白い四葩に一途な愛を

こうらい ゆあ

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【白い四葩に一途な愛を】

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オレの人生で、國士こくし天河てんかと出会えたことこそが、唯一の幸運だったんだと思う。

ボロッボロのアパートに、母さんと2人きり。
父親が誰なのかは知らない。
母さんを1人きりにして子どもを産ませた父親なんて知らないし、会ったこともない。

母さんは、身体が弱かったのに……それでもオレを育てる為に必死になって働いてくれた。
紫苑しおんは私の宝物。あの人が私にくれた唯一の宝物」
母さんがオレを見て、いつも口にする言葉。
嬉しそうに笑って言うのを、どこか寂しく思いながらいつも聞いていた。


國士こくし天河てんかの家は、オレの住んでいるボロアパートのお隣さん。
天河てんかとは同い年だったから、小学校でもいつも一緒に居てくれた。
貧乏だからって虐められていたオレの、たった1人の友達。

國士こくしは2歳上だったけど、学校から帰ってきたらいつも一緒に遊んでくれた。
兄弟なんていないオレにとって、國士こくしはオレにもお兄ちゃんが出来たみたいで嬉しかった。
憧れが片想いに変わったのは、國士こくしが高校に上がる時。
全寮制の高校に進学するって聞いて、離れるのが寂しくて、悲しくて仕方なかった。
國士こくしが遠くに行ってしまうのが嫌で、こっそり1人で泣いてしまった。
オレの本当のお兄ちゃんってわけじゃないのに……
オレと國士こくしじゃ、何もかも釣り合わないのに……

國士こくしが寮に入る前日、こっそりオレに会いに来てくれた。
隣の家とはいえ、外が真っ暗になっていたのに……
門限の時間なんてとっくに過ぎていたのに……
紫苑しおん、長期休みは必ず紫苑しおんの元に帰って来るから」
アパートの階段に2人でくっ付いて座り、頭を撫でながら言ってくれた。
紫苑しおん、俺のこと待っていられるか?」
意味はよくわからなかったけれど、國士こくしとの約束が嬉しくて何度も素直に頷いた。

國士こくしは、昔からすっごくモテてたから、高校で彼女が居るかもしれないのに……
友達だって沢山いるはずなのに……

長期休みに入ると、國士こくしは必ずオレの元には帰って来てくれた。
夏休みも、冬休みも、春休みも……
休みの間は、殆どオレと一緒に居てくれた。

天河てんかが生徒会の仕事がない時は、3人で遊びにも行った。
プールとかショッピングとか、ただ家で集まってワイワイするだけとか……
それが、オレにとって唯一の楽しみだった。
國士こくしが帰って来てくれている時が、オレにとって唯一笑っていられる時だったから。



中学に上がる頃から、母さんの病状が悪化した。
寝込む日が増えて、働くことも、家事をすることすら難しくなった……
だから、学校から帰ってきたら、オレは母さんの介護をする為にずっと2人きり……
友達なんて天河てんか以外居なかったし、部活にも入って居なかったから……
問題なんて、お金のこと以外は何もなかったから……


時々、天河てんかが様子を見に来てくれたり、オレに勉強を教えてくれたりしたけど、狭いボロボロの部屋に母さんと2人きり……

前々から至る所に紫陽花を飾っていたけれど、寝たきりの生活が始まってからは、更に花が増えたように感じる。
何処から持って来たのかわからないけれど、部屋には幾つもの青や紫の紫陽花の花が散らばっていた。

「母さん、今日は体調どう? また綺麗な花を拾ってきたの?」
オレが学校から家に戻るまでに何処かに行っているのか、毎日部屋には紫陽花の花が床に1輪ずつ散らばっていた。


「あの人はどうして来てくれないの?」
「こんなに私が想っているのに、どうして?」
紫苑しおん紫苑しおんは置いていかないでね」
紫苑しおん、あの人に目元がそっくり。やっぱり紫苑しおんは私とあの人の子ね」
「あの女が居るから……あの女のせいで帰って来れないんだ……」
「どうして私に会いに来てくれないの?」
「会いたい、会いたい、会いたい、会いたい……」

呪いのように何度も何度も呟かれる言葉。
日を追うごとに増える花の数。
綺麗な花のはずなのに、見ていて悲しくなる紫陽花の花。


「紫陽花だから一塊で持って来てくれたらもっと綺麗に飾れるのに……」
当時はそんなコトを思いながら、花弁を拾っては水を張ったガラスの器に花を浮かべる。
少しでも元気になって欲しくて、母さんの寝ているベッドの窓際に飾っていた。
花を見て、寂しげに微笑む母さんが可哀想でしかたなかった。


紫苑しおん、ごめんね。ごめんね……」
母さんの口癖が『ごめん』になった頃、ずっと呟いていた言葉は鳴りを潜めた。
黒く美しかった髪に艶がなくなり、白髪が増えていた。
優しく微笑んでいた顔も、頬がこけて痛々しい。
ご飯を食べる量も減って、オレが学校に行っている時は、いつも寝ているようだった。

オレが高校の受験に行く朝、久々に清々しい笑顔で見送ってくれた。
「いってらっしゃい、紫苑しおん。愛してるわ。私の宝物」
本当に久々に見た、オレの大好きな母さんの笑顔だった。


朝、そんなやり取りをしたのに……
帰って来たらまたあの笑顔が見られると思っていたのに……
母さんは、呆気なく死んだ。


オレが帰ってきた時にはもう冷たくなっていて、ベッドの周り一面に赤色の紫陽花が落ちていた。




火葬場で白い煙になって上がっていく母さんを1人ぽつんと眺めた。
オレを育ててくれた母さんは、1人でそらに還っていった……
悲しいって気持ちよりも、何故かホッとした気持ちの方が強かった。


やっと解放された。
やっとあの言葉を聞かなくて済む。
やっと、母さんは自由になれたんだ……


オレがボーっと青空に漂う煙を眺めていると、いつの間にか隣に立っていた國士こくしがギュッと手を握ってくれた。
長期休みじゃないのに、母さんが亡くなったのを聞いて、オレが独りぼっちになったのを知って、駆け付けてくれたらしい。

握った手が熱くて、オレよりも悲しそうな横顔の國士こくしを見て、涙が溢れた。

紫苑しおん、俺はずっと一緒に居るから。卒業したら、大学はこっちに戻って来るから」
握った手を引き寄せられて、そのままギュッと力強く抱き締められる。
何かを決意したような國士こくしの言葉に、何故か涙が零れ落ちた。
彼の胸に顔を埋めて泣いた。
この日、オレは母さんの気持ちが少しだけわかった。


オレの片想いの人
オレの憧れの人


この想いが彼に伝わることはないけれど、今は側に居てくれる。
彼に素敵な恋人が出来た時は、この気持ちに蓋をしよう。
だから……今だけは想わせて欲しい。
気付かないで欲しい。
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