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一緒に来られてよかった ☆
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「君と一緒に来られてよかったよ」
引き寄せられるとあっという間に横抱きにされてしまった。すごく恥ずかしい。
「良かった……ですか?」
私がこの状況を意識しないために尋ねれば、ディオニージオスは頷いた。
「僕がアカデミーに行ってしまったら、案内することはなかったからね」
告げながら、生簀もとい、湯船のそばに腰を下ろした。私を抱っこしたまましゃがむのは大変だと思うのだけど、とても安定していて逃げ場がない。片腕に私の体は保持されて、彼の筋肉質な太腿を椅子にするような形で座らされている。
――この体勢について考えるのはやめよう……。
意識すればするほど不埒な感情が湧き上がる。私はそっと湯船に目を向けた。
湯船に張られた液体は横を流れる湧き水と違って濁っている。底が見えない。湯気が立っているからお湯なのだろう。湧き水の方は湯気は出ていないから不思議だ。
「他のメンバーには教えるつもりがなかったんですか?」
「うん」
彼は湯船に右手を突っ込んでかき混ぜる。とろみがあるように見えた。珍しい泉質のような気がする。
「こんなにちゃんとした露天風呂なのに?」
「彼らには魔術師の素質がないから、教えたとしても使えないんだ」
「ということは、魔術道具ではなく魔術でここを使えるようにしているってことですか?」
魔術を使っているならば彼の魔力を感じそうなところであるが、明かされたところで私には感知できなかった。
「そうだね。お湯を沸かすのに都合のいい魔術道具を作れれば話は変わるけど、自然相手に湯加減を調整するのは今の技術では難しいんじゃないかな」
彼の手が持ち上がると、お湯が丸いボールのようになって浮かび上がった。私のそばまでお湯のボールが近づくと小さく弾けて粒になった。私の体をお湯が滑る。
「すごいですね、それ」
私と会話しながらできるような芸当じゃない気がする。私がはしゃぐと、ディオニージオスは照れたように笑った。
「道具を出すのが面倒でね。やってるうちに上手くなってしまった」
「本当に器用ですよね、所長は」
「ディオでいいよ、二人きりなんだし」
「名前でお呼びしたら、そういう気分になっちゃうじゃないですか。身を清めに来たんですよ?」
私が線を引くと、ディオニージオスはおもむろに私の手を取って自身の股間に導いた。硬い熱がそこにある。
「ならないわけがないだろうに」
「えっと」
求められるのは嬉しいのだが、食事である程度体力は回復しつつあるとはいえ付き合いきれるのだろうか。私は返事に詰まらせた。
「こうして肌を触れ合わせているんだ。意識はしてしまうよ。昨夜の君はとてもよかった」
視線に色気を感じる。唇が近づいてきて――私は両手で彼の胸元を押した。
「しょ、所長は入浴時も眼鏡を外されないんですね」
話題を変えたくて必死に告げれば、ディオニージオスは頷いた。
「ああ。肉体を変化させる魔術は不得手だから。眼鏡が曇りにくくなる魔術のほうが簡単でいい。ナディア君の綺麗な部分がよく見える」
そう返されて、結局口づけから逃げられなかった。
「はっ、うっ、んん……」
舌に絡め取られると意識は蕩けてしまう。媚薬よりもずっと、彼の唾液は媚薬らしい気がした。
「……ディオ」
「名前で呼んでくれた」
「あの、私たち、恋人になったってことでよろしいんですよね?」
「うん? 恋人が嫌なら、夫婦になってしまうかい?」
「そういうことでは、なくて――」
勢いに流される前に、話をしておこうと思った。まだ夢の中のような気がする。私はゆるゆると首を横に振って言葉を選んだ。
「――ディオはアカデミーに行くんですよね? そうなったら私はベリンガー工房を継ぐわけじゃないですか」
「そうだね」
「だから、恋人になったら遠距離恋愛ですし、夫婦になったとしてもいきなり別居でしょう? それでいいんですか?」
私は聞いておきたかった。
互いの気持ちが通じたのだとしても、しばらくは離れ離れになってしまう。やっと片想いが終わるというのに、そんなのってないと思うのだ。
――遠く離れてしまうくらいなら、思いを告げて一度きりの割り切った関係をと求めてはいたけれど……。
お互いを想う仲であるなら、この関係を長くと求めたいものではないか。
私が真剣に尋ねると、ディオニージオスは困ったような顔をした。
「僕としては君にずっとそばにいてほしいよ」
「では、ベリンガー工房を畳むんですか? 私以外の職人に継がせてもいいでしょうけど」
工房を継ぐのに私が一番適しているということもなかろう。最近の売上や評判は私の作った魔術道具によるものではあるが、みんなそれぞれ特技を持って仕事をこなしている。おそらく大きな問題はない。
「そういう話じゃない。君には君の道があるだろう?」
「私は――」
私は、どうなのだろう。
口をつぐんで、思案する。
――そうだよね。ディオニージオス所長に愛されたい気持ちはあるけれど、魔術道具職人としての独り立ちが私の夢だし……。
「ついてきてほしいと僕が頼むことはできるが、強制したくない。アカデミーでは座学が中心で、その資料もたくさん揃っている。その一方で、魔術道具を作る環境としてはかなり劣悪だ。人間が多い都合上、土地の魔力が安定しないために精度がどうしても下がるからね」
そうなのだ。魔術道具職人の工房は場所を選ぶ。だから容易に転居ができない。
「よく考えてほしい。今すぐに結論は出さなくていいから」
「そうですね……わかりました」
「それで――」
顔を覗き込まれる。これはアレだ、誘われている。
「君を今すぐに抱きたいのだが、嫌かな?」
真面目に未来のことを考えないといけないと思っているのに、私は彼の求めに自分から口づけをして応えるのだった。
引き寄せられるとあっという間に横抱きにされてしまった。すごく恥ずかしい。
「良かった……ですか?」
私がこの状況を意識しないために尋ねれば、ディオニージオスは頷いた。
「僕がアカデミーに行ってしまったら、案内することはなかったからね」
告げながら、生簀もとい、湯船のそばに腰を下ろした。私を抱っこしたまましゃがむのは大変だと思うのだけど、とても安定していて逃げ場がない。片腕に私の体は保持されて、彼の筋肉質な太腿を椅子にするような形で座らされている。
――この体勢について考えるのはやめよう……。
意識すればするほど不埒な感情が湧き上がる。私はそっと湯船に目を向けた。
湯船に張られた液体は横を流れる湧き水と違って濁っている。底が見えない。湯気が立っているからお湯なのだろう。湧き水の方は湯気は出ていないから不思議だ。
「他のメンバーには教えるつもりがなかったんですか?」
「うん」
彼は湯船に右手を突っ込んでかき混ぜる。とろみがあるように見えた。珍しい泉質のような気がする。
「こんなにちゃんとした露天風呂なのに?」
「彼らには魔術師の素質がないから、教えたとしても使えないんだ」
「ということは、魔術道具ではなく魔術でここを使えるようにしているってことですか?」
魔術を使っているならば彼の魔力を感じそうなところであるが、明かされたところで私には感知できなかった。
「そうだね。お湯を沸かすのに都合のいい魔術道具を作れれば話は変わるけど、自然相手に湯加減を調整するのは今の技術では難しいんじゃないかな」
彼の手が持ち上がると、お湯が丸いボールのようになって浮かび上がった。私のそばまでお湯のボールが近づくと小さく弾けて粒になった。私の体をお湯が滑る。
「すごいですね、それ」
私と会話しながらできるような芸当じゃない気がする。私がはしゃぐと、ディオニージオスは照れたように笑った。
「道具を出すのが面倒でね。やってるうちに上手くなってしまった」
「本当に器用ですよね、所長は」
「ディオでいいよ、二人きりなんだし」
「名前でお呼びしたら、そういう気分になっちゃうじゃないですか。身を清めに来たんですよ?」
私が線を引くと、ディオニージオスはおもむろに私の手を取って自身の股間に導いた。硬い熱がそこにある。
「ならないわけがないだろうに」
「えっと」
求められるのは嬉しいのだが、食事である程度体力は回復しつつあるとはいえ付き合いきれるのだろうか。私は返事に詰まらせた。
「こうして肌を触れ合わせているんだ。意識はしてしまうよ。昨夜の君はとてもよかった」
視線に色気を感じる。唇が近づいてきて――私は両手で彼の胸元を押した。
「しょ、所長は入浴時も眼鏡を外されないんですね」
話題を変えたくて必死に告げれば、ディオニージオスは頷いた。
「ああ。肉体を変化させる魔術は不得手だから。眼鏡が曇りにくくなる魔術のほうが簡単でいい。ナディア君の綺麗な部分がよく見える」
そう返されて、結局口づけから逃げられなかった。
「はっ、うっ、んん……」
舌に絡め取られると意識は蕩けてしまう。媚薬よりもずっと、彼の唾液は媚薬らしい気がした。
「……ディオ」
「名前で呼んでくれた」
「あの、私たち、恋人になったってことでよろしいんですよね?」
「うん? 恋人が嫌なら、夫婦になってしまうかい?」
「そういうことでは、なくて――」
勢いに流される前に、話をしておこうと思った。まだ夢の中のような気がする。私はゆるゆると首を横に振って言葉を選んだ。
「――ディオはアカデミーに行くんですよね? そうなったら私はベリンガー工房を継ぐわけじゃないですか」
「そうだね」
「だから、恋人になったら遠距離恋愛ですし、夫婦になったとしてもいきなり別居でしょう? それでいいんですか?」
私は聞いておきたかった。
互いの気持ちが通じたのだとしても、しばらくは離れ離れになってしまう。やっと片想いが終わるというのに、そんなのってないと思うのだ。
――遠く離れてしまうくらいなら、思いを告げて一度きりの割り切った関係をと求めてはいたけれど……。
お互いを想う仲であるなら、この関係を長くと求めたいものではないか。
私が真剣に尋ねると、ディオニージオスは困ったような顔をした。
「僕としては君にずっとそばにいてほしいよ」
「では、ベリンガー工房を畳むんですか? 私以外の職人に継がせてもいいでしょうけど」
工房を継ぐのに私が一番適しているということもなかろう。最近の売上や評判は私の作った魔術道具によるものではあるが、みんなそれぞれ特技を持って仕事をこなしている。おそらく大きな問題はない。
「そういう話じゃない。君には君の道があるだろう?」
「私は――」
私は、どうなのだろう。
口をつぐんで、思案する。
――そうだよね。ディオニージオス所長に愛されたい気持ちはあるけれど、魔術道具職人としての独り立ちが私の夢だし……。
「ついてきてほしいと僕が頼むことはできるが、強制したくない。アカデミーでは座学が中心で、その資料もたくさん揃っている。その一方で、魔術道具を作る環境としてはかなり劣悪だ。人間が多い都合上、土地の魔力が安定しないために精度がどうしても下がるからね」
そうなのだ。魔術道具職人の工房は場所を選ぶ。だから容易に転居ができない。
「よく考えてほしい。今すぐに結論は出さなくていいから」
「そうですね……わかりました」
「それで――」
顔を覗き込まれる。これはアレだ、誘われている。
「君を今すぐに抱きたいのだが、嫌かな?」
真面目に未来のことを考えないといけないと思っているのに、私は彼の求めに自分から口づけをして応えるのだった。
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