白い四葩に一途な愛を

こうらい ゆあ

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【白い四葩に一途な愛を】

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國士こくし、おはよ。まだ寝ててもいいのに……ばーか』


紫苑しおんが笑いながら髪を撫でてくれた気がした。
少し困ったような、寂しそうな笑顔で……
何故か、もう会えないような……
心にぽっかりと穴でも空いたような気持ちで目を覚ました。

目を覚ましたけれど、外はほんのりと明るくなり始めたばかりなのか、室内は薄暗い。
クーラーの効いた部屋で、ボーっとしてしまう。
まだ外は蒸し暑いのだろう。
初夏なのに、通年よりも暑いせいなのか、蝉が弱々しく鳴いているのが聞こえる。

頭に霞が掛かっているような、ハッキリとしない状態で、隣に眠っているはずの愛しい恋人の姿を探す。
温かな温もりが隣にあるはずなのに、ソレがないのを頭の隅で何故か理解している。

今寝起きしている場所は、紫苑しおんと二人で生活していたはずの、慣れ親しんだはずの部屋じゃない。
それなのに、此処が今は俺の家だとハッキリと言える確信がある。


どうして、紫苑しおんが隣にいない……? 
どうして、此処が俺の家だと言い切れるんだ……? 


ぼんやりとする頭のまま、ゆっくり起き上がり辺りを確認していく。
1LDKくらいの一人暮らしをするには充分な広さ。
食器類は最低限のモノが揃えてあるものの、全てが一人分しかない。

何もかも、紫苑しおんと一緒になる前の一人で住んでいた時に似ている。


そう、俺は紫苑しおんと……結婚したはずなのに……


徐々に頭の中に掛かっていた霞が晴れだし、ハッキリしてくる。
俺は、紫苑しおんと結婚していた。
紫苑しおんの部屋でプロポーズして、泣きながら喜んでくれた。
一緒に住む部屋も二人で決めた。
食器も家具も、全て紫苑しおんと生活する為に新しくしたはずなのに……


慌てて部屋中を探し回るも、当然のように俺以外、誰もいない。
居るはずのない愛しい恋人の姿を
傷付いて泣いているはずの恋人を
必死になって探した。

忘れるわけがないのに、何故忘れていたのか理解できない。
忘れていた記憶…… 忘愛症候群ぼうあいしょうこうぐんによって、忘れさせられていた愛しい存在を……


紫苑しおん、何処にいる?」
茫然となってリビングの椅子に腰掛ける。
一人分しかない椅子に座り、紫苑しおんが今どうしているのか胸騒ぎがしてならない。

声を聞いて確認したいはずなのに、何故かそれが叶わないような気がする。

ベッドの近くに転がっていたスマホを取り、慌てて天河てんかに電話した。
紫苑しおんが今どうしているのか、何処に居るのかを確認する為に……
紫苑しおん自身に連絡すればいいのに、何故かスマホの登録に紫苑しおんの連絡先はなくなっていた。
覚えている番号を、紫苑しおんの電話番号を入力するも、掛けるのを躊躇ってしまう。


信じたくない。
全てを否定したい。

自分が 忘愛症候群ぼうあいしょうこうぐんに掛かっていたことは、何故か理解できる。
この病の完治方法も知っている。

知っているからこそ、今更思い出したコトを理解したくない。
拒絶したい事実を確かめる為に、弟に電話を掛けた。
天河てんかなら、何か知ってると思っていたから……


コール音だけが鳴り響く。
こんな早くに電話しても、今はまだ眠っているだろう天河てんかのことなど気にする余裕も今の俺にはなかった。

何度目かのコール音の後、眠た気な声が聞こえる。
「……兄貴?」

まだ眠っていた天河てんかをよそに、口早に紫苑しおんの居場所を聞いた
紫苑しおんが今、何処で、何をしているのか……
どうして今居ないのか……

「……兄貴、思い出したんだ……そっか……」
俺の慌てた様子とは裏腹に、天河てんかの声は沈んでいる。
ただ、何かを悟った様に静かに言葉が紡がれていく。

「兄貴、紫苑しおんに会いに行こうか。最期に、ちゃんと会っておいた方がいいよ」

何故か俺が否定したい事実を突き付けられているような気分だ。
もう、紫苑しおんには会えないと。
これから会うのが最後になると……

目の前が真っ暗になりそうな絶望感が、今の俺を襲った。
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