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説得①

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 バーン男爵は、その足で馬車に乗り、我が家に向かうと言った。


「そんな急に?」

「まあ、こういうものは早い方が良いでしょう。もちろん、手土産も途中で用意しておきます」

「はあ」


 手土産とか、うちの両親はあまり気にしないと思うけど。


 男爵の用意した馬車は、なんというかその、本当に凄かった。

 さすが金持ちといった感じの乗り物で、男爵家が所持しているらしい。


 馬車の内装も、見たことがないほど高そうな布で包まれたソファや、細かな装飾の施された壁など、本当に豪奢だった。


 この天国のような馬車にいると、庶民と貴族との歴然とした差が感じられて、少しゾッとした。


「驚いているところ恐縮ですが」

 隣にいる男爵は言う。

「我が家はあくまで男爵ですから。貴族の中でも、一番低い身分ですよ」


 低い身分だろうがなんだろうが、庶民と段違いに違うのは変わりない。


「そう言えば」

 男爵は言った。

「なんですか?」

「ジュリアナさんの馬車、見たことがありませんね。これから結婚するまでの間、何度か通っていただくことになりそうですし。遠慮せず我が家の屋敷に停めてくださいね」


 言葉の意図がわからず、少し困惑する。

「ええっと……」

「お持ちの馬車で、いつもこられているのでしょう?」


 馬車?

 なんで私が馬車を持っているかだなんて話に?


「えっ」

「あの」


 向こうも話が合わないことに、不思議そうな顔をしている。


「ええっと。私、馬車持っていないので」

「えっ!? では、どうやって王都に?」

「どうやってって……。庶民用の馬車ですけど。お金を払って乗せてもらうものです」

「庶民用……ああ! そうですね。そうか」


 何やら、1人で納得する男爵。


「そうなんですね。市井の方は、そうか……」


 なんとなく、この人は貴族と同じように、庶民も自分専用の馬車を持っていると勘違いしていたのだろう。


「大変失礼いたしました。それでは、普段はお金を支払ってわざわざ王都まで来てくださっているってことなんですね」

「ええ、まあ」

「大変申し訳ありません。まったく気づきませんでした。今までの分の交通費はきちんとお支払いいたします。これからは私が直接お迎えに上がりますので」

「い、いえそんな。お気になさらず」

「いえいえ。これは私の矜持ですから。花嫁にお金を使わせるわけにはいきません」


 
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