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第1章
定食屋
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雛子は定食屋の前まで車を停め、私を見送ってくれた。
「相方にはあんたが住むってことは連絡してるから。じゃあ、頑張ってねー」
颯爽と消え失せた彼女に少々疑問を覚えつつも、私は恐る恐る店内に足を踏み入れる。
こじんまりとした空間には、長年によってこびり付いた出汁の匂いが残っていて、ついお腹がすいてしまう。
木材でできたこの部屋は、店主のこだわりだろうか。
柔らかい雰囲気が、まさしく「地元の定食屋」という称号ににぴったりだ。
どことなく清潔感溢れる、しかし祖母の家のような空気を持つこの定食屋が会社の近くにあれば、迷わず、
「またお前か」
なんて店員からうんざりされるほど通いつめるだろう。
まさに、ここは理想の定食屋だ。
友人の店だからと敬遠していたちょっと前の私を、助走をつけてぶん殴ってやりたい。
定休日であるのをいいことに、私は不躾に辺りを見回した。
あまり下は使わないとは言え、今日から私の新たな居場所となる。
どうせならここで毎食食べてやろうかなんて考えながら意気込んで階段を上ると――。
「「あっ」」
謎の人間と鉢合わせた。
私は驚き、臨戦態勢に入る。
目の前にいるのは、紛れもない生物学上の男性だった。
この男、誰?
金色の長髪を垂れ流しにし、鋭い眼光は私を舐めるように見つめている。
背が高く、だが太すぎず細すぎない筋肉の持ち主。
顔はやや整っているが、それでも悪人面で、ドラマや映画ではヤンキー役くらいしかもらえないだろう。
私より少し年上か?
いや、もしかすると老け顔なだけかもしれない。
しかしいずれにせよ、この男は雛子のお友達の雰囲気ではなく、とても料理ができるようには見えなかった。
……この男が同居人?
嘘でしょ?
もし仮にそうだとしても、あの雛子がこんなヤンチャな風貌の男と絡んでいる様が、私には全く想像出来ない。
雛子はかなりのビビりだ。
こんな男見れば、号泣しながら逃げ出すだろう。
そんな究極の怖がりが、どうしてこんな怖そうな人に私が来ることを事前に連絡できるだろうか。
「あんた、誰だ?」
話のスタート地点は向こうからだった。
訝しげな表情を浮かべ、私をこれでもかというほど睨みつけてくる。
圧迫感。
だが舐めてんじゃねぇぞ。
私はこう見えても少林寺拳法習ってたのよ。
……小学生のときだけど。
少なくともそこら辺の若い男どもよりは強いはず。
私は意を決し、男を真っ向から睨みつけた。
「あんたこそ誰よ? 相手の名前を聞くなら、まず自分から名乗るっていうのが常識でしょ」
「おい、何者かって聞いてんだ。答えねぇとしばくぞ」
うぅ……。
怖い。
やっぱりあっち側の人間だ。
犯罪集団の一員だ。
多分、不法侵入してきたに違いないだろう。
奴らは何をするかわかったもんじゃない。
最近ここ付近危なくなってきたってよく言うし。
だいたいしばくって、何?
何されるの?
この男は一体私に何をする気なのよ?
「せいぜいそうするがいいわ。そうすれば、私は警察に連絡してやる」
声が震えているのはどうか気にしないでくれ。
「フン、不法侵入者なのはどっちだ。警察を呼べば捕まるのはあんたの方だろうが」
「はあ? なにそれ、こっちのセリフなんですけど。私、ここの店主の娘に紹介されて来たから。あんたみたいに不法入居しに来たわけじゃないから」
「誰が不法入居者だ。ここはもともと俺ん家だ」
「あんたみたいな同居人、私聞いたことないんだけど」
「俺もあんたみたいなの聞いたことねぇ。俺は男と同居する予定だ」
「――そう言えばお兄ちゃん! 勘違いしてるかもしれないけど、『マコト』は男じゃなくて。あっ」
二人して互いを凝視していると、いいところに雛子がやって来た。
「雛子! 誰よこの失礼な男は!?」
「おい雛子! 誰だこの変な女は!?」
いつも大事なことは言わないこの女は、ごっめーんと軽く手を合わせて言った。
「お二人とも、今日から一緒に住んでもらうことになったからね! よろしく!」
……はあ?
ってことは、こいつがやっぱり同居人なの?
お互いの顔を見合わせ、そのふてぶてしい態度を見て思った。
最悪……。
なんかもう、最悪なんですけど。
「こちらが私の兄の冬馬。で、この子が私の友達の高木 真琴さんよ」
結局、正式に雛子を仲介として挨拶をしたのだが、私は驚き、つい叫んだ
「え!? この人が雛子のお兄様!?」
うわ、似てなー。
という声はどうやら聞こえていたらしく、
「大きなお世話だよ」
と、兄は毒ついた。
なんというか、想像していたのと違った。
もっと爽やかで優しそうなとばかり思っていた。
「女かよ。てっきり男だと……」
どうやら向こうも勘違いしていたらしく、彼の口からそんな呟きが漏れ出たのが聞こえる。
確かに「マコト」という音単体を聞けば両方あり得るだろうが、でも気分的に男と間違えられるのは癪だ。
「と、ということで、お互い仲良くしましょうね」
と、幼稚園の先生のようなことを雛子は言ったわけだが。
そんなものは無理に等しいと、お兄様の嫌そうな顔を見てそう思った。
「相方にはあんたが住むってことは連絡してるから。じゃあ、頑張ってねー」
颯爽と消え失せた彼女に少々疑問を覚えつつも、私は恐る恐る店内に足を踏み入れる。
こじんまりとした空間には、長年によってこびり付いた出汁の匂いが残っていて、ついお腹がすいてしまう。
木材でできたこの部屋は、店主のこだわりだろうか。
柔らかい雰囲気が、まさしく「地元の定食屋」という称号ににぴったりだ。
どことなく清潔感溢れる、しかし祖母の家のような空気を持つこの定食屋が会社の近くにあれば、迷わず、
「またお前か」
なんて店員からうんざりされるほど通いつめるだろう。
まさに、ここは理想の定食屋だ。
友人の店だからと敬遠していたちょっと前の私を、助走をつけてぶん殴ってやりたい。
定休日であるのをいいことに、私は不躾に辺りを見回した。
あまり下は使わないとは言え、今日から私の新たな居場所となる。
どうせならここで毎食食べてやろうかなんて考えながら意気込んで階段を上ると――。
「「あっ」」
謎の人間と鉢合わせた。
私は驚き、臨戦態勢に入る。
目の前にいるのは、紛れもない生物学上の男性だった。
この男、誰?
金色の長髪を垂れ流しにし、鋭い眼光は私を舐めるように見つめている。
背が高く、だが太すぎず細すぎない筋肉の持ち主。
顔はやや整っているが、それでも悪人面で、ドラマや映画ではヤンキー役くらいしかもらえないだろう。
私より少し年上か?
いや、もしかすると老け顔なだけかもしれない。
しかしいずれにせよ、この男は雛子のお友達の雰囲気ではなく、とても料理ができるようには見えなかった。
……この男が同居人?
嘘でしょ?
もし仮にそうだとしても、あの雛子がこんなヤンチャな風貌の男と絡んでいる様が、私には全く想像出来ない。
雛子はかなりのビビりだ。
こんな男見れば、号泣しながら逃げ出すだろう。
そんな究極の怖がりが、どうしてこんな怖そうな人に私が来ることを事前に連絡できるだろうか。
「あんた、誰だ?」
話のスタート地点は向こうからだった。
訝しげな表情を浮かべ、私をこれでもかというほど睨みつけてくる。
圧迫感。
だが舐めてんじゃねぇぞ。
私はこう見えても少林寺拳法習ってたのよ。
……小学生のときだけど。
少なくともそこら辺の若い男どもよりは強いはず。
私は意を決し、男を真っ向から睨みつけた。
「あんたこそ誰よ? 相手の名前を聞くなら、まず自分から名乗るっていうのが常識でしょ」
「おい、何者かって聞いてんだ。答えねぇとしばくぞ」
うぅ……。
怖い。
やっぱりあっち側の人間だ。
犯罪集団の一員だ。
多分、不法侵入してきたに違いないだろう。
奴らは何をするかわかったもんじゃない。
最近ここ付近危なくなってきたってよく言うし。
だいたいしばくって、何?
何されるの?
この男は一体私に何をする気なのよ?
「せいぜいそうするがいいわ。そうすれば、私は警察に連絡してやる」
声が震えているのはどうか気にしないでくれ。
「フン、不法侵入者なのはどっちだ。警察を呼べば捕まるのはあんたの方だろうが」
「はあ? なにそれ、こっちのセリフなんですけど。私、ここの店主の娘に紹介されて来たから。あんたみたいに不法入居しに来たわけじゃないから」
「誰が不法入居者だ。ここはもともと俺ん家だ」
「あんたみたいな同居人、私聞いたことないんだけど」
「俺もあんたみたいなの聞いたことねぇ。俺は男と同居する予定だ」
「――そう言えばお兄ちゃん! 勘違いしてるかもしれないけど、『マコト』は男じゃなくて。あっ」
二人して互いを凝視していると、いいところに雛子がやって来た。
「雛子! 誰よこの失礼な男は!?」
「おい雛子! 誰だこの変な女は!?」
いつも大事なことは言わないこの女は、ごっめーんと軽く手を合わせて言った。
「お二人とも、今日から一緒に住んでもらうことになったからね! よろしく!」
……はあ?
ってことは、こいつがやっぱり同居人なの?
お互いの顔を見合わせ、そのふてぶてしい態度を見て思った。
最悪……。
なんかもう、最悪なんですけど。
「こちらが私の兄の冬馬。で、この子が私の友達の高木 真琴さんよ」
結局、正式に雛子を仲介として挨拶をしたのだが、私は驚き、つい叫んだ
「え!? この人が雛子のお兄様!?」
うわ、似てなー。
という声はどうやら聞こえていたらしく、
「大きなお世話だよ」
と、兄は毒ついた。
なんというか、想像していたのと違った。
もっと爽やかで優しそうなとばかり思っていた。
「女かよ。てっきり男だと……」
どうやら向こうも勘違いしていたらしく、彼の口からそんな呟きが漏れ出たのが聞こえる。
確かに「マコト」という音単体を聞けば両方あり得るだろうが、でも気分的に男と間違えられるのは癪だ。
「と、ということで、お互い仲良くしましょうね」
と、幼稚園の先生のようなことを雛子は言ったわけだが。
そんなものは無理に等しいと、お兄様の嫌そうな顔を見てそう思った。
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