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君の街まで編
#2 アンティーク
しおりを挟む西暦3000年を超える頃、人類は新たなエネルギー"魔力"とそれを使用したプログラム"魔法"を発見する。
その発見は世界に革命をもたらした。
魔法は科学に置き換わり、生物は魔法生物へと進化する。
そして、2度の戦争を経て、日本は新東京と名前を変え数多くの魔道士を排出している。
"最強"と名高い鏑木時定もその1人である。
彼の設立したカブラギ魔法対策所は新東京の首都、東都の外れの小さな町に事務所を構えている。
インターン中の火ノ花カレンと風凪アイリは帰ってくるやいなや、疲れた~! とソファに倒れ込んだ。
そんな2人に声をかけたのは、3年前に引退し今は事務作業を主に担当している鏑木時定その人だった。
「お疲れ様、随分おつかれのようだねぇ」
「時定さん、お疲れ様です、ホントきつかったんですよ! 私なんか魔力酔いまで起こしてしまって」
"魔力酔い"、人間は魔法生物とは違い元々魔力その物を生成する器官がなく、体力・精神力を削って魔法の素となるエネルギーを作り出す。
過度に生成し続けてしまうと体が限界を迎え、激しい頭痛と倦怠感に襲われる、これが魔力酔いと呼ばれている。
それでもなお、魔法を使用し続ければ死に至る。
「そうかそうか、魔法は精神を削る、魔力酔いには好きな物を食べてゆっくり休むことが1番だ」
何か淹れようか、と問う時定に、紅茶をお願いします、と返すカレン。
「私はオレンジジュースで!」
とアイリが顔を出す。
承った、と時定はリビングに面したキッチンに向かいアンティークのティーポットで紅茶を沸かす。
そんな時定の背中を見て、カレンはおもむろに立ち上がりキッチンへ向かった。
「何か手伝えることは?」
「休んでいればいいのに……、では冷蔵庫にオレンジジュースがあるからそれを淹れてくれるかな?」
カレンは横にあった冷蔵庫を開けてオレンジジュースを取り出す。
空のグラスに氷をいれてオレンジジュースを注いだ。
湯を沸かしながらティーポットに茶葉を入れている時定を少し眺めてカレンは「素敵なティーポットですね」と話しかける。
「昔からの夢でね、こうしてお気に入りの食器で優雅に紅茶やコーヒーを嗜む紳士になるのが」
「素敵です」
グラスについて間もない水滴がカレンの指を湿らせた。
「キュゥン」
湯を沸かしきるとコンロの火が可愛らしい鳴き声をあげながらカレンの方に飛んで来た。
「あ、フレアちゃんったら、もう」
フレアと呼ばれた小さな人型をした炎はカレンに指で撫でてもらって嬉しそうに目をつぶっている。
「フレアがこれ程懐くとは、カレンちゃんは精霊に好かれやすいのかな」
フレアはこの事務所に住まう炎の精霊である。
コンロやオープンなどは基本フレアの力で使用しており、これを俗に精霊キッチンと呼ぶ。
精霊を宿した魔道具は扱いが極めて難しく、こまめに手入れが必要となり、精霊の数も少ないことから貴重である。
カブラギ魔対のキッチンは手入れが行き届いており、新品とも遜色がないほどだ。
「私の適性には【炎魔法】もありますし、それの影響なんでしょうか」
「どうだろう、ユウキなんて未だに髪や書類を燃やされているからね」
紅茶の入ったティーカップを持ってソファへと戻る2人。
アイリは「何話してたの?」と聞くが、カレンは内緒、とほくそ笑んだ。
えー、といいながらオレンジジュースを飲むアイリ。
紅茶を1口飲めば、美味しい、と不意に言葉がこぼれ落ちる。
「そうだろうそうだろう、茶葉もとっておきだからね」
そういった時定は口角をあげて髭を撫でた。
「カップも素敵だし、時定さん趣味いいなぁ」
アイリが感心して覗き込んでくる。
「昔から夢は捨てられないたちでね、今や魔道具1つで紅茶などすぐに淹れられるが、こういった物にはロマンがある」
「ロマン?」
「私という人間の性なんだよ、何時だってロマンを追い求めてきた、まだまだ子供なんだよ私も」
ホホッと笑って時定は紅茶を啜った。
「ところで、ユウキはどうしたかな」
「魔法省の方に」
カレンがそう言うと「今日の報告だって」とアイリが付け足した。
「そうか、ならもう少しかかりそうだね」
そうだ、とカップを机に置く時定。
「ユウキが帰るまでまだ時間があるだろうから、その間私のコレクションでも見ていかないかい?」
「「ぜひ!」」
カブラギ魔対の事務所のリビング兼応接室の奥には時定が現役の時に所長室として使っていた部屋がある。
現在の所長はユウキであるが、前のデスクのままでいいとなり、所長室は時定の書斎となっている。
その書斎には1枚の扉がある。
その先には地下室への階段が続いていて、3人はその先へ進んでいく。
キュ、とフレアがカレンの耳の裏から顔を出した。
時定が地下室の照明を付けると、そこには宝石や腕時計、絵葉書など少し古めいた様々な物が展示されるように陳列されていた。
「これらは私が若い頃から冒険の末に手に入れた宝物だよ」
部屋をゆっくりと歩きながら置かれた宝物について話していく。
「これは富士山の火口で採ってきた黒曜真珠、こっちは中国の遺跡に祀られていた麒麟の角」
青色の角を持ち上げて感慨深く眺める時定。
「誰かが言ったウソかホントか分からないような噂が時を経て伝説に変わる、当時は現実的ではなかったかもしれない、だけれども私たちは魔法を得た」
「魔法は我々に手段とロマンを与えてくれたんだ」
ふとカレンの目に部屋の最奥に飾られた写真と1丁のリバルバーが目に入った。
「これは?」
カレンは時定に尋ねた。
「私の大学時代の仲間たちだよ」
写真には、肩を組み万遍の笑みで写る5人組の姿があった。
「これが時定さんですか?」
アイリが真ん中に写る青年を指刺す。
「そうさ、その右隣が現魔法大臣の大道克己」
「え!?」
予期せぬ大物の名前を聞いて驚きの声を2人はあげる。
新東京政府魔法大臣大道克己。
魔法省のトップであり、現役の魔道士としても活躍し、魔道士の中でも屈指の実力を誇る。
そんな彼と時定は盟友とも言える関係なのだ。
「このリボルバーはこのメンバーで初めて冒険した時に見つけた物でね、ちょうど5丁あって1丁ずつ持ち帰った」
「思い出のものなんですね」
「懐かしいな、今や生きているのも前の3人だけだよ、時間とは世知辛い」
そう言った時定の目は過去を眺めるように写真が瞳に写っていた。
そんな時定の青い思い出の隣に小さな箱とまたも写真が飾られている。
写真には今よりも黒い髪の多く多少の若さを感じる時定と2人の男女が時定を挟むように写っていた。
「こちらは?」
カレンがその写真について尋ねる。
「あぁ、これは私の息子夫婦、ユウキの両親だよ」
言われてみればどことなく2人にユウキの面影を感じる、優しい笑顔の2人だ。
父親は鼻の当たりが結構似ているし、母親の目なんてユウキその人を感じる。
「これはオルゴールでね、2人が作ってくれたプレゼントなんだ」
時定がオルゴールの蓋を開けると真ん中に円形の小さなステージのようなものが伸びてくる。
「これは魔道具でね、精霊がいればその子とリンクしてネジを回した人とその精霊が見てきた思い出を歌として流してくれる」
キュウン、とフレアがカレンから飛び立ちオルゴールのステージにちょこんと座った。
「時定さん」
「回してみなさい、そこからオルゴールとフレアが同期する」
カレンがネジをいくらか回すと、オルゴールは音を出さずに回転しフレアをそのまま飲み込んで蓋が閉まってしまう。
数秒もしないうちに蓋に付いたガラス玉からフレアが飛び出してきてカレンの耳に戻ってきた。
「これからはどこかに行く時はフレアを連れていくといい」
「いいんですか?」
「あぁ、素敵な歌が聴けるのを楽しみにしているよ」
「いいなぁ」とアイリが呟くと、「それならアイリちゃんにも何か見繕おう」
時定は部屋を見渡して1本の刀に目を止めるとそれをアイリに手渡した。
「現役の時に使っていた愛刀だよ、身を引いては使う機会もない、そもそも刀はそんなに得意じゃない」
受け取ったアイリは喜びのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「いいんですか、そんな大事なもの」
カレンが尋ねると、時定は笑って答えた。
「2人とも魔道士として活躍するのが約束だよ、老いぼれは若人に託して行くものさ」
ありがとうございます、とカレンは深々とお辞儀した。
「でもこんなのを作るなんて、お2人はすごい人ですね」
カレンが写真を見て言う。
「2人とも魔法の研究をしていてね、自慢の息子だよ」
「今も研究を?」
「あぁ、この写真を撮った半年後に亡くなったよ」
すみません、と咄嗟にカレンは口を抑えてしまう。
「いいんだ、10年ほど前にね、研究中の事故だった」
それからユウキは私の下で育ったんだよ、と時定は感傷に浸った。
その時、1階の玄関の開いた音がして、「ただいまー」とユウキの明るい声がした。
「お、噂をすればだね」
3人が地下室を出てリビングに戻ると、ユウキがジャケットを掛けていた。
「あっ、2人とも今日はお疲れ様」
ユウキがニコニコと労ってくる。
「そういえば、じぃちゃん、大道さんから仕事の依頼だよ」
「おや、会ったのかい?」
「いや、あの人珍しく魔道士の仕事で出てたんだけど、大道さんから直々のお願いだってさ」
ユウキはカバンから1枚の書類を取り出して時定に手渡す。
内容を一瞥した時定は3人に向けて話し出した。
「近々、大規模作戦が行われるようだね、決起集会が5日後にある」
返された書類を「まだ読んでないんだよね」と言いながら目を通すユウキ。
「……でもなんでじぃちゃんに?」
「友人としてかな、引退した私の力が必要になる、それだけ大きな作戦と言うことだ」
「んで、どうするの?」
「みんなで参加しようか、2人も経験としてついておいで」
インターンという身でありながら、そんな大きな作戦にまで参加することにカレンとアイリは驚きと不安を隠せなかった。
「私たちが行っても大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫だと思うよ?」とユウキが呑気に返す。
「我々もいるし、彼女もいれば心配することもまずない」
「彼女?」
「カブラギ魔対の唯一の社員、今は別件で京都にいる」
ユウキがカレンの質問に答えるように説明する。
「とりあえず3人でアンコ君を連れ戻してくれるかな」
留守番しておくよ、と時定はソファに座って足を組んだ。
3人は、翌日京都へと向かう。
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