白い四葩に一途な愛を

こうらい ゆあ

文字の大きさ
上 下
26 / 27
【白い四葩に一途な愛を】おまけ

誕生日の約束

しおりを挟む
 テーブルの上には出来上がった様々な料理が盛り付けられている。
 肉じゃがとサバ味噌と大根のきんぴら、それから、綺麗に盛られた彩の良いサラダに、白菜のお味噌汁。
 ご飯は黄色が美しい、トウモロコシの炊き込みご飯。
 豪華な一品があるわけじゃない。
 メインが二品あるくらいで、特別な料理は一つもない。
 それでも、どの料理も彼の好物だから。
 地味だって言われるかもしれないけど、彼が喜んでくれる料理ばかりだから……

「誕生日おめでとう」
 オレ以外誰も居ない部屋に、ポツリとオレの声だけが虚しく響く。
 8月31日、國士こくしの誕生日だと言うのに、当の本人は今家に居ない。

 秋の行楽シーズンに向けて、今は仕事が忙しい時だから……
 連日、残業が続いているし、朝が早いことも知っている。
「昨日も遅かったもんなぁ……」
 時計を見ると、もう20時を過ぎている。
 チラッとスマホを見ても、なんの連絡も入っていない。
 今日も、もしかしたら帰って来ないかもしれない。
 今週は色んな会議も重なっていたから、泊まり込みとか、出張も多かった。
 でも、今日は誕生日だから……今日くらいは…、少しだけでも、早く帰って来てくれるかも。って期待していた。
 だから、夕飯は彼の好物ばかりを作って待っていた。

 待っても、待っても、待っても……國士こくしはまだ帰っては来ない。

國士こくし、まだかな…」
 テーブルにうっつぷして、徐々に冷めていく料理を見やり、つい溜息が漏れてしまう。
「遅くなるなら、連絡くらいよこせよ。バーカ」
 ピンッと恨み言を口にし、スマホの画面を爪先で突っつく。
 コツコツと小さな音がして、画面が反応してライトが付くも、連絡はない。
「はぁ~……」
 椅子の背にエプロンを掛け、再度溜息を吐いた後、諦めて料理にラップを被せてからリビングに移動する。

 時間も遅いし、明日のことを考えても、一人で食事を取ってさっさと寝た方がいいのはわかってる。
 でも、ここまで準備をしたんだから、折角だから一緒に食べたい。
 喜んでくれる顔を見たい。
 彼の匂いが染み込んだクッションを抱きしめ、ソファーに身を沈めながらボーっとテレビを眺める。
 興味もないバラエティ番組。
 何が一体面白いのかわからない。
 騙されて、海に飛び込まされる芸人に同情を覚えつつも、自分も過去に似たようなことがあったから、笑うことなんて出来なかった。

 時計の音だけが異様に大きく聞こえてくるけれど、國士こくしはまだ帰って来ない。
 スマホの着信ライトが光る度に、急いで手を伸ばしてメールを確認する。
 ただの広告にだったことに落胆して、ポイっとソファーの端にスマホを放り投げる。
「連絡してこいよ、バカ……」
 クッションに顔を埋め、寂しさを紛らわせるも、つい零れた言葉は少し涙声になってしまった。

「……なんか、あったのかな」
 いつまでも帰って来ない恋人に、不安と寂しさが込み上げてくる。
 どれだけ遅くても、どんなに忙しくても、連絡だけはくれた。
 遅くなるって日は、『ごめん。先に寝てて』『出来るだけ早く帰るから』『明日の朝、一度帰る。本当にごめん』って、必ず連絡が来た。
 電話すら出来ない状況なのか……?

 スマホの時計を見ると、いつの間にか、時間は22時を回っていた。

 確かに、約束したわけじゃない。
 忙しいってのもわかってる。
 急な付き合いとかあるのは知ってる。
 今日は、付き合いの長い会社の社長と会っているのも知ってる。
 オレも一緒に行く予定だったから……

 でも、國士こくしがオレが行くのを拒否したから……
紫苑しおん、あの社長苦手だろ?大丈夫だって。上手く纏めて来てやるから」
 自信満々に言われたら、無理矢理付いて行くなんて出来なかった。
 あの変態親父、オレの尻を舐めるように見てくるのが本気で気持ち悪いんだよな……
 あわよくばって感じで触ってきたこともある。
 國士こくしにバレたら……考えるの、辞めよう。会社の利益を損なうくらいなら、オレが我慢してる方が断然良いに決まってるし……


「はぁ……何やってんだよ國士こくし…早く、帰って来いよ……」
 ソファーに身体が沈むくらい深く腰掛け、完全に冷めてしまったテーブルの料理を眺める。
「……仕方、ないじゃん。今は、忙しいってわかってたし、それをサポートするのがオレの、仕事じゃん」
 自分に言い聞かせるように呟き、空腹を紛れさせるために温かいお茶を淹れに行く。
 お湯を小鍋で沸かして、ティーパックのほうじ茶をカップに入れる。
 香ばしい匂いと共に、温かいぬくもりにホッと息を吐き出す。

 アレは、明日の夕飯にでも食べたらいいや。
 弁当に入れれそうなのは、入れたらいいし。別に、捨てるわけじゃない。
 明日は作る手間が省けてラッキーって感じだ。
 うん。だから……無駄じゃない。
 國士こくしが悪いわけじゃ、ない……。
 ちゃんと約束してなかった、オレが悪いだけ。
 勝手に盛り上がって、喜んでもらえるって、一人で舞い上がってただけ……
 だから、國士こくしは悪くない。
 むしろ、頑張ってるんだから、帰って来たら褒めてあげないと……

 カウンターに軽くもたれ掛かり、ゆっくりとお茶を啜る。
 落ち着きたくてお茶を飲み始めたのに、胸の奥に小さな棘が刺さったように、ズキズキと小さな痛みを感じる。
「自分が、悪いんじゃん……」
 まだお茶が残った湯飲みをカウンターに置き、すっかり冷めてしまった料理を冷蔵庫に直していく。

 早く風呂入って寝よ。
 顔見て、「おめでとう」って言いたかったけど、今日は無理みたいだし……
 別に、明日の朝、言えばいいんじゃん……
 帰って来ないわけじゃ、ないから……

 ホントに、帰って……来るよな……

 料理を全て冷蔵庫に直し、扉を閉めた瞬間、何故か涙が溢れた。
「あ…れ…?おかしい、な……」
 次から次へと溢れ出てくる涙を手のひらで拭うも、止めることは出来ない。
「別に、悲しくなんてないのに…なんで……」
 声に出すも、その声は震えていた。
 ずっと一人で居ることなんて、慣れているはずなのに……
 國士こくしの帰りが遅いってだけで……自分が寂しいって感じているのを自覚していなかった。


紫苑しおん、なんで泣いてんだ?……遅くなってごめん」
 不意に背後からギュッと抱き締められ、耳元で切なげな声と吐息が聞こえる。
 自分が泣いていたせいで、扉が開く音も、國士こくしが帰って来た声も聞こえていなかった。
 ずっと、ずっと待っていた彼の温もりに、帰って来てくれて嬉しいって気持ちと、事故とかじゃなったという安堵。それと同時に、こんな時間まで連絡も寄こさず、能天気に帰ってきたことへのモヤモヤとした感情が渦巻く。
「……別に、待ってない…。これは、ゴミが目に入っただけ」
 ぶっきらぼうに言うも、ギュッと力強く抱き締めてくれる腕から抜け出すことが出来ない。
 怒っているはずなのに、帰ってきてくれたことが嬉しい。

「……連絡しなくて、ごめん。どうしても、やらなきゃいけないことがあってさ」
 文句を言いたいのに、オレの頭に擦り寄ってくる國士こくしから離れたくない。

紫苑しおん、ただいま。待たせちゃって、本当にごめん」
 オレの手を取り、絡めた指が甘えるように指の間を擦って来る。
「ん……擽ったいからやめろよ」
 文句を言いつつも、甘えてくる仕草にそれ以上強くは言えず、小さく溜息を吐いて諦める。
 頬を啄むようにキスをされ、握った手を絡めてくる。
「なぁ、おかえりって言ってくれないのか?」
 耳元で聞こえる甘い声に、モヤモヤが消え去っていく。

 でも、これだけはハッキリと言いたくて、クルッと向きを変え
「おかえり。ちゃんと連絡は寄こせよバカ國士こくし
 唇を尖らせて文句を口にすると、チュッと軽い音を立ててキスをされた。
紫苑しおん、ただいま。次からは絶対ちゃんと連絡する」
 改めて『ただいま』と言って貰え、嬉しそうな笑みを浮かべる國士こくしに、つい絆されそうになる。
 でも、理由をまだ聞いていない。
 やらなきゃいけないことってなんだったのか……それをまだ教えて貰ってない。

「……今日の会合の相手、あの社長だっただろ?だから、ちょ~っと言いたかった大切なお話合いをしてきた」
 國士こくしの眼が笑ってない。
 オレが怒られてるわけじゃないのに、さっきから寒気が止まらない……。
「なぁ、紫苑しおん。お前、あの変態クソじじぃにセクハラされたことあるよな?俺の大切な紫苑しおんの可愛い尻とか肩とか、触られたこと、あるよな?」
 オレは悪いことなんて一つもしていないのに、さっきから冷や汗が止まらない。
 心臓が痛いくらいバクバク言ってて、怖くて顔を伏せってしまう。

「だから、忠告してきた。俺の可愛い、世界で一番愛している嫁の紫苑しおんに手を出したら、今後一切の取引はしない。って。誓約書まで書かせてきたから」
 何か紙を持ってるのはわかる。
 でも、顔を上げるのが怖くてできない。

紫苑しおん、あのおっさんに何回嫌なことされた?どこを触られて、何を言われた?紫苑しおんが我慢すれば全部丸く収まるって、何度思った?」
 耳元で囁かれる声は優しいのに、怖くて仕方ない。
 ワイシャツの裾をギュッと握り締めて、涙が零れ落ちるのを必死に堪える。

「……ごめん。怒ってるわけじゃないから……。ただ、紫苑しおんが嫌だって思ってるのに、なかなか気付いてやれなくてごめん。次からこんなこと絶対ないように、俺が守るから…」
 さっきまでの責めるような雰囲気がフッと消え、いつもの優しい國士こくしの雰囲気に少し安堵する。

「オレこそ、ごめん…。ちゃんと、國士こくしに報告するように、する」
 まだ怒ってるんじゃないかって不安で、おずおず顔を上げると、コツンとおでこを重ねられ
「絶対報告しろよ?紫苑しおん狙ってる奴、結構多いんだからな」
「そんなこと……」
「あるからな。紫苑しおんがわかってないだけで、お前結構モテるから」
 オレの言葉に覆いかぶさるように忠告され、これ以上否定できない。

「わかった。約束する」
 眉を下げ、困ったような笑みを浮かべながら彼の胸を押して離れ
國士こくし、疲れてるだろ?明日も早いんだから早く寝ろよ?オレは先に寝るから…」
 そのまま寝室に行こうとした瞬間、背後からまた強く抱き締められ
「明日と明後日、休みをもぎ取ってきた。天河てんかには文句を言われたけど、紫苑しおんと二人っきりで過ごしたいって我儘を言ってきた。なぁ紫苑しおん、俺の誕生日、祝ってよ」
 切なげな声で哀願されると同時に、耳をハムハムと食まれ、身体の力が抜けそうになる
「……ん、ちょ…それ、ズルい……」
 オレを抱きしめる腕に縋り付き、座り込んでしまうのをなんとか耐える。
「なぁ、紫苑しおん
 耳に舌を入れられ、お腹の奥がゾクッとして熱くなる。
「わ、わかったから……」
 吐息と共に負けを認めるように返事をする。ギュッと抱きしめていた腕の力が弛むのがわかり、向き合うように身体を反転させる。
國士こくし、誕生日おめでとう。休み、取ってくれたんだ」
 國士こくしの首に縋り付くように腕を絡め、鼻を擦り合せるエスキモーキスをし
「……國士、腹減ってないなら……このまま、オレのこと貰ってくれる?」
 いつもだったら、恥ずかしくて自分から誘うことなんて出来ないけど、今はこれでいいやって思えてしまう。

 オレよりも年上で、大好きな恋人。
 いつも仕事が忙しくて、休みの日すら仕事をしているくせに……
 それなのに、必死に休みをもぎ取ってきてくれたんだから……
 オレのために、大切な取引相手にまで喧嘩を売って……
 だから、今は喧嘩なんて無駄のことしたくない。
 喧嘩なんてするより、少しでもたくさん、触れ合っていたい。

「来年は、ちゃんと当日に休み取ろうな?ずっと、ずっと……くっ付いてたいから」
 素直な気持ちを打ち明けると、いつもの自信満々な笑みを浮かべた彼と目が合った。
 オレの大好きな彼の笑顔。


 来年も、その先も、ずっと見ていたい。
 喧嘩しても、こうやってちゃんと謝って、仲直りして……
 沢山愛し合いたい。

 大好きな彼を忘れたくないって、心の底から思った。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。 その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。 学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。 そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。 傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。 2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて?? 1話完結です 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

処理中です...