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第3章
電話
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社宅の固定通信機がピコピコとなる。
俺の魔法網に接触した魔力を感知して鳴るというシステムで、金は掛からないが、通信すると魔力を消費する。
もっと詳しく言うと、通信は互いの魔力を飛ばし、接触させることで会話が出来るようになるということだ。
昔の人間は、こういう機械を使わなくとも互いの連絡を取り合えたらしいが、今じゃそんなことをこなせる人間はいやしない。
最新の小型通信機は、自分の魔力消費を最小限にすることが出来るらしいが、あいにくそんな金はないので、俺は非常に非効率的な型落ちを使用している。
「もしもし」
魔力は学園と俺の出身の孤児院の、どちらの方向からやって来ているわけでもなかった。
どうやら、俺にわざわざ連絡を取る善良な人たちではないらしい。
俺の心臓は汁を搾り取られるほどにギュッと縮み上がった。
俺の固定通信機には、登録していない人間からの連絡を遮断する機能はついていない。
もしかすると、と俺の内臓は、爆弾を抱えた鶏のように変な方向へ飛び上がった。
面と向かって敵意を向けられることには慣れているが、自分の憩いの場である自宅にまで連絡を入れようとする輩には出会ったことがなかったのだ。
俺はひとまず深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
念のため、孤児院のシスターから無理に押し付けられた逆探知機を取り出し、通信機の横に設置した。
受話器を取る。
「もしもし」
「もしもし。そちら、トーマ先生のお宅でしょうか?」
抑揚のない低い声が、鼓膜の奥に届いた。
丁寧な言葉遣いだが、少し不自然なところがある。
俺は何と言えばいいか考え、やがて、
「はい、そうですが」
と頑なな声色で答えた。
てっきり生徒の厳しい親か誰かで、俺の噂を信じ込んで勝手に文句を言いに来たのだろうと思っていたが、その予想は外れた。
「アメリアがいつもお世話になっております」
受話器の向こうの人は、そう言った。
「アメリアの父です」
「あっ、えっと」
俺は思わず焦ったような声を出した。
「フロ、いやア、アメリアさんの……」
「ええ。父です。直接連絡してしまい、すみません。理事長に連絡先を教えていただきまして」
「そ、そうだったんですか……」
あくまで淡々と丁寧な言葉を使い続ける彼は、やはり貴族という言葉を体現した存在なのだろうと思う。
受話器越しに放たれるオーラに圧倒される。
「アメリアがトーマ先生とお話がしたいようでして。ただいまお時間頂いてもよろしいでしょうか?」
「は、はい。よろしいです」
まだ若干本調子に戻っていないせいか、変な言葉遣いをしてしまう。
しかしそれを咎めたることなく、彼は近くにいたらしいアメリアを呼び付けた。
「アメリア。トーマ先生と連絡がついたぞ」
「はい」
遠くの方で凛とした鈴の音のような声が発せられる。
そのまま入れ替わりに少女の声が鼓膜をくすぐった。
「トーマ先生ですか?」
「……ああ。どうした? 謹慎中の担任と連絡を取ると、優等生の箔に傷がつくぞ」
冗談のように茶化して返事をしたが、彼女は愛想笑い一つすることはない。
「単刀直入に尋ねます。……先生は誰が犯人だと?」
「犯人?」
「今回、先生とマリベルを陥れた犯人です。先生は、もう誰がやったのかご存じなのでは?」
「状況証拠が少なすぎる」
俺は答えた。
「犯人を特定することは出来ない」
「でも」
アメリアは喉から絞り出すように声を上げた。
「目星はついているのでしょう? それが誰か、教えていただけませんか?」
「お前はそれを知ってどうするんだ?」
「知ってって……。暴き出すに決まっているじゃないですか!」
先生とマリベルが付き合っているだなんて、そんな馬鹿なことあるわけないでしょうと、憤りの声を上げる。
「お前ひとりでどうするんだ?」
「出来ます。先生だって、このままクビにされたくはないでしょう?」
「そりゃそうだが、俺は教師なんだぞ」
確かにアメリアという優秀な頭脳がこっち側についている事実。
これは本当に有難いことであるし、出来るだけ手伝って欲しいというのも本音だ。しかし、
「教師として、お前に危険なことをさせるわけにはいかない」
「でも……」
アメリアは不服そうである。
受話器越しからも、彼女の苛立ちは届いていた。
「誰かが陥れたのだけは明白ですよね」
「そうだな」
否定する必要がなかったので、俺は同意した。
「じゃあ、『英雄特別クラス』の敵ってことですよね?」
「かもな」
俺は続ける。
「ただ単に俺やスチュワードのことが嫌いでこんなことをするやつはいない。と言うか、出来ない」
「どうしてですか?」
「俺やスチュワードを陥れるために、わざわざ他の優秀な人間を雇おうとするか? 学園の生徒や教師が、証拠も残さずに俺たちの写真を撮ることなんて出来ない。そんな実力を持っている奴は恐らくいない。だから、優秀な人間を雇ったっていう方が理にかなっている」
「しかし、優秀な人間を雇うほどの財力や手間を掛ける生徒や教師はいない。コストとリターンのバランスが割に合わない――と言うことですか?」
「ああ。嫌がらせをするのなら、もっと簡単に安くする方法などいくらでもある。しかし今回は多額のコストを使って確実に俺たちを仕留めに来ている。明らかにヤバい連中だろう。お前の出る幕じゃない。危なすぎる」
「……」
アメリアは何も言わない。
俺はため息をつく。
「さっきも言ったが、俺は教師だ。俺はお前たちのことを守らなくちゃいけない」
「たとえ一人の生徒と一人の教師を見殺しにして、でも?」
「そう言っているんじゃない。少なくとも今回の件でスチュワードが学園を退学になるなんていうことは起こらないだろう。最善の行動は、黙って上の指示に従い、自分たちの疑いを晴らすというのに尽きるということだ」
俺の魔法網に接触した魔力を感知して鳴るというシステムで、金は掛からないが、通信すると魔力を消費する。
もっと詳しく言うと、通信は互いの魔力を飛ばし、接触させることで会話が出来るようになるということだ。
昔の人間は、こういう機械を使わなくとも互いの連絡を取り合えたらしいが、今じゃそんなことをこなせる人間はいやしない。
最新の小型通信機は、自分の魔力消費を最小限にすることが出来るらしいが、あいにくそんな金はないので、俺は非常に非効率的な型落ちを使用している。
「もしもし」
魔力は学園と俺の出身の孤児院の、どちらの方向からやって来ているわけでもなかった。
どうやら、俺にわざわざ連絡を取る善良な人たちではないらしい。
俺の心臓は汁を搾り取られるほどにギュッと縮み上がった。
俺の固定通信機には、登録していない人間からの連絡を遮断する機能はついていない。
もしかすると、と俺の内臓は、爆弾を抱えた鶏のように変な方向へ飛び上がった。
面と向かって敵意を向けられることには慣れているが、自分の憩いの場である自宅にまで連絡を入れようとする輩には出会ったことがなかったのだ。
俺はひとまず深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
念のため、孤児院のシスターから無理に押し付けられた逆探知機を取り出し、通信機の横に設置した。
受話器を取る。
「もしもし」
「もしもし。そちら、トーマ先生のお宅でしょうか?」
抑揚のない低い声が、鼓膜の奥に届いた。
丁寧な言葉遣いだが、少し不自然なところがある。
俺は何と言えばいいか考え、やがて、
「はい、そうですが」
と頑なな声色で答えた。
てっきり生徒の厳しい親か誰かで、俺の噂を信じ込んで勝手に文句を言いに来たのだろうと思っていたが、その予想は外れた。
「アメリアがいつもお世話になっております」
受話器の向こうの人は、そう言った。
「アメリアの父です」
「あっ、えっと」
俺は思わず焦ったような声を出した。
「フロ、いやア、アメリアさんの……」
「ええ。父です。直接連絡してしまい、すみません。理事長に連絡先を教えていただきまして」
「そ、そうだったんですか……」
あくまで淡々と丁寧な言葉を使い続ける彼は、やはり貴族という言葉を体現した存在なのだろうと思う。
受話器越しに放たれるオーラに圧倒される。
「アメリアがトーマ先生とお話がしたいようでして。ただいまお時間頂いてもよろしいでしょうか?」
「は、はい。よろしいです」
まだ若干本調子に戻っていないせいか、変な言葉遣いをしてしまう。
しかしそれを咎めたることなく、彼は近くにいたらしいアメリアを呼び付けた。
「アメリア。トーマ先生と連絡がついたぞ」
「はい」
遠くの方で凛とした鈴の音のような声が発せられる。
そのまま入れ替わりに少女の声が鼓膜をくすぐった。
「トーマ先生ですか?」
「……ああ。どうした? 謹慎中の担任と連絡を取ると、優等生の箔に傷がつくぞ」
冗談のように茶化して返事をしたが、彼女は愛想笑い一つすることはない。
「単刀直入に尋ねます。……先生は誰が犯人だと?」
「犯人?」
「今回、先生とマリベルを陥れた犯人です。先生は、もう誰がやったのかご存じなのでは?」
「状況証拠が少なすぎる」
俺は答えた。
「犯人を特定することは出来ない」
「でも」
アメリアは喉から絞り出すように声を上げた。
「目星はついているのでしょう? それが誰か、教えていただけませんか?」
「お前はそれを知ってどうするんだ?」
「知ってって……。暴き出すに決まっているじゃないですか!」
先生とマリベルが付き合っているだなんて、そんな馬鹿なことあるわけないでしょうと、憤りの声を上げる。
「お前ひとりでどうするんだ?」
「出来ます。先生だって、このままクビにされたくはないでしょう?」
「そりゃそうだが、俺は教師なんだぞ」
確かにアメリアという優秀な頭脳がこっち側についている事実。
これは本当に有難いことであるし、出来るだけ手伝って欲しいというのも本音だ。しかし、
「教師として、お前に危険なことをさせるわけにはいかない」
「でも……」
アメリアは不服そうである。
受話器越しからも、彼女の苛立ちは届いていた。
「誰かが陥れたのだけは明白ですよね」
「そうだな」
否定する必要がなかったので、俺は同意した。
「じゃあ、『英雄特別クラス』の敵ってことですよね?」
「かもな」
俺は続ける。
「ただ単に俺やスチュワードのことが嫌いでこんなことをするやつはいない。と言うか、出来ない」
「どうしてですか?」
「俺やスチュワードを陥れるために、わざわざ他の優秀な人間を雇おうとするか? 学園の生徒や教師が、証拠も残さずに俺たちの写真を撮ることなんて出来ない。そんな実力を持っている奴は恐らくいない。だから、優秀な人間を雇ったっていう方が理にかなっている」
「しかし、優秀な人間を雇うほどの財力や手間を掛ける生徒や教師はいない。コストとリターンのバランスが割に合わない――と言うことですか?」
「ああ。嫌がらせをするのなら、もっと簡単に安くする方法などいくらでもある。しかし今回は多額のコストを使って確実に俺たちを仕留めに来ている。明らかにヤバい連中だろう。お前の出る幕じゃない。危なすぎる」
「……」
アメリアは何も言わない。
俺はため息をつく。
「さっきも言ったが、俺は教師だ。俺はお前たちのことを守らなくちゃいけない」
「たとえ一人の生徒と一人の教師を見殺しにして、でも?」
「そう言っているんじゃない。少なくとも今回の件でスチュワードが学園を退学になるなんていうことは起こらないだろう。最善の行動は、黙って上の指示に従い、自分たちの疑いを晴らすというのに尽きるということだ」
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