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第1章

日記

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  私は驚いて、固まってしまう。


  この古びた日記は、1回目の私が死ぬ間際に綴ったものだった。
  
  今では反吐が出るくらい馬鹿馬鹿しいが、そこには愛する夫と子どもたちのことが書かれている。


  内容は覚えていた。


「どうして、あの人はあの女のところへ行ってしまったのだろう」

「私はあの人を上手く支えることが出来なかったのではないか」

「もうすぐ処刑の日がやって来る。でも、あの人は、本当はそんな冷たい人じゃない。きっと、私を助けてくれるわ」

「……駄目ね。私ってば、まだあの人のことを。でも、もう無理なのかしら」

「せめて、せめて子どもたちだけは……!」


  満足に食事も与えられず、後半からはほとんどミミズみたいに細く震えた字だった。


  私はパニックになる。


  どうしてここに、こんなものが?

  どうして?

  なんで、今回からはちゃんと生きようと決意したときにこんなものが出てくるの!?


  私は近衛兵に処刑台まで連行されたときのことを思い出す。

  この日記を近衛兵が見つけてしまえば、きっと捨てられるだろうと思っていた。

  私はこの日記を誰かに読んでほしかった。私の気持ちを、誰かにしって欲しかった。

  だから私は隠したのだ。

  鍵をかけ、暗証番号に気づいた人のみがわかるように。

  ーーあの男に、あの心の底から愛していた男に、私を知ってもらうために。


  だが、誰も気づかなかった。

  今の今まで、私が自分でその鍵を開けるまでは。誰も私の日記を読もうという形跡はなかった。


「馬鹿だわ……。本当に」

  私は呟く。

「こうじゃ、駄目だったのよ。こんな生ぬるい復讐じゃ、あの男を反省させられなかった。だから私は」

  2回目に、ちゃんとした復讐を決行したのだ。

  だが、上手くいったとは言えない。結局私はあの男に、また殺されてしまった。

  かつての怒りを思い出したところで、私は我に返る。


  駄目だ。

  こんなことをしていては、私はまた不幸になってしまう。


  ただ、これを見つけてしまったからには仕方なかった。

  過去の愚かさを消すために、私はその日記をビリビリに破った。


  これでもかというほど。

  文字が識別できないほどに、めちゃくちゃにした。


「セレナ……! 起きていたのか!」


  ヤバい。


  私はパッと後ろを振り返る。

  先程の老人が目を丸くして私を見ていた。

「あ、あの……」

「良かった、良かった!」

  老人は一歩一歩私の方に近づいていく。その満面の笑みが怖く、私は後ろに下がった。

「どうした? セレナ。私がわからないのか?」


  失敗した。

  日記に意識が向きすぎて、この人が部屋に入ってくるのにまったく気づかなかった。


  どうすればいいかわからず、私は逃げることしか出来なかった。

  男の隙をつき、私は駆け出す。

「セレナ!」

  老人は私を捕まえようとするが、その老体じゃ子どもについて行くことさえ出来ないだろう。


  だが、体力のない身体を持つ私もそうだった。

  すぐに息切れし、足がもつれて倒れ込む。

「セレナ、危ない!」

  私の目の前には、開けっ放しにしていたチェストの角があった。


  ゴツン。


  鈍い痛みが額に生じ、それを認識する暇もないまま、私の目の前は真っ暗になった。



  
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