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第4章
夏
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ジリジリと太陽が身を焦がす季節。
燦燦と光り輝く日光は、容赦なく身体を痛めつける。
毛穴という毛穴が開き、汗がじわりと仕事服を湿らせる。
やって来たのだ。
夏が。
夏休みが。
「魔王の動きが活発化している」
理事長は苦い顔でそう言った。
「とうとう近づいてきた」
「近づいたって……」
「メイソン先生に占ってもらったんだが」
空調完備の理事長室は、この蒸し暑い夏休みの期間でさえ、涼しく過ごしやすい環境だ。
さっきまで食べていたのだろう、ポテトチップスとチョコレートの包装が机の上にすっ転がっていた。
液晶通信機は油でギトギト。
大方お偉いさんとの遠隔会議でお菓子を食べながら話し合っていたのに違いない。
理事長の仕事は末端の新人教師には計り知れない。
上から下からの重圧を抱え込んで仕事をしているのだから、それくらい許してやろうという気にもなるが、それでも仕事中にお菓子を食べるのはいかがなものか。
オイリーな匂いに気圧されながら、俺は理事長に続きを促す。
「メイソン先生はなんと仰ってたんですか?」
「魔王が異世界に飛ばされた――という話はお前も良く知っているだろう」
「ええ」
「数十年に一度、異世界との距離が縮まり、お互いに行き来し合うことが可能になる時期がある。それがもうそろそろやって来るんだ」
「ああ。それで」
確か、それを占う儀式が占術師の始まりだったはずだ。
「今回、私たちの世界と接触する異世界は、『ニッポン』という国だそうだ」
「それって、あの勇者たちの」
「そうだ。数百年前私たちの世界を救った、今では四大貴族の先祖である伝説の勇者たちの出身地だ」
何だか不思議な気持ちになる。
魔王復活が見え始め、それに伴い新たな勇者一行を育てる動きが活発化する。
その時期に、かつて勇者を輩出した異世界と接触しようとは。
「すると、どうなるんですか? もしや、『ニッポン』からまた新たに人材を召喚しようと言うのですか?」
「それは私が決めることじゃない。政府が決めることだ」
だが、今回はそれが問題ではないと理事長は姿勢を正した。
「どういうことですか?」
「その『ニッポン』という国に、私たちの世界を脅かす魔王が封印されているのだ」
「はあ!?」
俺は理事長室の仕事机を両手でバンッと叩いた。
「……なんというタイミングの悪い」
「しかも、だ」
理事長は珍しく頭を抱え込む。
「『ニッポン』はさっきも言ったように、この世界を救った英雄を生み出した国。また勇者たちは魔王を倒した後、この世界に『ニッポン』の文化をもたらした功労者でもある。お前も知っているだろう」
悪びれもなく、彼女はポテトチップスとチョコレートの袋を指さす。
「これをもたらし、流行らせたのは他でもない、勇者たちだ。彼らがいなければ、私は今こうやってこれらを食すことは出来なかっただろう」
「なんで開き直ってんですか」
「開き直っていない。私にとって仕事中にお菓子を食べることは悪いことではない」
「なおタチ悪いですね……。まあそんなことはともかく」
俺は話を続ける。
「理事長が言いたいのは、その『ニッポン』と接触するお祝いとして、お偉いさんがまた変なことをしようとしている、というわけですか?」
「そうだ」
理事長は杖を軽く振り、棚から包装紙に包まれたクッキーを取り出した。
「食べるか? 巷で人気の店で買ったものだ」
いるか、と言ってやろうと思った。
しかし、有名店のクッキーなんて言う高級品、恐らく一生食べることなんてないだろうと考え直し、ありがたく一枚いただく。
「祭典を開くそうだ」
「馬鹿じゃないですか? さすがにお偉いさん方も、魔王が『ニッポン』に封印されていること、知っているんでしょう?」
「いや、今回の件は極秘だ。我々だけで動いている」
めんどくさいことしやがって、と床に向かって吐き捨てた。
「人を大量に集めると、その分危険は増します」
「しかし、私たちはその祭典を止める手段がない」
理事長は言った。
「我々が無闇矢鱈に魔王復活の件について伝えると、彼らのことだ、恐らく酷く狼狽するだろう」
「今じゃ政府なんてあって無いようなものですもんね」
貴族社会である。
血筋がものを言う時代、重要なのは頭脳ではなく血統書だ。
「そこでだ」
クッキーをバリボリと貪る。
「合宿をすることにした」
「合宿ですか?」
「『ニッポン』と接触するのは約半年後だと推測されている。重鎮たちも、そのつもりで計画を進めている」
「祭典が催される前に、超特急で彼らを成長させて一人前の勇者に仕立て上げる、と言うことですか?」
「それに加え、四大貴族の中から代表でスピーチをさせろとのお達しがあった」
「スピーチ?」
「祝辞だな。あの四人は社交界に身を置いているが故、少なくともお前よりはマナー面できっちりしていると思う。しかしそれも子どものお遊戯程度。王族の前で、完璧な仕草や言葉使いをしなければ、いつ私たちの首が飛んでもおかしくはない」
「それって、この学園で教えろと言うことですか? 貴族用のマナーを?」
「学校とは、社会に教え子たちが出る前までに必要最低限の生きる力を学ばせる場所。それが必要と判断されれば、我々はそれを教える義務があるのだ」
「ということは、」
俺は話をまとめた。
「来るべき半年後の祭典に、魔王襲来の可能性が高くなる。その前に勇者たちを一人前にする必要があるので、この夏休みに合宿を行う。それに加えて、英雄をアピールするために祭典で祝辞を行うことになったから、ちゃんとした貴族のマナーも一緒に叩き込まなければならない、ということですね」
「お前は話が早くて助かる」
燦燦と光り輝く日光は、容赦なく身体を痛めつける。
毛穴という毛穴が開き、汗がじわりと仕事服を湿らせる。
やって来たのだ。
夏が。
夏休みが。
「魔王の動きが活発化している」
理事長は苦い顔でそう言った。
「とうとう近づいてきた」
「近づいたって……」
「メイソン先生に占ってもらったんだが」
空調完備の理事長室は、この蒸し暑い夏休みの期間でさえ、涼しく過ごしやすい環境だ。
さっきまで食べていたのだろう、ポテトチップスとチョコレートの包装が机の上にすっ転がっていた。
液晶通信機は油でギトギト。
大方お偉いさんとの遠隔会議でお菓子を食べながら話し合っていたのに違いない。
理事長の仕事は末端の新人教師には計り知れない。
上から下からの重圧を抱え込んで仕事をしているのだから、それくらい許してやろうという気にもなるが、それでも仕事中にお菓子を食べるのはいかがなものか。
オイリーな匂いに気圧されながら、俺は理事長に続きを促す。
「メイソン先生はなんと仰ってたんですか?」
「魔王が異世界に飛ばされた――という話はお前も良く知っているだろう」
「ええ」
「数十年に一度、異世界との距離が縮まり、お互いに行き来し合うことが可能になる時期がある。それがもうそろそろやって来るんだ」
「ああ。それで」
確か、それを占う儀式が占術師の始まりだったはずだ。
「今回、私たちの世界と接触する異世界は、『ニッポン』という国だそうだ」
「それって、あの勇者たちの」
「そうだ。数百年前私たちの世界を救った、今では四大貴族の先祖である伝説の勇者たちの出身地だ」
何だか不思議な気持ちになる。
魔王復活が見え始め、それに伴い新たな勇者一行を育てる動きが活発化する。
その時期に、かつて勇者を輩出した異世界と接触しようとは。
「すると、どうなるんですか? もしや、『ニッポン』からまた新たに人材を召喚しようと言うのですか?」
「それは私が決めることじゃない。政府が決めることだ」
だが、今回はそれが問題ではないと理事長は姿勢を正した。
「どういうことですか?」
「その『ニッポン』という国に、私たちの世界を脅かす魔王が封印されているのだ」
「はあ!?」
俺は理事長室の仕事机を両手でバンッと叩いた。
「……なんというタイミングの悪い」
「しかも、だ」
理事長は珍しく頭を抱え込む。
「『ニッポン』はさっきも言ったように、この世界を救った英雄を生み出した国。また勇者たちは魔王を倒した後、この世界に『ニッポン』の文化をもたらした功労者でもある。お前も知っているだろう」
悪びれもなく、彼女はポテトチップスとチョコレートの袋を指さす。
「これをもたらし、流行らせたのは他でもない、勇者たちだ。彼らがいなければ、私は今こうやってこれらを食すことは出来なかっただろう」
「なんで開き直ってんですか」
「開き直っていない。私にとって仕事中にお菓子を食べることは悪いことではない」
「なおタチ悪いですね……。まあそんなことはともかく」
俺は話を続ける。
「理事長が言いたいのは、その『ニッポン』と接触するお祝いとして、お偉いさんがまた変なことをしようとしている、というわけですか?」
「そうだ」
理事長は杖を軽く振り、棚から包装紙に包まれたクッキーを取り出した。
「食べるか? 巷で人気の店で買ったものだ」
いるか、と言ってやろうと思った。
しかし、有名店のクッキーなんて言う高級品、恐らく一生食べることなんてないだろうと考え直し、ありがたく一枚いただく。
「祭典を開くそうだ」
「馬鹿じゃないですか? さすがにお偉いさん方も、魔王が『ニッポン』に封印されていること、知っているんでしょう?」
「いや、今回の件は極秘だ。我々だけで動いている」
めんどくさいことしやがって、と床に向かって吐き捨てた。
「人を大量に集めると、その分危険は増します」
「しかし、私たちはその祭典を止める手段がない」
理事長は言った。
「我々が無闇矢鱈に魔王復活の件について伝えると、彼らのことだ、恐らく酷く狼狽するだろう」
「今じゃ政府なんてあって無いようなものですもんね」
貴族社会である。
血筋がものを言う時代、重要なのは頭脳ではなく血統書だ。
「そこでだ」
クッキーをバリボリと貪る。
「合宿をすることにした」
「合宿ですか?」
「『ニッポン』と接触するのは約半年後だと推測されている。重鎮たちも、そのつもりで計画を進めている」
「祭典が催される前に、超特急で彼らを成長させて一人前の勇者に仕立て上げる、と言うことですか?」
「それに加え、四大貴族の中から代表でスピーチをさせろとのお達しがあった」
「スピーチ?」
「祝辞だな。あの四人は社交界に身を置いているが故、少なくともお前よりはマナー面できっちりしていると思う。しかしそれも子どものお遊戯程度。王族の前で、完璧な仕草や言葉使いをしなければ、いつ私たちの首が飛んでもおかしくはない」
「それって、この学園で教えろと言うことですか? 貴族用のマナーを?」
「学校とは、社会に教え子たちが出る前までに必要最低限の生きる力を学ばせる場所。それが必要と判断されれば、我々はそれを教える義務があるのだ」
「ということは、」
俺は話をまとめた。
「来るべき半年後の祭典に、魔王襲来の可能性が高くなる。その前に勇者たちを一人前にする必要があるので、この夏休みに合宿を行う。それに加えて、英雄をアピールするために祭典で祝辞を行うことになったから、ちゃんとした貴族のマナーも一緒に叩き込まなければならない、ということですね」
「お前は話が早くて助かる」
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