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君の街まで編
#3 十勝の十に大福の大
しおりを挟む魔法が普及した現代では瞬間移動の魔法を搭載した各地を繋ぐ瞬間移動装置がある。
【空間魔法】を利用した瞬間移動。
【空間魔法】の適性者は極小数であり、魔道士に絞れば過去ただ1人しか確認されていない。
「そもそも戦闘に向かないんだよ、【空間魔法】は」
瞬間移動装置で京都に降り立ったユウキは言う。
瞬間移動の感覚は一瞬明るい光に包まれたと思えば瞬きの間に目的地へと着いている。
光に包まれる時に瞬きしないように必死に目を開け続ける、というチャレンジができた当初流行ったらしい。
「向かない、と言うと?」とカレンが問う。
「できることはすごく多いんだけど、魔力出量が尋常じゃなくて戦闘で使いずらい」
【空間魔法】の真価は魔道具にあった。
本来瞬間移動するにしても【空間魔法】によって広げられた範囲のみに限られており、またその使用難度も相当なものだった。
だが、魔道具によって特定の位置にマーキングを行うことで、人1人では到底賄うことの出来ない魔力量を消費してしまうが、転移が可能になった。
現在新東京では東都駅から6つの主要都市、北雪宮・水仙・新名古屋・京都・四国・西神楽への瞬間移動装置が通っており、そこからまた地方へと乗り継ぎができる。
ない場所へは、魔力を使って走る電車や自動車を使うのが一般的だ。
「じゃ使えたらすっごく強いって事?」とアイリが尋ねる。
「そうだね、少なくとも僕の知ってる使い手は強いね」
「知り合いにいるんですか?」
「じぃちゃん」
「"最強"じゃないですか……」
比較にならない大きすぎる対象に呆れるカレン。
「そういえば、ユウキさんって時定さんの弟子なんでしょ?」
「そうだね」
ユウキは中学卒業と同時に時定に師事していた。
並行して学業も行い、4年前時定の引退を期に業務を引き継ぎ、魔道士となった。
基礎的なトレーニングだけでなく、時定の冒険にも連れ出されており、そのスキルは叩き上げである。
「ユウキさん以外に教えてもらってた人っているの?」
鏑木時定の弟子、"最強"に教えを乞うた人達に興味を示すアイリ。
うーん、とユウキは指折り数え始めた。
「僕の幼なじみの2人が少しの間一緒に修行したかな、それと今から会うアンコでしょ、それとあと1人」
"最強"からの教えを乞う者は多い、だが時定はほとんどの弟子入りを蹴っている。
理由は趣味の時間が減るから。
時定にとっては魔導師稼業も収入源でしかなく、彼は心躍る冒険とお宝、それに付随するロマンを追い求めて奔走する日々を送っていた。
トレジャーハンターや職業とした冒険家ではないので活動と生活の為に形だけでもとる必要があった。
そのため、受ける仕事は質素なものが多かったが、その実力故に自然と功績が並び立ち、趣味でのあらゆるダンジョンの踏破が後押しして民衆は彼を"最強"と囃し立てた。
「アンコさんはよく知ってる!」
魔道士にして現役トップアイドル。
ライブを告知すれば2秒で満席になるとも噂される売れっ子、新東京で知らぬ者はおらず、デビューしてからヒットチャートには彼女の名前が無くなることはない。
私も結構好きなんだよね、とアイリが語った。
そんな彼女はアイドルになる前から魔道士を志していた。
時定にとっては彼女も他の志願者と変わりはなかったのだが、面倒を見始めた理由をユウキは会えばわかるよ、と言った。
「あと1人って言うのは?」
「元々はうちで預かってるだけの子だったんだけど自然と一緒に修行するようになっちゃって、正式な弟子って訳じゃないけどじぃちゃんに鍛えられてる」
「今は魔道士に?」
「冒険家かな、彼には彼なりの夢があるから」
もう1人の弟子、ユウキと同い年だと言う男の話をしていると、ユウキの携帯がピピッと通知を鳴らした。
ちなみに携帯電話は【電波魔法】を使用する魔道具だ。
メッセージが来ていたらしく、その送り主はアンコであった。
京都に着いた際に連絡を入れていたのをカレンは思い出した。
内容は彼女の現在地。
彼女はどうやら京都駅から少し離れた宇治という場所にいるようだ。
行こうか、と3人は歩みを進めた。
電車で30分ほど南下すれば宇治に到着する。
3人が付近をしばらく散策すると、人通りの少し掃けた道にある和菓子屋の縁台で、目立たないながらもそのセンスを光らせた服装とサングラスを付けた女性が抹茶を嗜んでいた。
それに気づいたユウキが駆け寄ろうとすると、「は~、京都と言えば宇治! 宇治と言えばお抹茶! お抹茶と言えば和菓子! 最高だわ~」と大声で言い放ち、笑みを彼女は浮かべた。
そんな彼女に3人は顔を見合せながらも声をかけた。
「お疲れ、アンコ」
ユウキが目の前に立ち声をかけると、アンコは顎を引いてサングラスの隙間からユウキを見た。
「ゆ、ユウキくん!? ちょっと、もしかして今の聞いてた!?」
「うん、ばっちり」
驚き、恥ずかしさのあまり赤らめた彼女の顔は緑色の髭を際立たせてしまう。
「お、お疲れ様でーす」とカレンとアイリがユウキの影から顔を出すと、アンコははてな? と顔に出した。
「前に言ってたインターンの子達だよ」
ユウキが言うとハッとしたように笑い、口を拭って立ち上がり、胸を張った。
「自己紹介が遅れたわ!」
盛大に声を上げ、胸に手を当てる。
「私は十大アンコ! 十勝の十に大福の大で、十大アンコよ!」
ドヤった。
あまり勢いのない日差しが彼女の曇りのない眼を露わにするようにサングラスを透かした。
決まった、と言わんばかりに口角を吊り上げるトップアイドルの姿がそこにあった。
2人が反応に困っていると、ユウキがさらっと2人を紹介し、アンコに話題を振りかける。
「ライブ、どうだった?」
昨日は彼女のライブであり、全国有数の特大ドームはもちろん満員であった。
「当然、カンペキ」
またドヤった。
「京都観光は? わざわざ昼過ぎの集合にして行ってきたんだろ?」
「もちろん、朝から八ツ橋食べて、それからみたらし、さっきは宇治金時を食べたのよ!」
またドヤった。
そして、今は抹茶と和菓子をいただき、どれも美味しかった~、と満足気に笑みを浮かべる。
するとすぐに「やば、抹茶プリン食べてない、どうしよ、時間まだある?」と落ち込んでからそわそわし始める。
「感情豊かな人ですね……」
「まだ食べるの?」
「当たり前、わざわざ忙しいスケジュールを空けてもらって京都に来てるんだから後悔して帰れないわ」
彼女は大の甘党である。
1番の好物は大福で、ロイヤルミルクティーをお供に大福を口いっぱいに頬張ることがこの世で1番の幸せだと語っている。
じぃちゃんにお土産を、とユウキが何事もなく流していることから、どうやらこれが彼女の平常運転のようだ。
「そういえばユウキ君」とアンコが切り出した。
「『君の街まで』って小説、知ってる?」
「知ってる!」と声を発したのはアイリだった。
私小説『君の街まで』
成立は西暦2000年代、作者不詳。
夢を追いかけるバンドマンとその彼女の遠距離恋愛を綴った作品であり、その儚さと秋の風のような涼し気ながらも熱さを感じる2人の恋が多くの読者に感動を与えている。
幾度となく映画化され、高校の教科書にも載っている。
「夜道をバイクで走るところなんか、名シーンだよね~」
しかしながら、結末を述べてしまうと、彼女が重い病に罹り、彼女のことを想う男は夢を諦め、最後に1曲書いて彼女の住む街へと引っ越すことを誓い、そこで物語は終わってしまう。
2人はどうなったのか、その点は一切不明であった。
「その続きがあるとしたら、どう?」
アンコは問いかけた。
「実はこの話、ノンフィクションらしいのよ」
現代では、フィクションであり、物語としてそのような結末を迎えてしまう。
だが、実話であれば、物語ではなく、2人の結末が存在すれば。
「気にならない? 2人がどんな結末を迎えたのか、男が思い焦がれた街がどんなのなのか」
行き止まりだと思っていたら、その先に霧がかった道が見えた。
先があることを知ってしまえば、その探究心が治まることは無い。
「それでね、その原本がここ京都にあるらしいの」
「原本?」
「そう、私たちが読んでるのは現代の人間が打ち直した複製本、原本をみれば何かヒントがあるかもしれない」
「で、どこにあるんだ?」
ユウキが尋ねるとアンコは少し険しい顔をして答えた。
「旧暦信仰京都支部、その資料室よ」
旧暦信仰。
魔法暦以前、言わば西暦という時代そのものを崇拝する宗教団体。
現代において神そのものを信仰する者は少ない。
それは、魔法という夢の力を手にしたことによるものだ。
それを是とせず、魔法は神から与えられた物であるとし、過去の形態を保持することを主張するもの達が旧暦信仰。
その前体は、魔法暦初期に発生した、旧暦を重んじるものと新時代を目指すものたちの戦争、『旧暦戦争』と呼ばれるものの残党であった。
現代における彼らは、時に過激であり、魔道士達にとっては火薬の詰まった樽だった。
「でもなんでそんな所に、小説の原本が?」
カレンが首を傾げるとユウキが話し出す。
「旧暦信仰は時代そのものを信仰してるんだよ、だから魔法暦以前の書物やら道具やら、色々集めて保管してるんだよ」
その中の1つに『君の街まで』がある。
「閲覧させてくれたらいいんだけどね……、図書館じゃないし、団体が団体だし、昨日空き時間に行ったら門前払いよ、敷地にすら入れてもらえなかったわ」
「早速行き詰まりだね、どうしたものか」
ユウキが腕を組んで悩んでいるとアンコがニヤリと笑って提案する。
「夜、忍び込みましょう」
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