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プロローグ

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この世界は、平和だった。


 魔法だのなんだのという物騒なものは確かに存在するが、異世界から勇者が召喚され魔王を倒したという話は長い年月が経って伝説となり、すでにおとぎ話となっていた。


「こら、そんなことすると、魔王がお前の魂を取ってしまうよ」

「そんなわけないじゃん。何言ってんの、お母さん。魔王も勇者もおとぎ話だよ」

 と、母親の脅しを馬鹿にして笑う可愛くない子どもが多数存在し、たいそう両親を困らせている。

 魔法はみな平等に使えるが、それを使って誰かを傷つけることは法律で禁止されているし、誰も彼もそれに従っている。

 むしろ、

「俺はこの世界を救うんだ!」

 と常日頃仰っている方々は、周囲から冷たい目で見られていた。

「あんたさ、いい加減定職付きなよ。冒険者なんてのが流行ったの、一体何百年前だよ。古臭いのにもほどがあるよ」


 剣一本、杖一本で旅をする若者など、とうに存在しなくなっていた。

 代わりに若いカップルどもがイチャイチャイチャイチャと鬱陶しいくらいにくっつきあって旅行に出かけ、両親から、

「あの子、大丈夫かしら。遊んでばかりで。将来が心配だわ」

「そうだな。そろそろ就職活動してもらわないと」

 なんてため息交じりに話し合われる存在となり果てている。


 要するに、だ。


 この世界は、平和だった。

 平和だったのだ。


「先生! トーマ先生! 何ぼうっとしてるの?」

「トーマ先生! 大丈夫ですか? 何か問題でも?」

「ああ。気にすんな。何でもない」


 我に返り、目の前をじっと見上げる。

 紫色の毒々しい液体を周囲にばらまき、自分の何倍もの背の高さを誇る化け物。

 身体からはシューシューと音を立てて泡が発生している。

 ボタボタと落ちる塊は、周囲の大理石を溶かしていく。


 ああ、高級品なのに。また理事長に叱られる。

 給料減らされる。


「先生! 見ててね」

 勇者と呼ばれる少女が剣を持ち、化け物に駆け寄っていった。

 危なっかしい足取りで液体を避け、怪物に挑む。

「よくも学園に現れたな、化け物め。この私が成敗してくれるわ!」

「頑張って! 回復魔法は私にお任せください!」


 生徒たちの攻防を見守りながら、俺は思考を巡らす。


 ああ。この世界は、平和だった。

 平和だったのに。


 どうして、俺はこんな目に合うんだ?

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