笑顔。
来年も、その先も、ずっと見ていたい。
喧嘩しても、こうやってちゃんと謝って、仲直りして……
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