亡国の姫は、すべてを奪った将軍王に溺愛される

序章

動揺

　さっきまで祭りを楽しんでいた村人たちの間に、激震が走る。


　いつもの、明るくて優しいレナじゃなかった。

　血走った目に、強張る顔。


　鬼のような形相で、ロイを睨みつけていた。


「エレア！　こっちへ！」

　しゃがれた声で、カルラが私を呼ぶ。


　私はその勢いに気圧され、2人の元へ近づいていく。


「ま、待て。客人に、何を言っているんだ？　2人とも」


　村人のうちの1人が、2人に声をかけた。

「この人は、我々が呼び止めたんだ」


　彼の言葉を皮切りに、口々に村人は反論する。


　彼らはみんな、先ほどまでロイの不思議な魅力に引き込まれていた人たちだ。


「そうだ。レナもカルラばあさんも、話は聞いてるだろ？　ロイさんは、アルを助けてくれたんだ。恐ろしい化け物に襲われていたあいつを」

「そうだ。そんな村の恩人に、なんてことを……っ」


「だけど」

　レナは、驚くほど冷たい声を出した。

「カルラばあさんの占いは、当たるわ」


　またもや、ざわつく一同。


　そうだ。

　カルラばあさんの占いは、よく当たる。


　豪雨も、日照りも、竜巻も、カルラばあさんが全部事前に教えてくれる。

　それどころか、今年は豊作か不作かまで、カルラばあさんの占いによってみんなわかる。


　一体どういう理屈で占っているのかはわからないけど、それでも村人は、超自然的な力を持つカルラばあさんの言葉を信じ、彼女を重宝してきた。


　――下手すれば、村長よりも。


　時に彼女の言葉は、村長の放つものよりも強い力を持っている。


「……」

　さっきまで黙っていたロイが、不意に立ち上がった。

　ビクッと、何人かが身体を強張らせる。


　ああ、決まった。


　私はぼんやりと思った。


　みんな、彼を怖がり始めている。

　不思議な旅人と、長年村を支え続けてきた老女。


　どちらを取るか、火を見るよりも明らかだった。