上 下
9 / 86
第1章

マハナの衛兵①

しおりを挟む
「ちょっとウル殿下、あなたの世話係の俺の身にもなってくださいよ。後で怒られるの、俺なんですからねって……えっ!?」

  ウル殿下の付き人らしき若い衛兵は、初めて私の姿を目視したようだ。

「あれ、その小さい子どもは一体どこから……。ってもしかして、ウル殿下。結婚したくないからってそんな子どもにまで手を出すつもりですか!? 駄目ですよ、堪えてください! あなたの結婚はこの国で今一番大事なものなんですから」


  子ども……。


「なんのことかさっぱりだ」

  ウル殿下は嘯く。が、この男がこの日が来るまでにやってきたのだろう様々な行いのことを考え、私は嘆息した。

「さあマーガレット王女、王宮へ参りましょう」

  うやうやしくウル殿下は私に頭を下げ、手を差し出す。

  さっきとは打って変わった白々しい態度に苦笑しつつ、私はその手を取った。

「えっ、お、王女…?」

「お前が俺の妻になる人に言った侮辱は、第一王子の特権で特別に許してやろう」

  衛兵は目をぱちくりさせて私を見つめ、頭を床に叩きつけんばかりに勢いよく下げた。

「すみませんでした! 王女様だと全く気づかず、大変失礼しました!」

  私はクスクス笑って許した。

「大丈夫ですよ、気にしないでください」


  この腹立つ男の方が、私に散々失礼なことをしでかしているからな。


「で、彼女の荷物は?」

「あ、はい! 大丈夫です。持ってます!」

  衛兵が腕を持ち上げると、そこには私の置いてきた旅行鞄があった。


  なるほど。私に荷物の心配がいらないと言ったのは、衛兵が代わりに回収してくれていたからか。


  抜け目ないウル殿下の行動に驚きつつも、少し心配になって私は言う。

「あの、自分で荷物は持ちますので。お気になさらず」

「え!?」

  衛兵は大きな声を出した。大きな目がさらに大きくなる。

「あ、あの……。もしかして、お嫌でしたでしょうか?」

  衛兵は恐る恐るといったふうにそう言う。

「えっ」
  
「ああ、ああ。いい。気にすんな」

  ウル殿下は私の方を見る。

「奴はこういう人間だ。別に荷物を取られるなんてことはないぜ」

「そ、そうは思っていませんが」

「それに、マーガレット。あんたが荷物を持ってちんたら歩いたら、王宮へ行くのが遅くなるだろ? それ持って走ったり出来るか? また俺がおんぶしてやろうか?」

  ウル殿下は私の荷物を指さす。


  人前でおんぶは嫌だ。


 すぐさま首を横に振った。

「それはちょっと」

「人の助けはきちんと受けた方がいい。この国ではそうだ」

  私は了承の意を示すために頷いた。


  この男が言うのなら、そうなのだろう。

  この国では、それが普通なのだ。


  突然、ウル殿下に肩を叩かれた。

「ちょっと」

「何?」

  ウル殿下が何かしたのか、衛兵は後ろの声が聞こえない立ち位置まで下がっていたので、遠慮なく砕けた言い方をする。

「さっきのは駄目だ」

「何が駄目だったのよ」

「あのな」

  ウル殿下は言いにくそうに、端正な顔を顰めた。

「あんたはブローディア出身で、一応そこの王族なんだ。その人間がこの国に与える影響を考えて欲しい」

  私は少し考えた。

「……もしかしてあの人、私がこの国の人たちを蔑んでいると思っていたの? だから私が荷物を持つなと言ったと思っているの?」

「そこまでは言っていない。でも、この国にあるブローディアへの畏怖が根強くあるのは事実なんだ」


  荷物一つでもそうだと言うのか。


「まあ、奴は気にしすぎる節がある。次から気をつけてやってくれよ」

  私はウル殿下の言い回しに、心底びっくりする。

「家来の性格も把握して助け舟を出すんだ、この国の王族は。凄いわ」

「……あんた、一体どういう国からやって来たんだよ」

  呆れ返ったような声に、私は心の中で答えた。


  自分の親族を虐待するような国からよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

処理中です...