私はもう、殿下の元へ戻る気はございません

小倉みち

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帰郷

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「おい、お嬢さん! メリッサお嬢さん!」


 美しい海。

 潮風。


 甲板に立って深呼吸していると、私は船員のトムに声をかけられた。

 彼は40代ほどの、ベテラン船員だ。


「危ないってそんなとこにいちゃ! もし海に落ちたらどうすんだ?」


 私は笑いながら振り返る。

「もう、トムったら。本当に心配性ね」


 彼と一緒に過ごすようになって2年が経ったけど、彼の心配性はずっと健在だ。


 ちょっと甲板の上で海を眺めているだけでも、私が落ちてしまうんじゃないかってずっと冷や冷やしている。


 私はもう子どもじゃないし、この船に身を預けて2年が経過している。

 船長の下で船員としての経験も積んだ。


「駄目ですって」

 トムは、私の腕を掴む。

「俺たちは、公爵家からあんたの命を預かってんですから。あんたに何かあったら、俺は家族ごと首が吹っ飛んじまう」

 彼は泣きごとを言って、私を説得しにかかる。


 それを言われてしまえば、私はトムの意見に従うしかない。

 彼の家族の命を懸けるほど、私は海が見たいわけじゃないから。


 トムもそれをわかっていて、だからこの文言を幾度となく使用している。


「それと、船長がお呼びですよ」

「ああ、はい。わかったわ」


 どうせ、例の話のことだろう。

 何度説得されても、私の意思は変わらないというのに。


 私はため息をつきながら、船内へ戻った。




 私は失恋を癒すための手段として、船旅を選んだ。


 殿下に振られた私は、文字通り3日3晩寝込んだ。

 涙が枯れるまで泣き続け、熱を出したのだ。


 ああいうふうに身を引いた私だけど、それでもランドルフ殿下への気持ちはずっと残っていた。

 あの恋の辛さと悲しみは、いつまで経っても消えることはなかったのだ。


 3日目、全く部屋から出てこない私に向かって、両親が泣きながら説得しにかかった。


「お願いだから、出てきてちょうだい」

「もう何日も食事を取っていないだろう?」


 彼らの泣き声を聞いて、私は我に返る。


 このままじゃ駄目だ。

 このままじゃいけない。


 失恋を落ち込むのは私1人だけど、その私を心配してくれている人がいるんだから。


 しかし、立ち直ることは容易でないことは、自分が一番よく知っていた。


 私は心の底から、ランドルフ殿下を愛していたのだ。

 この身のすべてを捧げても良いと思うほどに。


 その相手を失ったということは、私は私じゃなくなってしまったということ。

 私のアイデンティティは、あの日消失してしまった。


 私は、彼への想いを断ち切る必要があると考えた。


 ちょうどそのとき、私は知り合いの船長から船旅の誘いを受けていた。

 約2年ほど、一緒に各国を回らないかというもの。


 彼は我が公爵家が所有する船の船長で、もともと船に興味のあった私は、彼や船員たちと仲良くしていた。


 そうだ。


 私は決意した。


 船に乗ろう。


 2年という、長い時間。

 若い女性にとって、しかも先日婚約破棄されたばかりの私にとっては、大きなタイムロスだ。

 戻ってきてから新しい婚約者を探したとしても、遅いだろう。


 だが、私は船旅を選択した。


 失恋旅行だ。


 各国を回ることで、私の彼への想いが薄れていくかもしれない。



 そう思った私は、両親の反対を押し切り、客員として船に乗り込んだのだ。

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