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君の街まで編
#1 魔導士
しおりを挟む少女達は走る。
民衆が避難したが故に沈黙する街で、土煙と激しい音を響かせて倒壊していくビルを背にカレンとアイリは必死に走っていた。
ハァハァと息を切らしながら側道を抜けて大通りに出る。
ふと後ろを振り向けば、10秒程前に通っていた道を破壊しながらそこらのビルと変わらない大きさの大トカゲが突き進んで来ていた。
「やばいやばいやばいやばい!!」
大トカゲは「キィヤァァァ」と体格にそぐわない甲高い鳴き声を上げてこちらを睨んでくる。
「やばいってあれ、死んじゃう! 災害級なんて無理過ぎる!」
アイリがポニーテールをなびかせながら泣くように叫んだ。
大トカゲの名前は荒野の蜥蜴。
彼女達を追っているこの個体でも幼体であり、成体になれば通った道が荒地へと変わっていく様から名付けられた名前である。
『魔獣』と呼ばれる人に害を成す魔法生物、人類はその生物の脅威度をA~Cでランク付けた。
そしてAランクを超える、街や国にまで甚大な被害を及ぼすレベルの魔獣を緊急特別処置に値する『災害級』と呼称した。
「鏑木さんは? どこ行ったのあの人!」
カレンが叫んだ。
実はこの2人、新東京魔法大学に通う現役学生なのだが、本来プロの魔道士が対処する荒野の蜥蜴と接敵しているのにはワケがあり、3日程遡る。
彼女達について話せば、大学内で火ノ花カレンは首席、風凪アイリはそれに次ぐ成績の優等生の2人で、来年度から政府魔法省直属の魔道士部隊"BEEMs"への入隊が決まっていた。
そんな時、教授から舞い込んだ時期外れのインターンの知らせ。
冬も暮れに入り、学生の殆どが進路を決めた頃に提案されても誰も受ける者は居ないが、インターン先はあのカブラギ魔法対策所。
カブラギ魔法対策所は、先代所長鏑木時定が設立し、少数ながら多大な功績をあげる名のある会社である。
なぜか普段は一切社員を取らず、募集すらかけない会社であり、インターンなど設立以来実施したことの無いものであった。
そんなインターンの申し込みを教授は学内トップの2人に持ちかけた。
既に進路の決まっていた2人だが、カブラギ魔対の仕事を体験したいと、半ばバイト感覚で申し出を受けたのだ。
始まって数日、その間の仕事は魔道具の整備や低ランクの魔獣討伐、あるいは商店街の手伝いまで、肩書きの割には手応えのない仕事が続いた。
そうしている内に突然舞い込んだ荒野の蜥蜴の幼体の討伐依頼。
その裏には、というか本来こちらが裏側なのだが、『災害級』成体の荒野の蜥蜴の緊急討伐があり、大抵の名のある魔道士はそちらに招集されていた。
だが、成体とは別の未確認であった幼体を発見、討伐隊はそれを討ち漏らし、市街地への進行を許してしまう。
その幼体の討伐を請け負ったのが、今回未招集だったカブラギ魔対だった。
現所長鏑木ユウキは2人に大通りへの誘導を依頼し、現在にいたる。
そして彼女達は指定の位置まで全速力で駆けていた。
「もうちょっと、もうちょっとで街の真ん中に着く!」
必死に走る彼女達の頬には汗が伝っている。
カレンは雲もなく日差しを意気揚々と差し照らす空を恨めしく思った。
その時、荒野の蜥蜴がふと立ち止まり、大きく口を開けた。
すると、口の中に魔法陣が現れて煌々と輝き始める。
「やばい、何か来るよ!」
何かを察した2人は小脇の路地へと飛び込む。
刹那、ビルを焦がす勢いの炎が荒野の蜥蜴の口から放たれた。
一瞬ではあったものの、街路樹は跡形もなく焼かれ、周辺のビルは未だに熱を持っている。
「【炎魔法】!? 」
「やばいって、無理だよあんなの!」
「でも放っておけない、鏑木さんの言ってた場所までもう少し……!」
カレンは意を決して大通りに飛び出して行く。
道の真ん中に立った時、荒野の蜥蜴と目が合う。
荒野の蜥蜴はまた甲高い咆哮を上げた。
こんなのに怯んでられない、とカレンは真っ直ぐ駆け出していく。
後ろを向けば、荒野の蜥蜴もカレンを追ってコンクリートを踏みしめながら追いかけて来ている。
(よかった、アイリの方には見向きもしてない)
カレンは全速力で駆けていく、履いているスニーカーの底が剥がれそうになるほど必死だった。
しばらく行くと道路の真ん中にポツンと影が見えた。
「鏑木さん!」
「火ノ花さん、よく連れてきた! 後は任せて」
そんな言葉と彼の微笑んだ顔を見てカレンは安心するように速度を落とした。
ユウキは何かを溜めるように左手を空に掲げている。
その上には、快晴だというのに真っ黒な雲が稲光を纏い留まっている。
それを見て荒野の蜥蜴は何かを察したのか、大きく口を開けた。
そして、また魔法陣が現れた。
「あ、ごめん火ノ花さん、守って?」
「えぇ~!!」
驚きながらもカレンは咄嗟に前に出てしまう。
目の前では口で魔法陣を光らせた荒野の蜥蜴が今にも炎を放ちそうだ。
守ると一概に言っても高ランクの魔獣から繰り出される魔法はプロにとっても脅威になる。
それも真正面からとなれば、これは危ない橋だ。
魔法は、イメージの具現化である。
こんなようになりたい、こんなことをしたいというイメージが魔法を作り出す。
カレンは大きく手を回し、炎のサークルを描いた。
「【炎魔法】は私の適正……!」
"魔法"ないし、人間から精製される"魔力"は人体に有害であり、精神を蝕まれる。
そして人々の中には少数ではあるが、魔法に対し体が耐えられる言わば耐性を持つ人間がいる。
耐性を持ち、安全に使える魔法を『適性魔法』と呼ぶ。
火ノ花カレンは【炎魔法】に対しその適性がある。
カレンの描いた炎のサークルの中に炎が満ちる。
そして放たれた炎のブレスが、カレンの炎とぶつかる。
(イメージしろ、蜥蜴の炎を受け止める強固な炎の壁を!)
打ち消すことも、押し返すこともできないが、ただ受け止め後ろに通さない。
ブレス自体は瞬間的なものではあるが、炎で受け止めた故に消えずに勢いを保ったままになっている。
カレンの額を汗が滴る中、頭上の炎が渦巻きだす。
「打ち消せなくても、ブレスの方向を上に逸らせば……!」
カレンは腕に力をいれてブレスの勢いを抑える。
そして腕を振り上げ、自らの炎と共にブレスを上に振り払った。
炎は空中で霧散し、空気を焦がしている。
「ハァハァ……んッ」
カレンを凄まじい頭痛が襲う。
「魔力酔い……ちょっと頑張りすぎた……」
バタンッと膝をつくカレン。
「よくやった火ノ花さん!」
後ろからの叫び声に目をやると、ユウキの髪が少しだけ浮かび上がり、真上の黒雲がゴロゴロと唸っていた。
そしてユウキは掲げた左手を荒野の蜥蜴へと向けた。
「【飛雷針】」
言葉と同時に閃光が瞬いた。
黒雲から一筋の雷光が荒野の蜥蜴を貫通する。
直後、轟音と共に荒野の蜥蜴が痙攣し、白目を向いて倒れた。
ユウキはスゥーと息を吐き、髪もゆっくりと落ちていく。
「すごい、【雷魔法】」
「ありがとう、火ノ花さん、君のおかげで勝てたよ」
ユウキがカレンに手を差し伸べる。
逆光のせいか、カレンには自分と2つしか違わない目の前の青年が大きく、はるか遠くの存在に思えた。
「魔力酔いだね、少し休んでから帰ろうか、風凪さんはどこに行ったかな」
カレンが立ち上がり深呼吸すると同時に、後ろで倒れていた荒野の蜥蜴がゆっくりと起き上がった。
意識は朦朧としているのか、ふらつき体を持ち上げるのが精一杯のようだ。
だがそれでもこちらを睨み、威嚇している。
「粘るねぇ、生物の意地ってところかな」
ユウキは右手を伸ばし、左手でポケットから緑色の表示のあるカプセルを取り出した。
すると、右手の先に光が現れ、たちまち1本の剣になる。
「魔法剣……!」
現れた剣を見てカレンが呟いた。
魔道具・魔法剣。
魔法・魔力は人にとって有害である、適性を持つ人間も比率的には圧倒的に少ない。
それ故に人間は魔力を電池のようにカプセル状に開発し、適性のない人でも使えるように魔法を封じ込めた。
魔道具はその魔力カプセルを装填して使用する。
魔法剣であれば、装填した魔法を刃として発生させる。
ユウキは魔法剣にカプセルを入れる。
装填:【風魔法】
刃から風が巻き起こる。
風はユウキを吹き上げ、服と髪をなびかせている。
ギャァ、と荒野の蜥蜴が咆哮をあげようとした刹那、カレンの前で閃光が起こり、瞬く間にユウキが蜥蜴の左足を斬り離していた。
焼かれた街路樹の灰までもが反応に遅れるほど一瞬の出来事だった。
荒野の蜥蜴は斬られたことに気づく前に倒れ込んでいく。
「悪いね、トカゲくん」
落ちてくる蜥蜴の胸部目掛け、ユウキは切っ先を突く。
「【穿風】」
荒野の蜥蜴の体が少し浮び上がったかと思うと、背中から爆風が巻き上がる。
荒野の蜥蜴はそのまま地面に落下し、沈黙した。
「やっぱりアイツの技は使いやすいな、すげぇや」
ユウキが魔法剣の刃先を眺め、魔力の光が無くなったのを確認すると、魔法剣は光となってこの場から消えた。
「すごい、これが魔道士、これが鏑木ユウキ!」
魔法暦312年、魔法が確立された世界で戦う魔道士達。
これは彼らの物語である。
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