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序章
マハナ
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私は深呼吸をした。
あのブタ共が言うには、世界で一番美しいのはブローディアの街並みらしい。私の住んでいた離れの塔から見える景色は、それはそれは気持ち悪いほどの装飾がなされたド派手な世界であったが、どうにも私の気持ちは、生まれて始めて見たこの国に傾いているようだ。
吐き気と苦しさの狂想曲であった、今回の一週間の船旅を終え、私は南国マハナの港へ降り立つ。
船員が気まずそうに私の荷物を持ち、
「あの、迎えの者がやって参りますまでお持ちしましょうか」
という提案をしてきたので、それを丁寧に断り、重たい旅行鞄の持ち手を両手でしっかりと握りしめる。
船員も可哀想だ。
困ったような表情で1週間ずっと私の近くを彷徨いていた、人の良さそうな若い女の顔を思い浮かべた。
本来ならば、王族は皆々専用の船に乗るはずだったのだが、私にそんなものを両親が与えるはずもなく、かと言って貴族や商人などの連中が使う豪華客船に乗るのを奴らが許可するはずもなく、自力で探して見つけたのがこの庶民用の船だった。
おおよそ王族が顔を出すことなんて今までになかったのだろう。また私の「忌み子」という素晴らしいレッテルもあってか、船側はかなり混乱していたのが、自分のことながら傍目に面白かった。
王族を刺激せずに、かつ仮にも王族で結婚する私を尊重するためにという葛藤の末産み出されたのが、あの豪勢な料理である。
彼らにしてみれば戦々恐々であったろうが、先日ブローディア国の王族を勘当された身としては、その最後のブローディア料理を非常に楽しみ、楽しみすぎて全部吐いてしまった。
もったいなかったな。
未だに後悔の念が拭えない。
どうせ吐くなら、もう少し食べておきたかった。
そのような経緯で無事一人きりになった私は、母なる海の匂いをめいいっぱい吸い込み、少々むせた。
「うん、綺麗だわ」
珍しい白い肌の少女を全員が遠巻きに見ていることを良いことに、私は結構な声量で言った。
「気に入った」
マハナは美しかった。
ブローディアの塔の上しか居場所がなかった私にとって、ここは本当に綺麗で活力のある土地にしか見えない。
透き通るような海は、底まで良く見えた。黄金に輝く波は轟いて浜辺を打ち、砂はそれに沿って弧を描く。そびえ立つヤシの木は、潮風に揺られている。浜辺を過ぎれば、生命溢れる新緑が瑞々しい。港では褐色の肌をした人々が小ぶりな船に乗り、掛け声を上げながら櫂を漕ぐ。
この17年の月日で、すっかり諦めることを覚えてしまっていたが、この景色はそんな私にもう一度希望を抱かせてくれるような、そんな強さがあった。
私は、自分を遠巻きにして凝視している人々の顔を見つめる。誰も近づいてこないあたり、どうやらこの中に迎えの者はいないらしい。そもそも迎えがあるとも聞いていないが。あのブタ共は報連相という言葉を知らないのだ。
このまま誰かに道案内を頼み、王宮へ行くことも出来るが、私はあえてそれをせずに手頃な石に座った。
私は考えていた。
もし、このまま迎えに来ないようであれば、この国は終わりだな、と。
あのブローディアと同じ、自分たちの沽券しか考えないような醜い連中だということである、と。
そんな嫌なことを思わず考えてしまう。あの腐った連中と同じ血が流れているのを否応なく感じさせられ、私は気分が悪くなった。
ふと、目が合う。
遠くからでは顔が良く見えないが、一際大柄な若い男であることがわかった。
男は真っ直ぐにこちらへ近づいてくる。私も立ち上がり、目を逸らさずに男の行動を見つめた。
私の心臓は高鳴る。
やむを得ない。これから先の新しい人生が始まろうとしているのだ。
なんと声を発せばいいかしら。
私は素早く思考する。
やっぱり、
「お初にお目にかかりますわ。ブローディア国の第一王女、マーガレットでございます」
で、行こうか。そう、しよう。
私が丁寧な挨拶をすれば、向こうもきっと歓迎してくれるに違いない。
私はすっかりこの土地の虜になっていた。
こんな素晴らしい場所だ。人々もいい人に違いない。
やがて男は私の目の前に立つ。
私は一番の笑顔を浮かべた。
それにつられて男も微笑し、口を開く。
「ブローディアの王女と聞いたが、随分とちんちくりんだな」
私は王女らしく優雅に微笑み、旅行鞄を地面に置いた。
そしてーー。
右手を思いっきり横に振り、男の頬をぶっ叩いた。
「誰がちんちくりんよ!」
あのブタ共が言うには、世界で一番美しいのはブローディアの街並みらしい。私の住んでいた離れの塔から見える景色は、それはそれは気持ち悪いほどの装飾がなされたド派手な世界であったが、どうにも私の気持ちは、生まれて始めて見たこの国に傾いているようだ。
吐き気と苦しさの狂想曲であった、今回の一週間の船旅を終え、私は南国マハナの港へ降り立つ。
船員が気まずそうに私の荷物を持ち、
「あの、迎えの者がやって参りますまでお持ちしましょうか」
という提案をしてきたので、それを丁寧に断り、重たい旅行鞄の持ち手を両手でしっかりと握りしめる。
船員も可哀想だ。
困ったような表情で1週間ずっと私の近くを彷徨いていた、人の良さそうな若い女の顔を思い浮かべた。
本来ならば、王族は皆々専用の船に乗るはずだったのだが、私にそんなものを両親が与えるはずもなく、かと言って貴族や商人などの連中が使う豪華客船に乗るのを奴らが許可するはずもなく、自力で探して見つけたのがこの庶民用の船だった。
おおよそ王族が顔を出すことなんて今までになかったのだろう。また私の「忌み子」という素晴らしいレッテルもあってか、船側はかなり混乱していたのが、自分のことながら傍目に面白かった。
王族を刺激せずに、かつ仮にも王族で結婚する私を尊重するためにという葛藤の末産み出されたのが、あの豪勢な料理である。
彼らにしてみれば戦々恐々であったろうが、先日ブローディア国の王族を勘当された身としては、その最後のブローディア料理を非常に楽しみ、楽しみすぎて全部吐いてしまった。
もったいなかったな。
未だに後悔の念が拭えない。
どうせ吐くなら、もう少し食べておきたかった。
そのような経緯で無事一人きりになった私は、母なる海の匂いをめいいっぱい吸い込み、少々むせた。
「うん、綺麗だわ」
珍しい白い肌の少女を全員が遠巻きに見ていることを良いことに、私は結構な声量で言った。
「気に入った」
マハナは美しかった。
ブローディアの塔の上しか居場所がなかった私にとって、ここは本当に綺麗で活力のある土地にしか見えない。
透き通るような海は、底まで良く見えた。黄金に輝く波は轟いて浜辺を打ち、砂はそれに沿って弧を描く。そびえ立つヤシの木は、潮風に揺られている。浜辺を過ぎれば、生命溢れる新緑が瑞々しい。港では褐色の肌をした人々が小ぶりな船に乗り、掛け声を上げながら櫂を漕ぐ。
この17年の月日で、すっかり諦めることを覚えてしまっていたが、この景色はそんな私にもう一度希望を抱かせてくれるような、そんな強さがあった。
私は、自分を遠巻きにして凝視している人々の顔を見つめる。誰も近づいてこないあたり、どうやらこの中に迎えの者はいないらしい。そもそも迎えがあるとも聞いていないが。あのブタ共は報連相という言葉を知らないのだ。
このまま誰かに道案内を頼み、王宮へ行くことも出来るが、私はあえてそれをせずに手頃な石に座った。
私は考えていた。
もし、このまま迎えに来ないようであれば、この国は終わりだな、と。
あのブローディアと同じ、自分たちの沽券しか考えないような醜い連中だということである、と。
そんな嫌なことを思わず考えてしまう。あの腐った連中と同じ血が流れているのを否応なく感じさせられ、私は気分が悪くなった。
ふと、目が合う。
遠くからでは顔が良く見えないが、一際大柄な若い男であることがわかった。
男は真っ直ぐにこちらへ近づいてくる。私も立ち上がり、目を逸らさずに男の行動を見つめた。
私の心臓は高鳴る。
やむを得ない。これから先の新しい人生が始まろうとしているのだ。
なんと声を発せばいいかしら。
私は素早く思考する。
やっぱり、
「お初にお目にかかりますわ。ブローディア国の第一王女、マーガレットでございます」
で、行こうか。そう、しよう。
私が丁寧な挨拶をすれば、向こうもきっと歓迎してくれるに違いない。
私はすっかりこの土地の虜になっていた。
こんな素晴らしい場所だ。人々もいい人に違いない。
やがて男は私の目の前に立つ。
私は一番の笑顔を浮かべた。
それにつられて男も微笑し、口を開く。
「ブローディアの王女と聞いたが、随分とちんちくりんだな」
私は王女らしく優雅に微笑み、旅行鞄を地面に置いた。
そしてーー。
右手を思いっきり横に振り、男の頬をぶっ叩いた。
「誰がちんちくりんよ!」
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