白い四葩に一途な愛を

ゆあ

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【白い四葩に一途な愛を】

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天河てんかに電話をしてから2時間後、やっと合流することが出来た。
着の身着のまま、俺と紫苑しおんの家に帰ろうとしたが、紫苑しおんの笑った顔が過ぎり、このままじゃ駄目だと思いとどまった。
いつも通り、髭を剃って、髪はムースで整える。
紫苑しおんが選んでくれた香水を付け、紫苑しおんの好きだった服を選んで、身支度は整えた。

「兄貴、お待たせ。ちゃんと身嗜み整えたんだ」
合流した瞬間、天河てんかが落ち着いた様子で話し掛けてくるものの、俺は一刻も早く紫苑しおんに会いたかった。
会って、謝りたかった。


奇病のせいとはいえ、忘れてしまっていたコト。
言ってしまった心にもない言葉の数々。
最後にあの部屋で手荒に抱いたコト……


玄関の扉を開けようにも、鍵が掛かっており開けることが出来ない。
キーケースを見るも、何故かこの家の鍵がない。
替わりに付いているのは、今俺一人が住んでいるマンションの部屋の鍵のみ……
紫苑しおんと俺の家の鍵が見つからなくて、焦りばかりが募っていく。

紫苑しおんっ! 開けてくれっ」
哀願するように扉に向かって声を掛けるも、返事など一切聞こえない。
ガチャガチャとドアノブを動かすも一向に開かれない扉に、苛立ち、近所迷惑も考えずに何度も扉を叩いた。


「兄貴、鍵はあるから……落ち着いてよ」

天河てんかの手が俺の手に触れ、反対側の手に握られていた鍵をそっと渡してくれる。
俺の手に渡された鍵は、ずっと握り締められていたのかほんのりと温かくなっていた。

紫苑しおんはやっぱり兄貴のこと分かってるね。鍵は捨てただろうからコレ渡してって頼まれてたんだ」
天河てんかの顔をこの時初めてちゃんと見た気がした。
何処か寂し気に笑ってはいるものの、目元は赤く腫れている。
多分、さっきまで泣いていたのではないだろうか……


なんで泣いてたんだ? 
俺の記憶が戻ったから? 
久しぶりに、紫苑しおんに会うから? 

頭の端では、何故か理解している。
どうして天河てんかが泣いていたのか
俺の記憶が戻った理由も……
でも、この目で確かめるまでは……今は、理解なんてしたくい。


受け取った鍵を使い、急いで家の扉を開ける。
クーラーが付いているのか、外の生暖かい空気とは違い、幾分か涼しい。
室内は俺が最後に出て行った時と変わらず、綺麗に整頓されていた。

ただ、電気を付けようとスイッチを入れても、付くのは間接照明のライトのみ。
天井に埋め込まれているシーリングライトは何度スイッチを入れ直しても点灯しなかった。
窓にはレースカーテンが引かれており、薄っすらとだけ光りを取り入れていた。
淡い間接照明の光と窓の外から入ってくる柔らかな光だけで、今は室内を照らしている。

キッチンには料理をしたのか、調理器具が洗われずにシンクに置かれていた。
リビングには、色とりどりの紫陽花が水の張ったガラスの器に浮かんでおり、色んな場所に綺麗に飾ってあった。
前にもこの飾り方を見たコトがあった。

まだ俺も紫苑しおんも学生だった頃……
紫苑しおんの家に行くといつも飾られていた紫陽花。
紫苑しおんが花を大切そうに一つ一つ沈まないように浮かべる姿が可愛くて、机に頬杖をつきながらジッと眺めていたのを思い出した。

「一輪丸っと飾ればいいのに……いつもこんな風に飾っていたな……」


リビングを抜け、寝室の扉の前に立つ。
なぜかこの扉を開けるコトに躊躇してしまう。

「……はぁ…」
深く息を吐き出した後、ゆっくりと扉を開けた。
リビングよりも空調が良く効いているのか、夏場だというのに冷たい空気が流れてきた。

寝室は、遮光カーテンが引かれているせいで、他の部屋よりも暗い。
それなのに、ゴミ箱から溢れ出した真っ白な紫陽花の花だけが淡い光を放っているようだった。

紫苑しおん……?」
何故か喉が張り付いたように声を出すのが苦しい。

ベッドで静かに眠る紫苑しおんの枕の周りにも、沢山の真っ白な紫陽花の花弁が散らばっていた。

白い紫陽花の花に囲まれて眠る紫苑しおんの元に駆け寄る。
覚えているはずの愛しい恋人の顔はヤツれ、首や手が骨張っているのがわかる。
泣いた跡の残る少し赤くなった目元を撫でるも、そこにはもう温もりを感じない。
乾いた肌の触感に、紫苑しおんがもう目覚めてはくれない事を実感する。
紫苑しおん、目を開けてくれ……俺を殴っていいから。怒鳴ってくれて、いいから……目を、あけてくれ……」

ベッドの端、いつも俺が寝ていた方を空けて横たわる紫苑しおんに祈る様に声を掛けながら抱き締める。

紫陽花には香りがないはずなのに、ほんのりと爽やかな花の香りがして、また涙が流れ落ちた。
紫苑しおん……ごめん。あんな事、思ってない。あんな……酷い抱き方、なんで……」
思い出されるのは 忘愛症候群ぼうあいしょうこうぐんの時にやらかしてしまった酷い行為や言葉の数々。
何度後悔しても、何度謝っても許されないような酷い行い。

紫苑しおん、兄貴は……ちゃんと、思い出したよ」
寝室の扉の前で静かに立っていた天河てんかも泣いているのか、声が震えている。
深く深く、深呼吸した後、静かに一通の手紙を俺に手渡してきた。

「兄貴、キッチンのテーブルに置いてあったよ。落ち着いたら、読んであげて。でも、絶対に自殺はしないで……。何かあれば、僕も手伝うから。それが、紫苑しおんとの最後の約束だから……」
目いっぱいに涙を溜めて、涙が溢れ落ちない様に必死に耐える天河てんかに何も言えない。
ただ、静かに頷き、手紙を受け取った。
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