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第1章

同居

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 まさかの提案に、俺は危うくお茶を吹き出しそうになった。


「えっ、えっ」

「あっ、ごめん嫌だった?」


 竹中は俺に謝った。

「ちょっと言ってみたかっただけだから、気にしないで」

「い、いや、その。嫌じゃないというか、むしろ嬉しいというか」


 これ以上言うとボロが出そうなので、慌てて咳をして誤魔化した。


「な、なんで急にそんな……」

「羽柴君、今日会社行ってないでしょ?」

「うっ」


 俺は竹中に何も話していない。

 だけど、平日の今日外出せずにのそのそとハンバーグを焼いている俺に違和感を持つのは当然のことだ。


「ああ、まあ……」

「本当のことを話してほしいの。出来ればで良いから」


 出来れば、話したくはなかった。

 竹中に、かつての調子に乗った俺を知っている女の子に、俺の現状を知ってほしくはなかった。


 だが、竹中の落ち着いた物言いを聞いて、俺は思わずポロリと話してしまう。


「会社が倒産して、家も燃えてなくなったんだよ。端的に言うと」

「えっ」

「それでどこにも行く当てがなくて、ぼろ雑巾になるまで飲んだあとに竹中に拾ってもらったっていう」

「……」


 言ってて恥ずかしくなった。


 というか俺が竹中に作ってあげたハンバーグだって、まるで俺が竹中に依存するために用意したお礼みたいな感じで。

 意図せず竹中を頼っているみたいな気持ちになって、どんどん自分自身が嫌になった。


「ごめん」

 俺は立ち上がり、皿を流しに置こうとする。

「俺、帰るわ。ありがとう」

「さっき帰る場所ないって言ってなかった?」

「まあそうだけど」


 どこかのビジホかネカフェにでも止まれば良い。

 そこを拠点として、また仕事を探せば――。


「それなら、ここで住めば良いと思うの」

 竹中は俺に向かって通せんぼする。


 可愛い。


「いや、でも竹中に悪いって言うか……。それに、俺男だし」

「大丈夫。羽柴君なら全然大丈夫だから」


 それ、どっちの意味なんだろうか。

 どっちの意味かによって、俺の今後の立場が変わってくるんだけど。


「放って置けないのよ、羽柴君。なんか捨てられた犬みたいで」

 竹中は言った。

「羽柴君、一緒に住もう。私は働くから、羽柴君は家で家事をやってほしい」

「家事……」

「もちろん、良ければだけど。私の部屋で住みながら就職活動すれば良いじゃん。ね?」


 竹中のこれ以上ないくらいの歓迎ぶりと、俺のちょっとした下心的なことが相まって、気づいたら俺は首を縦に振っていた。

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