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第2章

仕事

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「高木さん。早速だけど、これやっておいてちょうだい」
  

 今更きづくのが遅いが、この会社はブラックなのかもしれない。
  

 手渡された資料の重みを肩に感じ、淡々とそう思った。
 
 きっちりファイリングされ、マジックで綺麗に書かれた取引先の名前を見ると、本当に松井さんは几帳面だなと思う。

「これ、暗唱しろとまでは言わないけど、読んで覚えてきて。あなたに同行してもらうのは来週からだから、それまでにしてちょうだい。それと、これ持って外出ちゃダメですからね」
  

 はいはいはい。

 私だってそれくらいは分かっていますよ。


 だってここに、禁帯出って書いてありますもん。


「はい、了解しました」

「じゃ、よろしくね」


 中途半端でふわふわした性格の元上司に比べて、きっちりした松井さんの方がいくらかマシではある。

 
 しかし、厳しいのに変わりはない。


 次々と運ばれてくるファイルを黙って見つめる。
  

 私だけじゃまともに運べない量なので、もちろんのこと手の空いている同僚に頼む訳だが。


 その憐憫の目のこと。


 あまりの辛さに、私は彼らから目を逸らした。
  

 言葉にしないものの、明らかに嫌がっている素振りを見せる後輩を見てもまるで意に介さない先輩は、自分も席から立ち上がってホワイトボードに営業と書いて出ていく。
  

 彼女の気配が姿を消した途端、重く沈んでいた空気が変な方向に飛び上がり、連中は私の頭上に陰口を飛び交わせた。

「あーほんと、辞めてくれればいいのに」

「本当それ。高木さんが可哀想」

「あーあ。ヒステリックババアがいるから、ここの空気も悪くなんだよ」  

「うるさいやつがいなくなった。お前ら、ちょっと休憩するか」

「さすが部長! ありがとうございます!」
  

 松井さんもそうだけど、何よりもお前らがここの空気汚してんだろと言いたいところだが。

 小市民の私が、こんな空気の中で言えるはずもなく。


 せめてものお前らとは違うんだよ感を出すため、早速ファイルに手を伸ばした。


 おおよそみんな私には変に同情しており、松井さんが私に文句を言うと必ず周りから不平が生まれ出てくる。


「高木さんが可哀想」

「あそこまで言わなくても良いのに」


 味方がいるのは嬉しいけれども、私の家が燃える前は私も雛子も六割ぐらい本気でこの会社辞めようかななんて話していた。
 

  正直、松井さんは苦手だ。

 性格が合わない。


 確かに仕事はできるが、ヒステリック気味で厳しいし。

 さらに言えば会社内での発言権が強く、小さなことですぐ怒る。


 扱いづらい。
  

 しかし、人格否定するまでボロクソに言うことはないだろう。


 彼らは別に性格が異常に悪いというわけではないのだが、今まで抑圧されていた分が私をきっかけによって噴出しているみたいだ。


 ただ、私を笠に着るのだけはやめて欲しい。

 というか、ここで文句言うなら本人に直接言って欲しい。
  

 会社もなんだか居心地が悪く、松井さんから渡された資料を急ピッチで覚えなければならないので、ストレスが身体に嫌という程蓄積されていく。
  

 せっかく冬馬さんとルームシェアしているのに、彼の料理を味わうこともなく、ただひたすら仕事に行って寝るだけの日々。
  

 辛い。

 これで給料上がらなかったら辞めよう。


 こう思っても、なんやかんやで辞められない。

 そんな人生。

  

 人生山あり谷あり。


 私はあの時あの瞬間、谷のどん底にいると思っていたけど。


 まだ続きがあったのか。
  

 あー、美味しいものが食べたい。

 何もかも、すべてから解放された状態で。


 美味しいご飯が食べたい。


 それがどれだけ幸せなことだろうか。


「ちょっと高木さん! あなたまだ覚えているの!? さっさとしてよ!」
  

 うるせえよ本当。

 しばき回してやろうか。
  

 脳内にガンガン鳴り響く金切り声。

 がむしゃらに同じページを何度も見つめる私。

 その上からさらに追い打ちをかける悪口のオンパレード。
  

 落ち着け私。

 落ち着くのよ。
  

 今頑張れば、大丈夫になるから。
  

 なんて言い聞かせて、気づけば一週間が過ぎていた。
  
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