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第2章
実技
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急遽できたクラスに貸せる体育館はないと、しばらく実技をすることが叶わなかったが、何度か申請をしてようやく放課後に使用することが出来るようになった。
それは俺の熱意が伝わったというよりも、学年一位のアメリア・フローレスがクラスに編入してきたからで、悲しいかな、未だ生徒の能力や教師の力加減で、こういう権利の取り合いという複雑な話に発展するらしい。
普段まともに練習しないくせに、こうやって誰かに体育館を使う権利を横取りされるとそれはそれでむかつくのか、代表してバスケットボール部のキャプテンがむくれた顔で俺に文句を言いに来ようとしたが、すかさず俺がメイソンに、
「先生、今日は生徒の指導の手伝いに来てくださってありがとうございます」
と声を掛けると、慌てて姿を消した。
「いえいえ。先生にはお世話になっていますし。気にしなくてもいいですよぉ」
満更でもなさそうに不気味に笑うメイソンを見て、女子生徒たちは震え上がった。
あのアメリアでさえ、恐怖の念を隠しきれていない。
「じゃあ、二人はどっちかの教師について一対一で指導してもらうっていう」
同時に二人は俺の方を見た。
「……フローレスは俺で。スチュワードはメイソン先生に教わってくれ」
「なんでよ!」
マリベルが叫ぶ。
「なんでって。メイソン先生の占いは空魔法を基調としているからな。お前が得意なのは空魔法だろ」
「トーマ先生だって、得意じゃん!」
「いや、俺よりメイソン先生の方が圧倒的に得意だ」
「嬉しいですねぇ。優秀なトーマ先生に褒めていただけるなんて」
グフフとメイソンはニヤつく。
「ではマリベルさん、こっちで練習しましょう。……二人っきりでね」
「やーだー!」
駄々っ子のように叫ぶマリベルを引きずって、メイソンは俺たちと適当な距離を取った。
「ハハハ……」
苦笑いをして、俺はアメリアに向き直る。
「で、お前は確か、風魔法が苦手だったかな」
「はい、そうですね」
アメリアは頷くが、苦手と言っても彼女レベルである。ほとんどないに等しい。
「ほらほらほら、背中を曲げずに! 杖をしっかり持って!」
「持ってんじゃん!」
「持ってない! もっと腰を真っ直ぐに! あなた本当に勇者になりたいんですか!?」
「あーもう、うるさい!」
メイソンとマリベルは既に稽古に励んでいた。
噂では聞いていたが、メイソンは自分の得意分野になると興奮して手が付けられなくなるらしい。
教育の鬼と化す。
教師にピッタリの性格だ。
「あの」
アメリアが声を掛けてきた。
「あ、すまん。ぼんやりしてた。授業だったな」
「あっ、いえ、そうではなく」
アメリアはマリベルの方を見やる。
「彼女と私の授業、別々にしてくれませんか?」
「どうしてだ?」
「あの、その……。すごく言いづらいんですけど、彼女と私の進み具合がバラバラで、私、余り授業に集中出来ないときがあって」
「なるほどな」
確かに、一緒にしてお互いの能力が最大限に発揮出来なければ元も子もない。
「検討しておく」
「ありがとうございます」
アメリアはいくらかホッとしたような顔を浮かべた。
「分かんないよぉ。そんなこと言われたって」
「分からないじゃありません! いいですか。あなたはただでさえ他の人たちより魔法が使えないのですから。本気で挑みなさい!」
「うわぁん。トーマ先生、助けてよぉ」
マリベルは泣きそうな顔で俺の方を見る。
「ハハッ、頑張れよ!」
「簡単に言うな、この馬鹿!」
「誰が馬鹿だ! このクソビッチ!」
「誰がビッチよ!」
「こら! そこ、揉めない! トーマ先生も、早くフローレスさんに実技を教えてあげてください!」
長い髪を振り乱して怒鳴るメイソンの気迫に、俺はビビった。
クルリと彼らに背を向ける。
「よし、あの馬鹿は放っておいて、風魔法でも極めるか!」
「あはは……」
アメリアは苦笑して頷く。
「いやぁ、優秀な生徒が入ってくれて助かるぞ。本当に」
「ありがとうございます、トーマ先生」
褒められて気を良くしたのだろうか。アメリアは日ごろ思っていたのであろうことを呟いた。
「どうして、マリベル・スチュワードだったんでしょうか?」
「何が?」
「勇者に選ばれたのが、どうして彼女だったのでしょうか? 血筋を求めるのであれば確かにスチュワードの本家筋の一人娘ということもあるでしょうが、分家にだって、もっと才能豊かで勇者に相応しい方々がいらっしゃいます。どうして彼女が選ばれたのでしょうか?」
それは、彼女の本心だった。
いつも隠しているようで隠しきれていなかった、マリベルへの侮辱がそこにあった。
「相応しい、ねぇ」
俺はその言葉を反芻した。
さっきまで浮かべていた笑顔を消し、アメリアを見下ろす。彼女のアクアマリンの瞳が微かに揺らいだ。
「お前は確かに優秀だ。だが、聖者ではないな。お前はマリベルを評価出来るほど、人間が出来ているとでも思っているのか?」
アメリアは顔を赤くした。
それは恥ずかしさのためではなく、恐らく自分の能力を馬鹿にされたとでも思ったからなのだろう。
「おい、どうした? まだ授業中だぞ」
「結構です。私は別に風魔法で困ったことなど一度もありませんので!」
怒りに任せて重厚な扉を思いきり開け、飛び出していった。
ガシャンという金属の音が、体育館中に響き渡る。
「えっ、ちょっと、なに? 先生なんかしたの?」
マリベルに話しかけられたが、俺はそれを無視して嘆息する。
こいつとは違ったタイプの面倒臭さだなぁ。
それは俺の熱意が伝わったというよりも、学年一位のアメリア・フローレスがクラスに編入してきたからで、悲しいかな、未だ生徒の能力や教師の力加減で、こういう権利の取り合いという複雑な話に発展するらしい。
普段まともに練習しないくせに、こうやって誰かに体育館を使う権利を横取りされるとそれはそれでむかつくのか、代表してバスケットボール部のキャプテンがむくれた顔で俺に文句を言いに来ようとしたが、すかさず俺がメイソンに、
「先生、今日は生徒の指導の手伝いに来てくださってありがとうございます」
と声を掛けると、慌てて姿を消した。
「いえいえ。先生にはお世話になっていますし。気にしなくてもいいですよぉ」
満更でもなさそうに不気味に笑うメイソンを見て、女子生徒たちは震え上がった。
あのアメリアでさえ、恐怖の念を隠しきれていない。
「じゃあ、二人はどっちかの教師について一対一で指導してもらうっていう」
同時に二人は俺の方を見た。
「……フローレスは俺で。スチュワードはメイソン先生に教わってくれ」
「なんでよ!」
マリベルが叫ぶ。
「なんでって。メイソン先生の占いは空魔法を基調としているからな。お前が得意なのは空魔法だろ」
「トーマ先生だって、得意じゃん!」
「いや、俺よりメイソン先生の方が圧倒的に得意だ」
「嬉しいですねぇ。優秀なトーマ先生に褒めていただけるなんて」
グフフとメイソンはニヤつく。
「ではマリベルさん、こっちで練習しましょう。……二人っきりでね」
「やーだー!」
駄々っ子のように叫ぶマリベルを引きずって、メイソンは俺たちと適当な距離を取った。
「ハハハ……」
苦笑いをして、俺はアメリアに向き直る。
「で、お前は確か、風魔法が苦手だったかな」
「はい、そうですね」
アメリアは頷くが、苦手と言っても彼女レベルである。ほとんどないに等しい。
「ほらほらほら、背中を曲げずに! 杖をしっかり持って!」
「持ってんじゃん!」
「持ってない! もっと腰を真っ直ぐに! あなた本当に勇者になりたいんですか!?」
「あーもう、うるさい!」
メイソンとマリベルは既に稽古に励んでいた。
噂では聞いていたが、メイソンは自分の得意分野になると興奮して手が付けられなくなるらしい。
教育の鬼と化す。
教師にピッタリの性格だ。
「あの」
アメリアが声を掛けてきた。
「あ、すまん。ぼんやりしてた。授業だったな」
「あっ、いえ、そうではなく」
アメリアはマリベルの方を見やる。
「彼女と私の授業、別々にしてくれませんか?」
「どうしてだ?」
「あの、その……。すごく言いづらいんですけど、彼女と私の進み具合がバラバラで、私、余り授業に集中出来ないときがあって」
「なるほどな」
確かに、一緒にしてお互いの能力が最大限に発揮出来なければ元も子もない。
「検討しておく」
「ありがとうございます」
アメリアはいくらかホッとしたような顔を浮かべた。
「分かんないよぉ。そんなこと言われたって」
「分からないじゃありません! いいですか。あなたはただでさえ他の人たちより魔法が使えないのですから。本気で挑みなさい!」
「うわぁん。トーマ先生、助けてよぉ」
マリベルは泣きそうな顔で俺の方を見る。
「ハハッ、頑張れよ!」
「簡単に言うな、この馬鹿!」
「誰が馬鹿だ! このクソビッチ!」
「誰がビッチよ!」
「こら! そこ、揉めない! トーマ先生も、早くフローレスさんに実技を教えてあげてください!」
長い髪を振り乱して怒鳴るメイソンの気迫に、俺はビビった。
クルリと彼らに背を向ける。
「よし、あの馬鹿は放っておいて、風魔法でも極めるか!」
「あはは……」
アメリアは苦笑して頷く。
「いやぁ、優秀な生徒が入ってくれて助かるぞ。本当に」
「ありがとうございます、トーマ先生」
褒められて気を良くしたのだろうか。アメリアは日ごろ思っていたのであろうことを呟いた。
「どうして、マリベル・スチュワードだったんでしょうか?」
「何が?」
「勇者に選ばれたのが、どうして彼女だったのでしょうか? 血筋を求めるのであれば確かにスチュワードの本家筋の一人娘ということもあるでしょうが、分家にだって、もっと才能豊かで勇者に相応しい方々がいらっしゃいます。どうして彼女が選ばれたのでしょうか?」
それは、彼女の本心だった。
いつも隠しているようで隠しきれていなかった、マリベルへの侮辱がそこにあった。
「相応しい、ねぇ」
俺はその言葉を反芻した。
さっきまで浮かべていた笑顔を消し、アメリアを見下ろす。彼女のアクアマリンの瞳が微かに揺らいだ。
「お前は確かに優秀だ。だが、聖者ではないな。お前はマリベルを評価出来るほど、人間が出来ているとでも思っているのか?」
アメリアは顔を赤くした。
それは恥ずかしさのためではなく、恐らく自分の能力を馬鹿にされたとでも思ったからなのだろう。
「おい、どうした? まだ授業中だぞ」
「結構です。私は別に風魔法で困ったことなど一度もありませんので!」
怒りに任せて重厚な扉を思いきり開け、飛び出していった。
ガシャンという金属の音が、体育館中に響き渡る。
「えっ、ちょっと、なに? 先生なんかしたの?」
マリベルに話しかけられたが、俺はそれを無視して嘆息する。
こいつとは違ったタイプの面倒臭さだなぁ。
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