白い四葩に一途な愛を

ゆあ

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【白い四葩に一途な愛を】

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最初はただの小さなおにぎり屋さんだった。
國士こくしの実家が営む小さなおにぎり屋さん。
地元でも美味しいって評判で、オレも大好きなお店だった。

ちょっと頑固なおじさんと優しいおばさん。
オレも母さんも、ここのおにぎりが大好きだったからよく買いに行っていた。

おじさんが倒れて、おばさん1人だと大変だから……って、ずっと続けてきた店を畳むことを決意していた時、大学を卒業したばかりの國士こくしが跡を継いだ。
そこからはすごくって、小さな町のおにぎり屋さんだったのに、どんどん系列店を増やしてさ……
今では系列店をまとめ上げる社長にまでなった。


会社が大きくなるにつれて、忙しさが増していく國士こくしを陰ながらに支えてきた。

秘書とかなれたらいいなぁ~って淡い期待で、秘書検定の試験をこっそり受けたり、マナー講座とかも仕事の合間に受講したり……
國士こくしには、優秀な秘書が付いているのはわかっていたけど、いつかなれないかな? って、目標にしてきた。

そんな優秀な秘書の松浦さんも一昨年引退すると言われ、オレが國士こくしの専属秘書になれた時は本当に嬉しかった! 
仕事でもプライベートでも、これで側に居られる。
國士こくしの仕事を手伝える! って……
本当に、嬉しかったんだ……

まぁ、実際は國士こくし自身がしっかりしているから、オレが出来ることってそんなに沢山はなかったんだけど……



「おはようございます。社長」
フロアの一番奥に位置する社長室。
他のフロアの部屋とは少し異なり、重厚感のある扉が2つ。
1つは社長である國士こくしの部屋。
もう一つは、國士こくしの弟であり副社長の天河てんかの部屋。

いつも通り、職場である社長室の扉を開き、中の様子を確認する。
國士こくしはもう出勤しており、ゆったり広い椅子に座り、午後からの打ち合わせである会社の資料に目を通していた。

他の社員に聞かれない為に、静かに扉を閉める、自分の為に用意されたデスクにカバンを置いた後に國士こくしに向かって頭を下げ
「國士《こくし》、昨日は本当にごめ……」

「黙れ」

聞こえたのは聞いたこともないくらい冷たい声だった。

書類から視線を上げ、嫌悪感を露わにした目で睨み付けてくる。
「誰だ、お前は。新入社員か? 此処はお前のような平社員が入って来る場所じゃない」
冷め切った視線と声に、胸がギュッと締め付けられる。
「ぇ……? 國士こくし?」
喧嘩したとは言え、今までこんな風に見られたことも言われたこともないせいで困惑してしまう。

「知らない奴に呼び捨てにされる謂れはない。不愉快だ」
バンッと書類をデスクに叩き付けられ、ビクッと肩を震わせ目を瞑ってしまう。
「聞こえなかったのか? 此処はお前が入っていい場所じゃない。さっさと出て行け!」
先程よりも更に嫌悪感を増した目で睨み付けられ、微かに身体が震える。

「…ぁ……っ……」
何か言いたいのに、何を言えばいいのかわからなくて、口の中も渇いてしまって言葉に出来ない。


なんで、なんで……なんで……
あんな冷たい目で見られたことなんてない。
そんなに怒っていたのか? 
もうオレのこと嫌いに……

オレのこと、忘れ、てる……? 


國士こくしの凍てつくような視線に耐えきれず、逃げるように社長室を飛び出した。



涙で視界が歪み、前をちゃんと見ていなかった。
目の前に人影が見えた時には遅く、勢いを殺せないまま誰かにぶつかってしまった。

「イッたぁ!?」

ぶつかった相手の体幹の方が強く、弾かれるように後ろに倒れそうになる。
その瞬間、ふわりと腰を抱き締めて貰えたお陰で、なんとか転倒は免れた。

紫苑しおん、そんなに慌ててどうしたの? 紫苑しおんが廊下を走るなんて珍しいね。怪我はない?」
國士こくしに顔立ちはなんとなく似ているけれど、物腰柔らかな物言いに、優しい笑みを浮かべた彼が聞いてきた。
國士こくしの弟で、オレの唯一の友人である天河てんか

「ごめっ……大丈夫、だから……」
心配を掛けない為に笑顔を作ろうとするも上手く笑えない。
明らかに顔は青ざめており、普通じゃない状態なのは一目瞭然で誤魔化すこともできない。
自分でも今の状況が受け止めきれない為、どう言葉にしていいのか、どうすればいいのかわからない。

「大丈夫じゃないだろ? 顔色も悪いし……とりあえず、國士こくしももう出社しているだろうから部屋に行こう」
心配そうに顔を覗かれ、腕を引いて先程飛び出してきた部屋に連れ戻そうとしてくる。
普段なら素直に着いて行くものの、今は彼の名前を聞いただけで身体が強張ってしまう。

「……紫苑しおん? 本当に、何があったの?」
普段のオレとは異なる様子に本気で心配してくれているのか、視線を合わせるように額同士をくっ付けて顔を覗き込んでくる。

この時間、まだ人が少ないとは言え、出社してくる人は当然いる。
こんなくっ付けている姿を他の人に見られて、変な噂を立てられたら困ると慌てて天河てんかの肩を押して離れ、顔を俯かせたまま

國士こくしに、お前は誰だって、嫌なモノを見たような目で見て言われたんだ……。昨晩、喧嘩というか……オレが、一方的に言っちゃいけない事を言ったから……本当に、嫌われたんだと、思う……」
泣きそうになるのを必死に堪えているせいで、声が震えて所々涙声になってしまったけれど、なんとか言葉にしていく。

「え? え? 何言ってるの? 兄貴が紫苑しおんのことを?あり得ないだろ?」
目を見開いて驚いて慌てている天河てんかを前に、今にも泣き出しそうな笑みを作り
「本当、なんだ……。もう、オレの顔なんて見たくないってことなのかも……」
自分の発した言葉にすら胸が締め付けられたようにズキズキと痛む。

「……紫苑しおん、僕も一緒に行くからもう一度だけ兄貴の所に行こ? 何かの間違いかも知れないし、兄貴が紫苑しおんをそんな目で見るなんて信じられないから……」
オレの両手をギュッと握って安心させようとしてくれる。
手のひらから伝わる熱が、冷え切ったオレの手をじんわりと温めてくれた。


不安は拭い去れないし、またあの目で見られることが怖くて仕方ないけれど、深呼吸をした後にコクンと深く頷いた。
何かの間違いであればいい。
勘違いならそれでいい。


でも、現実は夢と違って残酷なものでしかなかった。
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