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第1章

……誰?

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  私は慌ててベッドに戻った。

  狸寝入りをする理由は、「勘」だ。

  良くわからないけど、私は寝ているという状況が得策なのかもしれない。

  確かに起こされた感触はあったが、それでも誰かわからない人間と顔を合わせられるほど、私は自分の状況を全く把握出来ていなかった。


  ベッドに登ると、布団を手繰り寄せ、もう一度目をつぶる。


  コンコン。


  2度目が鳴った。


  コンコン。


  3度目。

  もしかすると、私が起きているのか確認したいのかもしれない。しかしそれは困る。私はこの身体になってからの記憶がない。どう行った経緯でここにいるのかも知らない。私が口を滑らせれば、また同じことになりそうで怖かった。

  私はギュッと目をつぶる。

  ノックの主は痺れを切らしたのか、やがてガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえたかと思うと、ギギーッと油の差されていない嫌な音が響いた。

  私は思わず身体を強ばらせる。

  入ってきた。誰かが。

「……」

  その人は、何も言わなかった。

  今度はゆっくりと扉を閉める。


  ガシャン。


 カツカツカツカツ。


  靴音を響かせて、こちらに近づいてくるのがわかる。

  私は布団の中で、拳を作った。

「……セレナ?」

  男の声だった。少々しゃがれている。

「セレナ? 私だ。まだ起きていないのか?」

  セレナとは、私の名前だろう。私は返事をしなかったが、少し安心する。その男の声からは、悪意も気味の悪さも感じなかった。

  男は私から返事がないのを確認すると、不思議そうな声を上げた。

「さっき、凍結魔法を解いたはずなんだが……。もしかして、失敗したのだろうか」


  凍結魔法?


  私は頑張って思い出そうとする。


  確か、凍結魔法は人間にはもちろん、通常使用でさえ許されていない禁忌魔法だったはずだ。

  時間を止め、魔法を解かなければ二度と動き出すことはない。

  そんな危険な魔法を、どうして私にかけたのだろうか。


「セレナ……」


  ギシッ。

  ベッドが揺れた。男が腰かけたのだ。

「私は、お前にこんなことをしたかったわけではないんだ。本当ならば、セレナは他の子どもたちと同様に、私たちと同じ時間を過ごしてもらう手筈だった」

  男の手が、私の布団に触れる。

  しかし、それは悪い意味を含むようなものではなく、ただの慈愛に満ちた優しさだった。

  そんなものを久しぶりに感じ、私は少し泣きそうになる。

「だが、心配するな。セレナ、お前が生きやすい世の中を作るために私たちも尽力するよ」
  
  それじゃあ、また起こしに来るから。

  そう言って腰を上げた男の顔を、私は興味本位で確認することにした。薄目を開ける。

  真っ暗な瞼の向こう側に、悲しそうな老人の顔が見えた。

  かなり高級そうな服や装飾品を身につけているが、疲れ切ってやつれているようであった。


  男はまた扉を開け、ゆっくりと扉を閉める。

  男がいなくなったのを確認すると、私は目を開けて体を起こした。

「……誰?」


  
  
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