白い四葩に一途な愛を

こうらい ゆあ

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【白い四葩に一途な愛を】

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目を覚ますと、1人には広過ぎるベッドの上だった。
隣を見ても、そこに彼は居ない。
彼の温もりを感じない……

昨日散々泣いたはずなのに、懐かしい夢を見たせいなのか、寝ている時も泣いていたせいかわからないけど、頭が痛い。
泣き過ぎて目も腫れているのかズキズキする。
目元を冷やそうと洗面台に立つと、鏡に写っているのは目元が腫れた不細工な自分の顔。

「…本当、こんな不細工な顔、國士こくしが見たらまた嫌われるんだろうな……」

溜息と共に呟いた言葉に胸が痛む。


國士こくしが、オレのことを思い出す事はない。
嫌悪することはあっても、もう好きにはなって貰えない。
もう、ここには戻って来ないかもしれない……

たった……たったそれだけ。
國士こくしには問題ない。
仕事に支障が出るわけじゃないし、働けないわけでもない。
従業員が職を失うわけでも、誰かが死ぬわけでもない。
オレにとっては、身を引き裂かれそうな事だけど、どれだけ願っても叶わないことだから……
だから、ただ、それだけのこと……


鏡に映る情けない顔を見つめ、冷たい水で何度も顔を洗って負の感情を洗い流した。


身支度を整え、腫れた目元が少しでもマシになったのを確認してから出社した。
本当は國士こくしの顔を見るのが怖かったし、またあんなことを言われたらって、考えるだけで立ち竦んでしまうけれど……
でも、今は休みたくなかった。
2人で暮らしていたこの家にいる方が今は辛くて……
ここにひとりぼっちで居ることに耐えられなかった。



出社したまでは良かったが、自分が何処に行けばいいのかわからなくなった。
本来ならば、國士こくしの専属秘書として社長である國士こくしの側に行くのだが、今日からはそういうわけにもいかない。

「……やっぱり、休めばよかった」
ポツリと呟いた言葉に溜息が出る。
自分から天河てんかに出勤すると言ったのに……
休んで良いと心配してくれた天河てんかの好意を無碍にしたくせに……

仕方なく通常フロアの空きスペースでノートパソコンを開き、天河てんかに連絡を取る。
今後の予定についてもだが、オレの仕事に関してもどうすればいいのか相談しなければいけないし……
國士こくしの奇病のことや、家のことも……どうするのか決めなきゃいけない。


「オイ」
思い詰めて考え事をしていたせいで、不意に背後から声をかけられ、心臓が口から飛び出すかと思った。
誰の声なのか、たった一言、それだけでわかってしまう。
間違えようがない。
間違えるわけがない。
ゆっくり振り返ると國士こくしが苦虫を噛み締めたような、本当に嫌そうな顔でオレを見下ろしていた。

「信じたくないが、俺とお前が一緒に住んでいるらしいな。俺はお前なんかと一緒に居るだけで反吐が出そうだっていうのに……。その家にはもう二度と戻るつもりもないから、俺の私物は全て処分しておけ」
イライラしていることを隠そうともせず言いたいコトを言い放ち、オレの返事など一切聞かずに立ち去っていった。


残されたオレは、膝に置いた手を血が滲む程強く握り締めて堪えることしか出来なかった。
平気な顔をなんとか取り繕うも、過呼吸になりそうな程心臓がバクバクと波打ち、呼吸が荒くなってしまう。

オレたちのやり取りを見ていた女性社員が心配そうに来てくれたものの、本当のことは口に出来ない。
この会社でオレと國士こくしの関係を知っているのは天河てんかだけだから……

彼が、 忘愛症候群ぼうあいしょうこうぐんになったからこそ、今はオレたちの関係を知られるわけにはいかない。
「ありがとう。ちょっと、オレが仕事でミスをしてしまって……。社長には迷惑をかけてしまたったんだ。秘書、失格だよな……」
なんとか平気なフリをし、眉を下げた笑みを作って何気ない会話をする。
彼女は励ましてくれたけれど、今はほっといて欲しかった。
慰められる度に胸が締め付けられる。
オレの本当の気持ちなんて、誰にもわからないのに……


これから、本当にどうしよう……
仕事も、家も……

忙しければ、何も考えなくていいのに……


頭を下げて去って行く彼女に向かって「ありがとう」と元気が出たフリをして見送った。
心配してくれるのは嬉しいのに、今は素直に受け止められない……
慰めの言葉がむしろ胸に突き刺さり、抜けない棘の様にズキズキと痛む。


こんなんだから……國士こくし 忘愛症候群ぼうあいしょうこうぐんになっていたことにも気付けなかったのかな……
ずっと一緒にいたのに……
ずっと、彼だけを見ていたのに……

パソコンに向き合いながら、負の感情に飲み込まれてしまう。


今は、何も考えたくなんてないのに……
ほっといて欲しいのに……

今は出来ることなんて限られている。
こんなことなら、昨日やることをセーブすればよかった……
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