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序章
観光という名の非難
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この名も知らぬ男と一緒にいるのは最悪の気分だったが、やはりマハナの風景はとても良く、私は男の存在をほとんど忘れて周囲をキョロキョロと見渡した。
まだ舗装されていない土の道を、木で出来た荷車を引く人々。その上にはトゲトゲしたフルーツが乗せられている。その不思議な形がとても珍しく感じられ、まじまじと見つめていると、それに気づいたのか、
「あれはパイナップルだ」
と、男が言った。
「初めて見る食べ物だわ」
甘く芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
見た目に反して、随分と美味しそうだ。
食べてみたい。
ブローディアにいるときは、甘いものなんてほとんど食べさせてもらえなかったから、強くそう思う。
道の先には、茅で作られた家が均等に並べられている。その小ぶりな家から、人が出入りするのが見えた。
「王宮もあんな感じなの?」
私の言葉に、信じられないというふうに男は爆笑する。
「そんなわけないだろう、この国だって一応王族はいるんだ。なぜ一緒だと思うんだ?」
私はイラついた。
そんなわけないじゃない。この素材で王宮が出来ているのかって思っただけなのに。
私の言い分を聞き、さらに男はケラケラ笑う。
「これで王宮が作られていたら、威厳もクソもないな。すぐに潰れるだろ? 俺は他国へ行く機会が多いが、だいたいどこも似たようなもんだな」
「なにそれ。つまんない」
私はムッとして前方へ顔を向けた。
結局、本で夢見た「南国」はこの辺だけなのか。
「おいおいおいおい、そりゃないぜ。つまんないは酷いだろ」
「だって、結婚すればブローディアと違う景色が見えると思ってたのに」
「仕方ないだろ。ブローディアは数世紀にも渡って世界に君臨しているんだ。それを模倣する国があっても不思議じゃない」
「多様性は大事よ」
「多様性が大事なのは、旅だのなんだのにかまけていられる余裕のある人の話だ。俺たちには関係ない」
男は肩をすくめ、顎をしゃくった。
私は男の指す方角を見やる。
屈強な男たちが、エイヤーと掛け声を上げながら、土の入ったずた袋を運んでいた。こんな暑い日に重労働。彼らは皆汗だくだった。その近くに待機している女性たちも、同じく辛そうに水をコップに注いでは男たちに手渡している。
「彼らはまだ良い」
仕事があるからな、と言う。
「仕事? なんの?」
「工事だ。無理やり作った。大きな平地を作って、そこに商業施設を建てようとしている」
「商業施設?」
なんでそんなものを。
「本当はそんなもんいらないんだ」
「それじゃ、お金の無駄じゃない?」
「無駄だよ、そりゃ。だがな、今うちの国はヤバいんだ。つい先日まで、ほとんどの人間が仕事にありつけなかった」
私は驚く。
「え!? そんなことあるの?」
「……あんたんとこの国が、俺たちとの貿易を打ち切ったのさ」
「え!? な、なんの?」
「さっきも見ただろ。パイナップルだ。マハナはあれで国の経済を支えていた」
瞬間、気まずくなる。
いや、私のせいではないのだが。
「あんたは知らないのか? ブローディアの所業を」
非難がましい言い方をされ、私は少々面食らう。
「ご、ごめん……。私、なんにも知らないの。一人だけ隔離されてたから」
「そりゃ、パイナップルも見たことなさそうだったからな」
馬鹿にしたように言われたが、私はそれに反論出来るほど心臓は強くなかった。
「で、話を戻して」
男は大通りから急に方向転換し、狭い道を入っていった。私も慌ててそれについていく。
「あいつらはまだ良いって言ったろ、俺」
「ええ、まあ」
「もっと悪い環境の例を見せてやるよ」
男は早足になる。体格の良い彼はただでさえ足が長いから、私はついていくのに必死だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「ほら」
腕を差し出された。
「掴めよ。これで歩きやすくなるだろ」
「だから、私はあんまりあんたに接触したくないんだって」
しかし、男は私にこれ以上譲歩する気はないようだ。仕方なく駆け足で男の後を追う。
「ねえ、結局あんたの一番好きな場所ってどこなの?」
「今から行くところだ」
男にそう言われ、私は目を剥いた。
この男、嫌味だ。
一番好きな場所だと言って、ここで一番過酷な環境を私に見せつけようとしている。
そうやって、ブローディアの王女である私を非難しようとしているんだ。
私は男に聞こえないように、小さく呟いた。
「本当に素晴らしい『歓迎』ですこと」
まだ舗装されていない土の道を、木で出来た荷車を引く人々。その上にはトゲトゲしたフルーツが乗せられている。その不思議な形がとても珍しく感じられ、まじまじと見つめていると、それに気づいたのか、
「あれはパイナップルだ」
と、男が言った。
「初めて見る食べ物だわ」
甘く芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
見た目に反して、随分と美味しそうだ。
食べてみたい。
ブローディアにいるときは、甘いものなんてほとんど食べさせてもらえなかったから、強くそう思う。
道の先には、茅で作られた家が均等に並べられている。その小ぶりな家から、人が出入りするのが見えた。
「王宮もあんな感じなの?」
私の言葉に、信じられないというふうに男は爆笑する。
「そんなわけないだろう、この国だって一応王族はいるんだ。なぜ一緒だと思うんだ?」
私はイラついた。
そんなわけないじゃない。この素材で王宮が出来ているのかって思っただけなのに。
私の言い分を聞き、さらに男はケラケラ笑う。
「これで王宮が作られていたら、威厳もクソもないな。すぐに潰れるだろ? 俺は他国へ行く機会が多いが、だいたいどこも似たようなもんだな」
「なにそれ。つまんない」
私はムッとして前方へ顔を向けた。
結局、本で夢見た「南国」はこの辺だけなのか。
「おいおいおいおい、そりゃないぜ。つまんないは酷いだろ」
「だって、結婚すればブローディアと違う景色が見えると思ってたのに」
「仕方ないだろ。ブローディアは数世紀にも渡って世界に君臨しているんだ。それを模倣する国があっても不思議じゃない」
「多様性は大事よ」
「多様性が大事なのは、旅だのなんだのにかまけていられる余裕のある人の話だ。俺たちには関係ない」
男は肩をすくめ、顎をしゃくった。
私は男の指す方角を見やる。
屈強な男たちが、エイヤーと掛け声を上げながら、土の入ったずた袋を運んでいた。こんな暑い日に重労働。彼らは皆汗だくだった。その近くに待機している女性たちも、同じく辛そうに水をコップに注いでは男たちに手渡している。
「彼らはまだ良い」
仕事があるからな、と言う。
「仕事? なんの?」
「工事だ。無理やり作った。大きな平地を作って、そこに商業施設を建てようとしている」
「商業施設?」
なんでそんなものを。
「本当はそんなもんいらないんだ」
「それじゃ、お金の無駄じゃない?」
「無駄だよ、そりゃ。だがな、今うちの国はヤバいんだ。つい先日まで、ほとんどの人間が仕事にありつけなかった」
私は驚く。
「え!? そんなことあるの?」
「……あんたんとこの国が、俺たちとの貿易を打ち切ったのさ」
「え!? な、なんの?」
「さっきも見ただろ。パイナップルだ。マハナはあれで国の経済を支えていた」
瞬間、気まずくなる。
いや、私のせいではないのだが。
「あんたは知らないのか? ブローディアの所業を」
非難がましい言い方をされ、私は少々面食らう。
「ご、ごめん……。私、なんにも知らないの。一人だけ隔離されてたから」
「そりゃ、パイナップルも見たことなさそうだったからな」
馬鹿にしたように言われたが、私はそれに反論出来るほど心臓は強くなかった。
「で、話を戻して」
男は大通りから急に方向転換し、狭い道を入っていった。私も慌ててそれについていく。
「あいつらはまだ良いって言ったろ、俺」
「ええ、まあ」
「もっと悪い環境の例を見せてやるよ」
男は早足になる。体格の良い彼はただでさえ足が長いから、私はついていくのに必死だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「ほら」
腕を差し出された。
「掴めよ。これで歩きやすくなるだろ」
「だから、私はあんまりあんたに接触したくないんだって」
しかし、男は私にこれ以上譲歩する気はないようだ。仕方なく駆け足で男の後を追う。
「ねえ、結局あんたの一番好きな場所ってどこなの?」
「今から行くところだ」
男にそう言われ、私は目を剥いた。
この男、嫌味だ。
一番好きな場所だと言って、ここで一番過酷な環境を私に見せつけようとしている。
そうやって、ブローディアの王女である私を非難しようとしているんだ。
私は男に聞こえないように、小さく呟いた。
「本当に素晴らしい『歓迎』ですこと」
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