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君の街まで編
#6 神南湖
しおりを挟むこの魔法世界において、ダンジョンと呼ばれる物が形成されるにはいくつかの条件がある。
といっても、はっきりとその原因が解明されているわけではない。
魔法が根付いて約三百年経った今でも分からないことは多いのだ。
しかし、それぞれのダンジョンの共通点から若き日の鏑木時定は説を唱えた。
一、周辺の魔力濃度が基準値の十二倍を超えている
二、魔力の籠った、ダンジョンの核となりうる"モノ"がある
三、少なくとも『災害級』の、環境に対してさえも影響を及ぼす魔法生物の存在
この説を元に専門家たちが研究を行った。
のだが、そもそも人類の脅威足り得る『災害級』の存在は調査の歩みを進ませてくれない。
ダンジョンの名の通り、大勢を送り込むことはほぼ不可能に近く、少数精鋭、もしくは単独で討伐を可能とする数少ない踏破者たちの証言を主に推論する。
核が先か、魔力が先か、そこに満ち溢れる魔力を餌に強大な魔法生物がそこに住み着く。
環境を変えてしまうほどの影響力を持つ魔法生物から滲み出る魔力は、その場の濃い魔力と混ざり、核と主を中心にした最適な形へと姿を変える。
辺り一帯を巻き込み行われる魔力変動がダンジョン形成の正体なのではないか、と言われている。
魔法生物の生命活動や、魔法の使用によって空気中には微量の魔力が含まれている。
基準値以下であればその他に何ら影響はない、漂っているだけなのだが、それが基準値を大きく上回ると、人間であれば中毒状態に陥る。
体の自由は効かなくなり、次第に意識が薄れ、死に至る。
ダンジョンの形成時には大気に大量に含まれていた魔力も、ダンジョンの一部として役割を持ち、人間も生身で活動できる程に濃度も下がる。
大気に満ち溢れる魔力が一体どこから来たのか、は現状不明である。
神南湖もかつて大地がそこに溢れる魔力に適応するように地形を変えた場所であった。
そこに魔法生物がいるのならば、ダンジョンが形成されている可能性は大いにある。
大地から何枚も突き出た大岩、もはや岩の範疇ではないのだが、その全長は地上500メートルに及ぶ。
その岩の中腹には、湖を覆うように森林があり、数多くの種類の魔法生物が生息している。
ユウキ達4人は、気休め程度に舗装された山道を登り、森の入口にて疲れ果てて一休みしていた。
カレンは息を切らし、路肩に腰掛けて水をがぶ飲みする。
他の三人はといえば、ユウキは涼しい顔をして辺りを見回していて、アンコは弁当!と言いながら重箱に詰まった大福を口いっぱいに頬張っている。
きっと喉も乾いているだろうし、そんなに口いっぱいに詰め込んだら窒息してしまうのでは、とアンコを見つめ、これまた大福の様に丸く膨らんだアンコのほっぺをつついた。
ふにゃぁ、とアンコは大福を食べる口を止める。
「ふぉっほ、ふぁへん! ふぁにふぃへんほよ!」
本当に口いっぱいに大福を含んでいたのか、言葉を発するたびに打ち粉が言霊の如く発射されている。
汗のベタつきもなく、ただただアンコの肌は大福の様に柔らかかった、というかつついた中身はほぼ大福だ。
クスクスと粉を吹き出すアンコをみてカレンが笑っていると、近くの草むらから草を掻き分けてアイリが顔を出した。
「ねぇねぇ、カレン、ここ珍しい子達がいっぱいだよ!」
普段であれば、真っ先に音を上げるのがアイリなのだが、彼女の魔法生物に対する執着が原動力となり、疲れを吹き飛ばしていた。
休憩に入った途端に、散策してくる!と湖までの道のりを垂直に曲がって森へと入っていった。
「かな~りレアなところだとねぇ、雨羽蝶でしょ、それに実りの野鳥に歩む万緑が親子でいたの!」
アイリと長く時間を共にした事で、カレンもある程度魔法生物に詳しい。
雨羽蝶は雨の中でも飛び続け、水滴によって模様が輝く蝶。
実りの野鳥は秋になると喉元から果実を実らせ、その羽が抜けると落ちた場所に実る果樹の種になる鳥。
歩む万緑は、角から体にかけて森のように植物を茂らせた鹿。
どれも人前には滅多に姿を見せない魔法生物。
魔法生物オタクとも言えるアイリにとっては聖地とも呼べる場所であった。
「もう、一人だと危ないよ?」
カレンが心配すると、アイリは大丈夫!とまた草むらに戻っていく。
「そんなに遠くにはいかないから~!」
と言いながらその声は段々と離れていく。
多少の不安を抱えてはいるものの、カレンはアイリの実力を信用している。
学生と言えど、新東京一の大学の次席。
目の前にいるような上澄みではなく、一般的な魔道士達と比べてもなんら遜色ない、ランクで言えばBランク程度の魔獣なら一人でも余裕で対応できる。
それに今、彼女は夢中だ。
カレンは休憩中の2人に向き直った。
「ありますかね、"君の街"」
目標である『君の街まで』に登場する主人公が思いこがれた街を親しみを込めて4人は"君の街"と呼んでいる。
「どうだろうね、この森も魔法省が隅々まで調査されてるし、湖も、水中調査までして底も確認してる、そもそも湖に街が沈んでしまっているのなら、"君の街"そのものがもう無事じゃないかもね」
無くなった可能性のその先に彼らはロマンを見る。
常識を非常識に、想定外すらも想定内にいれて、ロマンという小さな光を頼りに彼らは突き進んでいくのだ。
「潜る方法も考えないとね、水深はかなり深いし」
ユウキは腕を組んで、うーん、と悩み始める。
「その調査だとか、普通は潜水ってどうしてるのよ」
最後の大福を飲み込んだアンコが言う。
「魔道具の潜水服があるんだけど、大体それで潜れてもMAX60メートル、加えて【水魔法】の適性者が体の周りに水の膜を貼って水圧を中和する、多分ここだとそれだったかな、あとは潜水艦なんかもあるんだけどここじゃ搬入出来ないしね」
「私達じゃ、無理ですね……」
4人の中に【水魔法】の適性者は居ない、別の方法が必要になりそうだ。
「取り敢えず、風凪さんを呼び戻して湖に向かおうか」
ユウキの言葉に相槌を打ちながら立ち上がろうとした瞬間、先程と同じ草むらからアイリが倒れ込むように飛び出してきた。
アイリは体を仰向けに直して上体を起こす。
ハァハァと、激しく息切れしながら、不思議そうに見つめる3人に報告する。
「や、ヤバいのがいた……!」
その時、アイリが来た方向で木々が激しい音を立てながら倒れた。
どうやらそれなりに距離はあるようで、さらに木々は湖に向かうように倒れていく。
「ど、切望の蝙蝠の群れ、と、大いなる四腕、がいたの、たぶんこっちには来ないと思う……、私には目もくれてなかったから」
アイリによれば、Aランクの魔獣大いなる四腕を発見、ただその瞬間は優雅に昼寝をするだけであったという。
人里に降りれば生活を脅かす存在でしかないのため、その寝顔なんてそうそうに拝めるものではない、故にアイリは距離を保ち観察をした。
そこに現れたのが切望の蝙蝠。
彼らは人の腰ほどの大きさの蝙蝠で、単体ではBランク、その中でも下位の魔獣。
しかし、その脅威は数と性質。
群れは最大のもので40匹まで確認されている。
彼らは名の通り他生物から魔力の吸収を行うが、彼らの体にはそのための器官がない。
一定の範囲内にいる対象の魔力を接触せずに吸収する、さらにはその範囲内であれば、切望の蝙蝠同士で吸収した魔力を分け合うことができる。
そのため、切望の蝙蝠はAランクに分類され、群れの大きさによっては"緊急特別処置"が取られることもある。
そんな二種が接触し、戦闘に発展、アイリはここまで逃げてきた、というわけである。
「うーん、どっちが勝っても気が立って矛先がこっちに向きかねないな、湖の方に進んでいってるみたいだけど、どうする?」
「無論よ」
「また登るのも嫌ですし、ユウキさんが居れば大丈夫、だと思います」
アイリは? とカレンはどこか申し訳なさそうにウキウキしているアイリに尋ねる。
「そ、その、みんなが良ければ勝負を見届けたいなって」
オタクとしての本能だろうか、滅多に見れないAランク同士の戦いに興味があるようだ。
この場に置いて、それを制するものは居ない、皆が皆、自分の好奇心に従いここにいる。
じゃ決まり、と4人は急いで荷物をまとめ、湖の方へと走っていく。
森が開け、湖を一望できる場所まで来ると、まるで謀ったかのように、ほんの20メートル隣の森から、彼らが木を薙ぎ倒し、現れた。
大いなる四腕、人の3倍もあろう巨躯と鍛え上げられたボディビルダーの様な腕を4本備えたゴリラ。
その上左腕にがっしりと握られた切望の蝙蝠。
通常であれば、数に理のある切望の蝙蝠が勝るのだが、その標的は身体中に傷を負い、その一つ一つが歴戦を物語っている。
その容姿はまさに鬼神。
際立つは左目の大きな傷跡、隻眼でなお、目の前の十数匹にも及ぶ切望の蝙蝠に引くどころか圧倒していた。
「すごいですね、この森の主でしょうか」
森を征するモノとチャレンジャー、カレンの目にはそう映る。
だが、ユウキとアイリはそれを否定する。
「違うんじゃないかな」
「そうじゃないと思う」
「すっごく強いけど、何だか違和感、これまでの戦いが今みたいな感じだとするなら、大いなる四腕の傷は同じ傷ばかりじゃない? それに……」
「それに、大いなる四腕にとって切望の蝙蝠の魔力吸収はダメージになりえているけれど、彼らの攻撃じゃかすり傷にもなっていない」
人の尺度では同じランクに分類されてはいるが、この大地に生きとし生けるものとして、二種には圧倒的な差があるようだ。
「これだけの戦闘力、もし人間の生活範囲にはいったなら『災害級』になるかもね」
大いなる四腕、という生物自体脅威度はAランクではあるが、この個体においてはさらに上回る強者。
では、そんな彼に傷を負わせたのは誰なのか。
同等かそれ以上、それだけの強さを持つ真の主がいるとするならば確実にダンジョンはここに眠っている。
「この大いなる四腕ほどの生物、ここにはそうそういない、もしも彼のライバルがいるならば主はそいつだね」
こうも推論を展開している間にも、大いなる四腕は切望の蝙蝠を5匹も仕留めている。
ここまでくれば、大いなる四腕の勝利は確実だった。
消化試合の様に切望の蝙蝠を握りつぶしていく。
大いなる四腕は魔獣であるため、魔力を吸収されるのは致命的なはずであるのだが、彼の戦闘方法が、魔力に頼らない己の膂力を遺憾無く振り抜くものであるが故に、生命活動のギリギリまで全力で戦い抜ける。
切望の蝙蝠には、分が悪いとしか言葉のかけようがない。
最後の1匹を叩き潰した時、大いなる四腕は蒸気を排出するほどの雄叫びを上げた。
それでも排出しきれない彼の熱気は、捌け口を探る。
それが、ユウキ達への威嚇だったのか、それとも「奴」に呼びかけたのか、真意は不明だ。
なぜならば、下腕で胸を上腕で地面を交互に叩き、地響きの如くリズムを奏でる大いなる四腕の代名詞ドラミング、それを行った直後、湖がその大きさをそのままに渦に巻かれ、とてつもない高圧の渦潮から「奴」が顕現したからだ。
切望の蝙蝠よりも、大いなる四腕よりも、「奴」は全てを凌駕していた。
生物としての格が違う、とその場にいた全員が感じる。
「奴」の名は
『神話級』リヴァイアサン
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