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第4章

ある令嬢の日常⑤ ~モブ視点~

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 母は当然とばかりに頷く。

「もちろんそうよ」

「なら」


 私は商人を指さす。

「なぜこの男を屋敷に連れ込んでるの!?」

「まあ、連れ込んでるだなんて。まるで私がこの方と浮気をしているみたいじゃない」

「こんな美しい方とそういう関係になれるのは、男冥利に尽きますがね」

「まあ、お上手」


 喜ぶ母。

 一層ニヤリと笑う商人。


 私は頭を抱えた。

「あのねぇ、良い? 私は第三王子の婚約者よ。それになぜ私が選ばれたのかわかっているの?」

「もちろんよ」


 お母様は頷く。

「あなたのお父上の尽力よ」

「そう――お父様がありとあらゆる方法で私を王子の婚約者にしたの」


 正直、その手法は褒めてしかるべき代物では決してないのだが。


 王子の婚約者というのは、我々令嬢の憧れである。


 自分自身単体で出世することが見込めない女である私たちは、夫のステータスで自分の立ち位置を図る。

 令嬢たちにとって、その最たる男性である王子たちの婚約者になることこそ、至上の喜びかつ生きる目的と言っても過言ではないのだ。

 それにそれぞれの家にとっても、自分の一族から王子の婚約者、特にそれが次期国王だと、婚約者の家族ごと出世出来る見込みが増える。


 父がどんな手を使ってでも私を第三王子の婚約者にした理由が、そこに現れている。


 それを知っている、近くで見てきたこのお母様だからこそ、なぜ彼女がそんな危ない橋を渡ろうとするのか、理解出来ないのだ。


「わかっているなら、なおさらです。なぜブローディア国の方針を裏切って、お母様はマハナ国の食品を手に入れようとなさるのですか?」

「あらあら。そういうこと?」


 母はあくまでも能天気だ。

「別に買おうとしているんじゃないのよ。彼、少し前にマハナにいったそうで、それのお土産を渡しに来てくれたのよ」

「お土産?」


 メイドに対して放った言葉と同じようなことを、母は私にも言う。

「貿易禁止が出た国に言ったですって?」

「貿易が禁止されただけで、渡航が禁止されたわけではないのよ」

「確かにそうですが、それでも――」

 国の意向に反するのは、王子の婚約者の家の方針としてどうかと思う。
 
「ああ、もう」


 母は自分の行動を棚に上げて、まるで私が面倒な女であるかのように呆れた顔をし、私の口に何かを放り込んだ。

「んぐっ」


 驚いて、息が詰まる。

「ほら、食べてみなさい。この方が持ってきてくれたものよ」


 甘ったるい糖分が口いっぱいに広がる。

「食べて。ちゃんと噛むのよ」


 お母様に言われた通り、私はその固形物を恐る恐る噛み進める。


 濃厚な甘さと、その奥にひっそりと佇む苦み。

 芳醇な香りが鼻を突き抜ける。


 美味しい。

 しかも、かなり。


「どう?」

 お母様はニヤニヤと勝ち誇ったような顔をする。

「美味しい?」


 私は悔しさを滲ませながら、ゆっくりと首を縦に振った。



 
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