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カッと顔が熱くなるのを感じる。
「……お嬢様?」
フィルは私の顔色に気づいたようだ。
「顔、結構赤いけど」
「いえ、あのっ」
フィルに気づかれていることに拍車がかかり、ますます火照ってくる。
「な、なんでもないわ」
私はとっさに自分の腕で顔を覆った。
「なんでもない。放って置いたら治るから! 気にしないで」
「……」
「フィル、庇ってくれてありがとう。そして退いてくれないかしら? この態勢は、その、駄目だと思うの」
「……」
フィルは黙り込んだ。
この状況にようやく気付いてくれたのだろうか。
しかし、私から退こうとする気配はない。
「あの……」
私は恐る恐る様子を伺う。
「フィル?」
「……」
「フィルさん? フィル?」
「……」
フィルは私に返事をせず、その代わり何かを吐き出すようにして息をした。
「あんたさあ」
「……はい」
「それ、本気でやってんの?」
「……ええっと」
「いつもそうだけど」
あっ。
駄目だこれ。
嫌な予感がした。
背筋が凍る。
「あのぉ……。怒ってる?」
「怒ってるように聞こえてんの?」
「いや、あの……」
「はぁ」
またフィルはため息を吐いた。
「あんたさあ、本当に酷いよな」
「……」
どうしよう。
フィルがここまで怒っているのを見るのは初めてだ。
私に対して。
やっぱりお菓子を作って持っていくのは不味かったか。
いや違う。
これはお菓子じゃない。
もっと別の、違う問題だ――。
「別に俺は怒ってない」
フィルは言った。
「怒ってないから、その腕を退けて」
私はフィルの言う通り、ゆっくりと腕を床に置いた。
その私の顔を、フィルは大きな目で覗き込む。
「ずっと聞きたかった。あんたに。この際だから聞かせてもらう」
「何を?」
「あんたのその思わせぶりな態度は何?」
「お、思わせぶりって」
「ずっと前からそうだった。昔から、俺を拾ってくれたあの日から。そのくせ、あんたは俺を見ないであのクソ野郎ばかりだった」
フィルは早口に言う。
「まるで俺を馬鹿にしているみたいな。俺がどうも出来ないことを良いことに、ずっと揶揄っているみたいで。だけど俺はずっと、ずっと気にしないふりをしてた。そうせざるを得なかった。だって俺は執事だ。使用人に過ぎない。公爵家には一生を尽くしても返せない恩があるから」
「わ、私はそんなつもりじゃ……!」
「そんなことはわかってる。あんたがただの馬鹿だってことくらい、俺が一番良く知ってる」
馬鹿って……。
いやそうなんだけど。
「でも俺にとって、そのあんたの態度がどれほど辛いかは知っておいてくれ。俺に興味がないなら、俺とこの先どうこういうつもりがないなら、もうこれ以上俺に構わないでくれ。頼むから。もう辛いんだ」
私は息を呑んだ。
フィルの顔が、悲痛に歪んでいる。
ほかならぬ私のせいで。
「俺をただの使用人として扱うか、それとも俺を1人の――1人の男として見るか。どちらかを選んでくれ」
「そ、そんな急に」
「別に急に決めろっていうわけじゃない。ちゃんと猶予は与える。わかったか?」
「……」
「あんたは前、俺に俺の人生を生きろと言っただろ」
「……うん」
「お嬢様がそう言ったんだ。だからちゃんと俺の提案、呑んでくれるよな?」
「うん」
「よし」
フィルは立ち上がり、私を軽々しく持ち上げた。
「ということだ。じゃあ、俺は休むから」
「え、ええ。おやすみなさい」
「それじゃあ」
私はフィルの部屋を出て、真っすぐに部屋に戻った。
その間の記憶は、あまりない。
「……お嬢様?」
フィルは私の顔色に気づいたようだ。
「顔、結構赤いけど」
「いえ、あのっ」
フィルに気づかれていることに拍車がかかり、ますます火照ってくる。
「な、なんでもないわ」
私はとっさに自分の腕で顔を覆った。
「なんでもない。放って置いたら治るから! 気にしないで」
「……」
「フィル、庇ってくれてありがとう。そして退いてくれないかしら? この態勢は、その、駄目だと思うの」
「……」
フィルは黙り込んだ。
この状況にようやく気付いてくれたのだろうか。
しかし、私から退こうとする気配はない。
「あの……」
私は恐る恐る様子を伺う。
「フィル?」
「……」
「フィルさん? フィル?」
「……」
フィルは私に返事をせず、その代わり何かを吐き出すようにして息をした。
「あんたさあ」
「……はい」
「それ、本気でやってんの?」
「……ええっと」
「いつもそうだけど」
あっ。
駄目だこれ。
嫌な予感がした。
背筋が凍る。
「あのぉ……。怒ってる?」
「怒ってるように聞こえてんの?」
「いや、あの……」
「はぁ」
またフィルはため息を吐いた。
「あんたさあ、本当に酷いよな」
「……」
どうしよう。
フィルがここまで怒っているのを見るのは初めてだ。
私に対して。
やっぱりお菓子を作って持っていくのは不味かったか。
いや違う。
これはお菓子じゃない。
もっと別の、違う問題だ――。
「別に俺は怒ってない」
フィルは言った。
「怒ってないから、その腕を退けて」
私はフィルの言う通り、ゆっくりと腕を床に置いた。
その私の顔を、フィルは大きな目で覗き込む。
「ずっと聞きたかった。あんたに。この際だから聞かせてもらう」
「何を?」
「あんたのその思わせぶりな態度は何?」
「お、思わせぶりって」
「ずっと前からそうだった。昔から、俺を拾ってくれたあの日から。そのくせ、あんたは俺を見ないであのクソ野郎ばかりだった」
フィルは早口に言う。
「まるで俺を馬鹿にしているみたいな。俺がどうも出来ないことを良いことに、ずっと揶揄っているみたいで。だけど俺はずっと、ずっと気にしないふりをしてた。そうせざるを得なかった。だって俺は執事だ。使用人に過ぎない。公爵家には一生を尽くしても返せない恩があるから」
「わ、私はそんなつもりじゃ……!」
「そんなことはわかってる。あんたがただの馬鹿だってことくらい、俺が一番良く知ってる」
馬鹿って……。
いやそうなんだけど。
「でも俺にとって、そのあんたの態度がどれほど辛いかは知っておいてくれ。俺に興味がないなら、俺とこの先どうこういうつもりがないなら、もうこれ以上俺に構わないでくれ。頼むから。もう辛いんだ」
私は息を呑んだ。
フィルの顔が、悲痛に歪んでいる。
ほかならぬ私のせいで。
「俺をただの使用人として扱うか、それとも俺を1人の――1人の男として見るか。どちらかを選んでくれ」
「そ、そんな急に」
「別に急に決めろっていうわけじゃない。ちゃんと猶予は与える。わかったか?」
「……」
「あんたは前、俺に俺の人生を生きろと言っただろ」
「……うん」
「お嬢様がそう言ったんだ。だからちゃんと俺の提案、呑んでくれるよな?」
「うん」
「よし」
フィルは立ち上がり、私を軽々しく持ち上げた。
「ということだ。じゃあ、俺は休むから」
「え、ええ。おやすみなさい」
「それじゃあ」
私はフィルの部屋を出て、真っすぐに部屋に戻った。
その間の記憶は、あまりない。
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