職も家も失った元神童は、かつてのライバルに拾われる

小倉みち

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第1章

居酒屋

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「もう本当、最悪だぁ……」


 昼から飲んでいる男。

 年若く、スーツを着て、いかにも仕事をしているな、「こっち側」だと誰もが思うような青年。


 しかし彼は今、泥酔していた。


 先ほど開いたばかりの居酒屋。

 居酒屋と言っても、ただ酒を飲むだけの場所ではない。


 料理もそれなりに美味しく、昼は定食夜は居酒屋と、2つの顔を持ち合わせている、この地域ではそれなりに人気の店だった。


 スーツ姿の男――つまり俺は、その店のカウンターで酒を飲み続けていた。


 昼のさなか。


 俺と同じくスーツやオフィスカジュアルを身に纏った成年男女は、異様な雰囲気を醸し出す男を一瞥すると、昼のみ提供される、この店1番人気のかつ丼を貪っている。


 俺はただ1人、その中で梅水晶と生牡蠣を肴に、生ビールを飲んでいた。


 目の前で、オレンジ色の光に染まるカウンターテーブル。

 すべて俺の大好物なのに、なんの味もしない。


 今。

 現実味を帯びない世界。


 今でもずっと、俺はこれが夢なんじゃないかって疑っている。


 本来なら、俺はこの瞬間、仕事をしているはずだったのに。

 早く死んでくれと切に願っていた上司の怒鳴り声でさえ、今は心の底から欲している。


「フフ……」


 乾いた笑いが漏れた。


 先ほどから、ふと口をつくのは独り言。


 その度に、怯えた目つきをする目の前の女性店員。


 俺のことを、頭のおかしい奴だと思ってるんだろう。

 ハハハハハッ。

 だろうな。

 そうだろうな。


 今の俺、自分でもどうかしてると思ってる。


 仕事を一瞬にして失った俺は、絶望を抱えながらとぼとぼと家に返った。


 クソみたいな、なんのやりがいもなかった仕事だったが。


 だけど、辞める気はなかった。

 仕事で大事なのは金で、あの企業は働いたら金をくれた。


 どうしようもない俺を拾ってくれた会社でもあるし。


 だが、俺は捨てられたのだ。

 無残にも。


 そんな俺を、待ち受けていたのはさらなる悲劇だった。


 とりあえず酒を飲もう。

 飲み明かそう。


 そう思って家路についた俺の耳に、甲高いサイレンの音。

 煙臭い世界。

 ざわつく野次馬たち。


 俺は目を見張った。

 信じられない光景が、目の前に広がっていたのだ。


 家が。

 俺の部屋が、燃えている。


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