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第1章

家②

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 風呂を借り、竹中が持ってきてくれた灰色のスウェットに着替えた。


 結構使い込まれた形跡のある、メンズサイズの上下服。

 
 それがどういう意味を示すかは当然察しがついていたが、俺は竹中に何も聞かなかった。


 彼女は俺にとって、あくまで「親切な古い友人」。

 タイミングよく絶望に打ちひしがれていた俺のところへ、タイミングよく竹中が現れた。


 それだけの関係だ。


 それに、そんなプライベートな話を気軽に振れるほど、俺たちはずっと近い距離にいたわけじゃなかった。


 俺よりも大柄な人が使っていたらしいスウェット。

 裾は伸び、ところどころ毛玉が出来ている。

 
 自分の行動が少しキモいのは重々承知しつつ、俺は服の匂いを嗅いだ。


 柔らかい花の柔軟剤の香りがする。

 その匂いの強さから、かなり最近までこの服の持ち主がいたことがわかった。


 それから、たまにツンと鼻を刺激する独特な煙草臭。


 意外だった。

 あの、真面目でいかにも学級委員長みたいなタイプの竹中に、煙草を吸うようながいたとは。


「ごめんね、それしかなくって」


 俺の振る舞いを見て何かを感じ取ったのか、竹中は申し訳なさそうに謝った。

「古着だけど、一応選択してるから」


「ああ、う……いや、大丈夫だ」


 どうやら俺は、風呂と服まで借りておいてさらに文句を言う男だと思われているらしい。

 流れで頷きかけて、慌てて首を横に振る。


「何から何まで、ありがとう。助かった」

「ううん――それより、ご飯は? 食べる?」


 竹中は、ローテーブルに置いていた充電中のスマホを触る。

「あー……」

「私、残業でお腹空いちゃってて。何か頼まない? お金はあとで貰うけど」


 一瞬遠慮しようとしたが、自分の分を払うならまあと、

「じゃあ、カレーが良いな。俺は」

 と、言った。


 思い切り吐いたせいで、せっかくの暴飲暴食も全部胃の中から完全に消え去っていた。

 食欲はないが、今食べないと後で大変なことになるのは目に見えている。
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