【完結】世界で一番愛しい人

3

「ヒートの時は必ず帰るって約束だったのに、な...」

もう、何度目だろう…
ひとりぼっちで過ごす発情期ヒートに慣れ始めてしまった

最初は、狂いそうな程の不安感と満たされない欲、疼いて堪らない身体を耐える為にいっぱい傷を作ってしまった



どうして帰って来てくれないの？
僕のこと、愛してるって言ってくれるのに
どうして
どうして
どうして


浮かんでは消える呪いの言葉を飲み込んで耐えた

彼もきっと苦しんでるんだ…
運命の彼と出逢ってしまったから
僕だけの番じゃなくなってしまったから…


でも、ホントに？
僕のこと、本当はもう要らないんじゃないの…？
だから、側に居てくれないの…？


効かないとわかっている抑制剤を飲んで、彼を疑ってしまう心も抑えようとする

「シゲルさんに会いたい…」
消え入りそうな声なのに、静か過ぎる部屋ではそれでも大きく聞こえた




ガチャッ



玄関の扉の開く音が聞こえ、期待と愛しさから寝室から飛び出す
食事もままならないせいで、身体がフラつき、脚をもつれさせながらもリビングに走る

「シゲルさん、おかえり、なさいっ！」
愛しい人、一番会いたかった人、抱きしめて欲しい人

涙ながらに抱きつこうとしたが、発情期ヒート中で体力の奪われた身体に力が入らず、寸でのところで転んでしまう

愛しい人に受け止めて貰えると思っていたが、待ち受けていたのは鈍い痛みだった
受け止めて貰えず、床に倒れこんでしまったのを働かない頭で理解する

「ちょ、大丈夫か？あぁ、発情期ヒートになってたのか...
ごめんな。希も今発情期ヒートでかなりキツいらしいから、すぐに戻らないといけないんだ。必要なモノがあったからちょっと取りにきただけだったんだけど...」
倒れたままの僕を抱き起こし、肩を抱いてそのまま寝室に戻される

僕の元に帰ってきてくれたんだと喜んだのに、彼の無慈悲な言葉が僕の胸に突き刺さる

「ごめんな。でも、みつるは大丈夫だろ？
希には、俺が付いていてあげないといけないから…」

彼の言葉に絶望感が襲う

「僕も……」
僕の言葉を遮るように、寝室の扉が閉じられ、彼が出て行く音がする

「僕も、発情期ヒートで、苦しいのに...
全然、大丈夫じゃないのに…。一緒に、いて欲しいのに...」

誰にも聞いて貰えない泣き言を、扉に向かって呟く

また襲いくる疼きに自分の身体を抱き締めて蹲って耐え、ベッド横のチェストから大量のΩ用の抑制剤を取り出して流し込む

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
自分に言い聞かせるように何度も何度も呟き
自分の匂いしかしない、彼の服を抱き締めてベッドに寝転がる


これだけ沢山服はあるのに、どれももう彼の匂いはしない
今日、久しぶりに彼に抱き締めて貰えたのに、それだけじゃ足りない…


頸からくるチリチリした痛みと吐き気を堪え、ただこの期間が少しでも早く終わることを願うしかなかった