崖っぷちOL、定食屋に居候する

小倉みち

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第1章

救世主

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「あんた……。本当災難ね」
  

 心底呆れ返った様子の雛子。


 本当災難だ。

 誰か、どうして私がこんな目に会うのか説明して欲しい。


 私はとんでもない悪いことをしたの?

 知らない間にどこかの村焼き払ったりしたのかなぁ。

 
「ヒステリックババアに目をつけられたり、結婚を約束していた男に逃げられたり、挙句の果てに火事で家を消失したり……。もう本当、哀れね。この次は仕事なくなるんじゃない?」

「それは絶対嫌」
  

 雛子に運転してもらっている家庭用自動車内の会話である。

 土曜日なのに酷く物々しく沈んでいるのは、この空間の二分の一を占めている私のせいだ。
  

 こんなことが立て続けに起こったせいで、雛子が気を使って言ってくれた冗談も予言にしか聞こえない。


 マジで。

 仕事失うのだけは、本当洒落になんないから。


「まあでもさ、人生山あり谷ありってよく言うじゃん。確かにあんたは今どん底中のどん底だよ。でも、このことわざによれば、これからのあんたはもう山登りしかないんだわ。ってことは、これからいいことが沢山あるんじゃない?」

「……雛子もそう思うのね」

「『も』?」

「ううん、なんでもない」


 雛子は、かつての私と同じことを思っているみたい。


 しかし私と彼女の違いは、張本人であるかどうか。


「あそこにある定食屋の二階、貸してあげるからね。感謝してよ」
  

 なんとなく会話をストップさせ、しばらくの間ぼんやり揺れていると、目的地に着いたのか雛子がそう言った。


 左手の窓の外を見つめると、確かに定食屋だ。

 彼女の家は定食屋である。

 かつてはあそこに住んでいたらしいが、


「こんな食べ物の匂いしかしないところ、嫌よ」

 という雛子の一言で、家族まるまる近くのマンションに引っ越したらしい。

「先住民族が一人いるけど、気にしないで。程よくそいつと仲良くすることが、新参者の努めよ」

「わかったわ」


 見知らぬ同居人がいるのはちょっと気まずいが。

 背に腹は代えられない。


 せっかく、雛子家族の好意で部屋を用意してくれたんだし。


「その人って、雛子のお父様のお弟子さん? それとも雛子の友達?」

「……まあ。そんなとこね。気難しいけど、良い奴だから喧嘩ないでね。もちろん部屋は別々だから」


  変な誤魔化しは気になったものの、指摘するほどのものじゃない。


「ありがとー。雛子、マジ神様救世主」

「気にしなくて良いわ。困ったときはお互い様じゃないの」


 雛子は私に向かってぱっちりウィンクをする。


「今度私が困ったときは、ちゃんと助けてくれれば良いから」

「やーん。惚れそう」
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