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フィルの部屋①

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 フィルの部屋は、使用人に宛てがわれた建物の中にある。


 我が家の使用人たちは、基本的に1人1部屋となっている。

 平の使用人であろうが執事長であろうが、住居に関しては違いが出ないようにしている。


 それは、彼らのプライバシーを守るためだ。

 
 彼らは人で、我が家を守ってくれている存在。

 そんな彼らに敬意を評して、この屋敷が建てられたと同時に建設されたのが、彼らの住む家だった。


 フィルの居所は確か、3階の奥の部屋だ。

 部屋割りの際、一番若いのと、かつ一番後輩であるという理由でフィルは自らそこを選んでいた。


 私はそのときの彼を恨めしく思いながら、息荒く階段を登った。


 目的の部屋までやって来ると、軽く3回扉をノックする。


「……誰?」


 低い声が、扉の向こうから聞こえる。

「今それどころじゃないんだけど」


 機嫌の悪そうな声に、

「失敗した」

 と思った。


 労いの言葉とか、そのレベルでもないのかもしれない。


 フィルの様子をきちんと考えないで、お菓子を作ってきたことが恥ずかしくなった。


「ごめんなさい」

 私はフィルに声をかける。

「様子を伺いに来たのだけど……。戻るわね。おやすみなさい」

「えっ」


 フィルがびっくりしたような声を上げる。

「お、お嬢様? なんで? ここ、使用人部屋なんだけど」

「フィル、疲れてるって聞いたから。何かできないかなと思って、料理長と一緒にお菓子を作ってきたの。いる?」

「……いる」


 ガサゴソと部屋の奥で物音がした後、ゆっくりと扉が開いた。


 ギーッという油の差していない音。

 後でお父様に、この建物の整備をお願いしておいた方が良いかもしれない。


 そんなことを考えていると、部屋着に着替えているフィルが出てくる。


「ごめんなさい、調子が悪いときに」


 私はパウンドケーキを差し出した。

「初めて作ったものだから、不格好だけど……。良かったら」

「ありがとう」


 フィルは皿を受け取った。

「それじゃあ、ゆっくりしてね。私はここで」


 人と話すのも辛そうなフィルのところで、これ以上長居するわけにはいかない。


 そう言って立ち去ろうとする私だったが、フィルはその腕を掴んだ。


「どうしたの?」

「あんたまさか、このまま帰るつもりなのかよ」


 ため息混じりのフィル。

「せっかく来たんだったら、上がっていって」

「でも、フィルの体調が」

「別に風邪ひいてるわけじゃないから良いだろ? あんたに移すわけでもないし」
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