亡国の姫は、すべてを奪った将軍王に溺愛される

序章

夜

　眠りには、浅いときと深いときがある。

　その周期は決まっており、ちょうどそのとき、私の眠りが浅いところに差しかかっていた。


　血を見て動転してしまったとは言っても、ひと眠りすれば心は落ち着く。


　すっかり夜も更け、窓に差し込む月夜の光だけが部屋を照らしていた。

　そんなさなか、浅い眠りの私は、現実と夢の狭間を行ったり来たりしながらまどろんでいた。

　そのとき。


　コンコン。

　我が家の扉がノックされる。


　私の部屋は、玄関口からほど近い場所にある。

　私の意識はその音で、すっかりと現実に引き戻された。


私はゆっくりとベッドから起き上がり、大きく伸びをする。


　一体誰だろう。


　私は不思議に思った。


　こんな夜遅くに。


　この村は、日が沈むころに眠り、日が昇るころに目を覚ます。


　この時間帯は、もう村のみんなは眠ってしまっているはずだ。


　何か緊急事態が起こったのだろうか。


　だがノックの音からは、そういう緊急性は感じ取れなかった。


　となると、村の人たちではない。

　よそから来たのだろうか。


　しかし、この村はかなりの田舎だ。

　目立った観光資源もなく、ただそこで生きて死んでいくための、小さな小さな集落。

　そんな場所にわざわざやって来るような奇特な人が存在するのだろうか。


　ガチャッ。

　母の部屋の方の扉が開く。

　明るい光。

　レナが、燭台に火をつけたのだろう。

「はーい、どなた？」

　彼女ののんびりとした声がだんだんとこちら側に近づき、そして離れていく。


　私は少し、嫌な予感がした。


　こんな夜更けに家にやってくるような、非常識な「よそ者」が、まともな人間であるかどうかの保障はない。

　ましてや、この家は女２人だけである。

　そんなふうに、簡単に相手を信用しても良いものなのだろうか。


　私は素早く部屋の扉に耳を当て、息を潜めた。


　向こう側から、レナと訪問者のかけ合いが耳に届く。