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どうかもう一度……
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「アカデミーで学んでいた六年間、君と会う機会はなかったからね。再び僕の目の前に現れたとき、すっかり大人の女性に成長していたことに驚いたし、魔術道具職人としての知識と技能の高さに目を見張った。僕が期待していた女性に育っていたことに喜びを感じた一方で、誰にも君を渡したくないという独占欲を覚えてしまった」
語るディオニージオス所長の表情が暗くなった。軽く首を横に振って続ける。
「だが、それは君に失礼な態度だ。ナディア君にはナディア君の目指す姿があるし、人生がある。それを応援するのが、年長者のすべきことだと言い聞かせた」
――ああ、それで私の理想となるように努めてくださったのか。
ずっといつまでも憧れの存在。そんな相手に欲望をぶつけるなんて浅ましいと思いつつも、私はその衝動を抑えきれなかったのに。
その証拠に、いつだって私が自分を慰めるために呼んでいた名は彼の名だった。
「僕は君を預かっている立場でもあるからね。歳もずいぶんと離れている。君が魔術道具職人として並び立とうとしているのに、色恋沙汰で邪魔をしたくはない」
「でも、私に気持ちを明かしてくださったじゃないですか」
私が指摘すると、ディオニージオス所長は狼狽えた。頭を抱えて、言葉にならないうめき声が口から漏れる。珍しい奇妙な動きに、私はどういう反応をしたものか困った。
「それは……慣れない書類の対応に追われて疲れが……」
「その話は聞きました」
「ここを君に譲ってアカデミーに拠点を持つとなると、君と会えなくなってしまう――そう嘆いていたら、抱きたい衝動が抑えきれず……」
「それも聞きました」
「うっかり押し倒してはいけないと、ストレスを散らしたくて、な……」
「はい。そのくだりも聞いています」
私が被せるように返し続けたからだろう、いよいよディオニージオス所長は口をつぐんだ。大きく息を吐き出して、ポツリと漏らした。
「……すまない」
「謝らなくてもいいじゃないですか」
「違うんだ」
「違うって何が、です?」
訳がわからなくて尋ねれば、ディオニージオス所長はわかりやすく息を吸った。そして口を開く。
「僕は君にきちんと思いを告げてから、君を抱きたかったんだ!」
「そ、それは私だってそうですよ!」
売り言葉に買い言葉みたいな返し。互いの声が作業室に響く。
目を丸くして口をパクパクさせるディオニージオス所長を睨みながら、私は自身の胸を強く叩いた。
「ちゃんと相思相愛だとわかった状態で行為をしたかったに決まってるでしょう! 魔力供給が主目的じゃなくて、愛情表現の延長でことに及びたかった! 当然じゃないですか!」
「だが、君は、自慰のときの相手を言わなかったじゃないか」
指摘されると全身が熱を帯びる。思い出すとすごく恥ずかしい。
「い、言えるわけがないでしょう! 本人を目の前にして! こっちはさっきまで致してたところに御本人が登場しちゃってるんですよ!」
「僕は君に明かしたよ」
「それはレアケースなんです。自覚してください」
なるほど、そういうものかと納得したような顔をしないでほしい。すっかり毒気が抜けてしまった。
小さく咳払い。そして話を戻す。
「……とにかく、ですね。私は、あなたのことが好きなんですよ。全身で受け止めたいと思う相手はディオニージオス所長、あなただけなんです。――あのときあなたに告白した子どもと今の私は違うんですよね? 一人の成人した女性としてあなたの目に映っているなら光栄です」
素っ裸で告げるような言葉ではないのだけども、ありのままの私を見てもらえるならこれでいいような気がする。
私が告げれば、ディオニージオスは私の全身を足先から頭の先までじっくりと視線を這わせたあとでぎゅっと抱き締めてくれた。
「ナディア。君はとても素敵な女性だ。どうかもう一度、愛し合う許可がほしい」
「ディオ……とお呼びしてもよろしいなら、喜んで」
視線が交錯する。自然と唇が触れ合う。今度はちゃんと目を閉じられた。
語るディオニージオス所長の表情が暗くなった。軽く首を横に振って続ける。
「だが、それは君に失礼な態度だ。ナディア君にはナディア君の目指す姿があるし、人生がある。それを応援するのが、年長者のすべきことだと言い聞かせた」
――ああ、それで私の理想となるように努めてくださったのか。
ずっといつまでも憧れの存在。そんな相手に欲望をぶつけるなんて浅ましいと思いつつも、私はその衝動を抑えきれなかったのに。
その証拠に、いつだって私が自分を慰めるために呼んでいた名は彼の名だった。
「僕は君を預かっている立場でもあるからね。歳もずいぶんと離れている。君が魔術道具職人として並び立とうとしているのに、色恋沙汰で邪魔をしたくはない」
「でも、私に気持ちを明かしてくださったじゃないですか」
私が指摘すると、ディオニージオス所長は狼狽えた。頭を抱えて、言葉にならないうめき声が口から漏れる。珍しい奇妙な動きに、私はどういう反応をしたものか困った。
「それは……慣れない書類の対応に追われて疲れが……」
「その話は聞きました」
「ここを君に譲ってアカデミーに拠点を持つとなると、君と会えなくなってしまう――そう嘆いていたら、抱きたい衝動が抑えきれず……」
「それも聞きました」
「うっかり押し倒してはいけないと、ストレスを散らしたくて、な……」
「はい。そのくだりも聞いています」
私が被せるように返し続けたからだろう、いよいよディオニージオス所長は口をつぐんだ。大きく息を吐き出して、ポツリと漏らした。
「……すまない」
「謝らなくてもいいじゃないですか」
「違うんだ」
「違うって何が、です?」
訳がわからなくて尋ねれば、ディオニージオス所長はわかりやすく息を吸った。そして口を開く。
「僕は君にきちんと思いを告げてから、君を抱きたかったんだ!」
「そ、それは私だってそうですよ!」
売り言葉に買い言葉みたいな返し。互いの声が作業室に響く。
目を丸くして口をパクパクさせるディオニージオス所長を睨みながら、私は自身の胸を強く叩いた。
「ちゃんと相思相愛だとわかった状態で行為をしたかったに決まってるでしょう! 魔力供給が主目的じゃなくて、愛情表現の延長でことに及びたかった! 当然じゃないですか!」
「だが、君は、自慰のときの相手を言わなかったじゃないか」
指摘されると全身が熱を帯びる。思い出すとすごく恥ずかしい。
「い、言えるわけがないでしょう! 本人を目の前にして! こっちはさっきまで致してたところに御本人が登場しちゃってるんですよ!」
「僕は君に明かしたよ」
「それはレアケースなんです。自覚してください」
なるほど、そういうものかと納得したような顔をしないでほしい。すっかり毒気が抜けてしまった。
小さく咳払い。そして話を戻す。
「……とにかく、ですね。私は、あなたのことが好きなんですよ。全身で受け止めたいと思う相手はディオニージオス所長、あなただけなんです。――あのときあなたに告白した子どもと今の私は違うんですよね? 一人の成人した女性としてあなたの目に映っているなら光栄です」
素っ裸で告げるような言葉ではないのだけども、ありのままの私を見てもらえるならこれでいいような気がする。
私が告げれば、ディオニージオスは私の全身を足先から頭の先までじっくりと視線を這わせたあとでぎゅっと抱き締めてくれた。
「ナディア。君はとても素敵な女性だ。どうかもう一度、愛し合う許可がほしい」
「ディオ……とお呼びしてもよろしいなら、喜んで」
視線が交錯する。自然と唇が触れ合う。今度はちゃんと目を閉じられた。
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