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第3章

教師

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「地下の書庫……」

「えっ? セレナ様? 今なんと?」


 ここ連日心身ともに忙しかったせいか、少しぼんやりしていた。

 あの手紙に書かれていた言葉が口に出ていたのだろうか、私に座学を教えていた家庭教師は、振り返って尋ねた。

「何かおっしゃられましたか?」


 私は首を横に振る。

「い、いえ……。すみません、少し咳をしておりまして」


 コホッ、コホッ。

 空咳でさっきの嘘を補強する。


「大丈夫ですか、セレナ王女様」


 教師は心配そうな顔で、私の表情を伺う。

「失礼します」

 教師は自分の手のひらを、私の額に当てる。


「ふむ」

「……」


 まさか身体に触れられると思っていなかったので、私は驚いて硬直した。

「熱はなさそうですね……。ですが、少し様子を見た方が良いかもしれません。今日はもうお休みにいたしましょうか」

「えっ」


 棚からぼたもちというか、たまたまついた嘘が高じて、家庭教師は私の体調が悪いと思い込んだらしい。


 というか、そんなこと、今まで言われたことがなかった。


 この生活を送るようになって結構経つが、誰も私の体調を表立って気遣うことはない。

 何度か熱っぽいときもあったが、明らかに身体がふらついていたときもあったが、そんなときでさえ私に、

「休んでください」

 という者は誰もいなかった。


 私が遠巻きに見られている人間であるということもあろうが、この世界では王族の体調管理という概念は、前提として存在しない。

 私の子どもたちもそうだった。


 小さな子どもが辛そうにしていても、通常と同じスケジュールで人々は動く。

 心配していないわけではないとは思う。


 だが、そう命令されていないのだ。


 国王に、

「休ませろ」

 と命じられなければ、周囲の大人たちは子どもを休ませることが出来なかった。


 だから、この家庭教師の行動に、私はいささか驚いた。


「休んでも、良いんですか……?」

「えっ」


 教師は不思議そうに首を傾げた。

「もちろんです。体調がお悪いのに、無理に勉強をさせるわけにはいきません」


 この男は、数週間前に兄から任じられた私の家庭教師だった。

 前任が諸事情により辞めることになったらしい。

 それの後釜。


 城の常識を守らない大人など、今まで見たことがなかった。


 それともこの男は、この城の常識を知らないのか?


「あの……」

 私は初めて、この男に興味を持った。

「先生は、どこの出身なんですか?」

「出身ですか? ――ええと」


 彼は照れ笑いした。

「少し田舎の出でして。すみません」

「この城に務めるようになったのは、だいたい何年くらいですか?」

「1年も働いていませんよ。このお仕事をいただいて初めて、城に入りました」


 話し方から察するに、本当のことなのだろう。

 口ぶりも田舎臭く、私に対する敬語も使い慣れていない。


 まだ、この城の歪さに染まっていないということだ。


 これは――。


 私は思った。


 この男、使えるかもしれない。
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