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序章

迎えの者

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   顔に平手打ちを噛まし、その流れで私はまた叫んだ。

「客人に向かってなんて口の利き方なの!? 恥を知りなさい!」

  そこまで言って、はたと気づく。

  本来の計画と大きく外れてしまったことに。

  でも、まあ仕方がない。侮辱されたのはこっちの方だ。

  いきり立っている私の顔を、男はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「客人ではないだろう。あんた、この国に嫁ぐんだから」

「だからと言って、歓迎の意を示すのは当たり前でしょう!」

「歓迎されると思っていたのか? 随分と楽観的だな」

  私は出かかった言葉をグッと飲み込み、辺りを見渡す。

  人々は私の奇行に驚き、ざわめいていた。

  私は軽く舌打ちをする。

「おいおいおいおい」

  端正な顔立ちの男は、大袈裟に手をヒラヒラさせた。

「大国のお姫様が舌打ちとは」
  
「は? そうさせたのあんたでしょうが!」
  
「そうさせたって、俺はただ『ちんちくりん』と呼んだだけで」

「それが一国の王女に言う言葉じゃないでしょ! なんでわからないの!?」

「わかってるさ。冗談だよ、冗談」

「人を馬鹿にして……! 何が冗談よ!」

  私はここに来るのを楽しみにしてたのに! 

「悪かった」

  男は私の剣幕を聞き、意外そうに謝る。

「『ちんちくりん』はあんたの地雷なんだな。わかった。これからは『ちんちくりん』と呼ばないようにするよ」

「何度も『ちんちくりん』言うな!」

  久しぶりにキレたせいか、酷く呼吸が荒くなる。

  腹立つ。ものすごく腹立つ。

  期待した自分が悪いが、それでも期待したいし、それなりの態度は示してくれると思っていた。

  それに。

  私は王族だ。こう見えても、例え親族から嫌悪される魔力なしの「忌み子」であっても、王族だ。

  別に身分制社会を好んでいるわけではない。わけではないがーー。


  どこぞの馬の骨とも知らない男に、「ちんちくりん」呼ばわりされるのは、非常に腹が立つ。


「思っていたよりも気丈でなによりだ」

  男は、その辺の老若男女が一様にしてため息を吐くほどの極上の笑みを浮かべた。

  一瞬怯むが、まだ怒りは収まらない。

「なんでそんな赤の他人に上から目線で言われなくちゃいけないのよ」

「そう言うなーーそうそう。言い忘れていたが、俺はあんたの迎えの者だ」

「仕事だったら忘れないでよ、そんな重要なこと」

  ああ、もう嫌だ。

  もうちょっとちゃんとした、大国の王女らしい態度を取るべきだったのに。

  あの腐った連中の真似をするのは癪に触るが、私がここで生きていくために必要なことだと悩みに悩んで決断した行動を、怒りに任せて全部投げ捨ててしまうとは。

  ああ、もう最悪。

  帰りたい。

  帰る場所ないけど。

「……で、どうする?」

「はい?」

  男が何やら尋ねてきた。私は全く聞いておらず、尋ね返す。

「だから、まだ時間あるんだ。国を案内する」

「え?」

  私は戸惑った。

  この男は何を言っているのだろうか。

「私、この国の第一王子と結婚するんだけど。妙齢の男女が一緒にいるのは、ちょっと」

「ブローディアは随分と堅苦しいんだな。未婚の男女が連れ立って歩くくらい、どうってことないだろう」

  男は周囲を指さす。

  確かに、民族衣装を着た男女が手を繋ぎながら歩いている。かなりイチャイチャしていてムカつくが、どうやら二人は結婚しているわけではなさそうだった。

「あんた、この国気に入ったんだろ? なら、さっきのお詫びも兼ねて案内してやるよ」

  私が返事をする間もなく、男は私の脇に両腕を差し込み、持ち上げた。

「ちょ、ちょっと!」

「さあ、行こうぜ」

「離しなさいよ!」

  私は力の限り暴れて男と距離を置こうとするが、生まれてこの方運動の「う」の字もしたことがない私と、明らかに鍛えているのだろう逞しい身体を持つ男では、どちらが優勢か言うまでもなかった。

  おもちゃのように軽々しく持ち上げられ、抱っこされる。

「辞めてよ!」

「軽いな、あんた」

  男は私の言葉を意に介さないまま、どこかへ向かってスタスタと歩き始めた。


  野蛮だ。

  私は思った。

  みんなの言う通りだ。やっぱりこの国は野蛮だったんだ。
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