上 下
3 / 20

所長、見なかったことにしてください!

しおりを挟む
「しょ……所長、ですか?」
「ああ、その手のものは……?」

 指摘を受けて、私は慌てて背中に玩具を隠したが、結果として前が丸見えになっていることに気づいてさっとしゃがんだ。

「はわわわ……全部見なかったことにしてください!」

 毛布を手に取って頭からすっぽりと被ると、私はディオニージオス所長に背を向けた。
 心臓が忙しい。

 ――マズいマズい! すっぽんぽんなところを見られただけでなく、玩具握り締めているところまでバッチリ見られちゃった!

 血の気が引きそうなシチュエーションだというのに、なぜか身体は興奮している。私は思わず玩具を強く握った。

 ――は、早く出て行ってくれないかな……。

 なんの用事で戻ってきたのだろう。こんな夜更けに、生命の危機があるとも言われている山を登って来るなんて。

「ナディア君」
「よ、用事があるなら、私にお構いなくっ」
「僕は君のことが心配になって様子を見に来たんだよ」

 優しい声に、私は顔だけ出してディオニージオス室長を見上げる。
 ディオニージオスは熊のような大柄な男だ。肩幅は広くてがっちりしているのは、大型の魔術道具を作るのに役立っている。魔術師でもあるが体術も得意であり、この体格が戦闘では優位に働く。自分で魔術道具の材料を採取に行くこともあるので、筋力も体力もあるのは間違いない。私より二十以上歳上だけど、その辺の若者には負けないだろう。
 ちょっと強面で、眼鏡が似合うオジサマだ。眼鏡は視力が弱いからではなく、魔力にあてられないようにするためだと昔聞いた。日常的につけている必要はないのだが、面倒なので眼鏡装着なのだそうだ。とても似合うからいいと思う。

 ――いつ見ても素敵だな……って、そうじゃない。

 抱いてくれないか、なんて不埒な欲望がよぎったので、私は小さく首を振った。

「ええっと……私の心配、ですか?」
「今夜はここで泊まるだろうから」
「ですが、所長、私を置いて先に帰られましたよね? 昨夜、帰宅していないからと」

 他の所員は帰って行ったが、所長は遅くまで付き合ってくれた。泊まりが確定したところで、所長は安全を確認して帰宅したはずなのだ。

 ――この工房を守るのに必要な魔術道具は全て起動させてくれたし、なんの問題もなかったはず。

 私が首を傾げると、ディオニージオス所長は私の近くに寄って片膝をついた。

「帰宅したところで気づいたんだ。その……枕に媚薬が付着したままであることに」
「……思いっきり嗅いでしまいました」
「だろうね……」

 気まずそうにディオニージオス所長は私が体に巻いた毛布を見やって、大きく息を吐き出した。

「なぜ、媚薬が? 片付け中に手を滑らせてしまった、とか?」

 沈黙に耐えられなくて私が興味本位で尋ねれば、ディオニージオス所長は首を横に振った。

「では、使ったんですか?」

 それはないだろうと思って質問をぶつける。
 ディオニージオスには恋人がいない。これまでも浮ついた話はなかったと聞いている。それは魔術道具の研究に勤しんでいたからであるのだろう。貴族の家柄であるため、若かりし頃に婚約者がいたそうだが、アカデミーで勉学に励んでいる間に駆け落ちしてしまったそうだ。以来、婚約者もいない。
 私が無邪気に聞けば、ディオニージオス所長は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 ――ええっと、この反応は。

「その……すまない」
「あ、いえ、別に使ってもいいと思いますよ。職場で、というのは、まあ、気にはなるところですけど、工房は所長のものですし……そういう気分になりたい時も、ありますよね。急な仕事で大変でしたし」

 この話題は変えよう。私は早口で喋って、明後日の方向を見つめた。気まずい。

「正気じゃなかったんだ」
「ですよねー。私も、慣れない仕事で頭の中めちゃくちゃで」
「そうじゃない!」

 急な大声に、私はびっくりした。体を震わせて、ディオニージオス所長を見る。
 彼は私をじっと見つめていた。彼の瞳に熱を感じてしまったのは、私が媚薬の影響を受けているからだろう。

「ナディア君」
「はい」
「君と離れたくないんだ」
「はい?」

 状況がわからない。
 きょとんとしていると、毛布ごとディオニージオス所長に抱き締められた。

「あのっ?」
「嫌なら突き飛ばして」
「嫌ではないですけど……」

 毛布の下は何も身につけていないので心許ないのだが、別にそれだけである。

「ならば、このまま聞いて欲しい」
「はい」

 何を聞かされるのだろう。私は静かに耳を傾ける。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騎士団長の幼なじみ

入海月子
恋愛
マールは伯爵令嬢。幼なじみの騎士団長のラディアンのことが好き。10歳上の彼はマールのことをかわいがってはくれるけど、異性とは考えてないようで、マールはいつまでも子ども扱い。 あれこれ誘惑してみるものの、笑ってかわされる。 ある日、マールに縁談が来て……。 歳の差、体格差、身分差を書いてみたかったのです。王道のつもりです。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

ヒョロガリ殿下を逞しく育てたのでお暇させていただきます!

冬見 六花
恋愛
突如自分がいる世界が前世で読んだ異世界恋愛小説の中だと気づいたエリシア。婚約者である王太子殿下と自分が死ぬ運命から逃れるため、ガリガリに痩せ細っている殿下に「逞しい体になるため鍛えてほしい」とお願いし、異世界から来る筋肉好きヒロインを迎える準備をして自分はお暇させてもらおうとするのだが……――――もちろん逃げられるわけがなかったお話。 【無自覚ヤンデレ煽りなヒロイン ✖️ ヒロインのためだけに体を鍛えたヒロイン絶対マンの腹黒ヒーロー】 ゆるゆるな世界設定です。

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。

図書館の秘密事〜公爵様が好きになったのは、国王陛下の側妃候補の令嬢〜

狭山雪菜
恋愛
ディーナ・グリゼルダ・アチェールは、ヴィラン公国の宰相として働くアチェール公爵の次女として生まれた。 姉は王子の婚約者候補となっていたが生まれつき身体が弱く、姉が王族へ嫁ぐのに不安となっていた公爵家は、次女であるディーナが姉の代わりが務まるように、王子の第二婚約者候補として成人を迎えた。 いつからか新たな婚約者が出ないディーナに、もしかしたら王子の側妃になるんじゃないかと噂が立った。 王妃教育の他にも家庭教師をつけられ、勉強が好きになったディーナは、毎日のように図書館へと運んでいた。その時に出会ったトロッツィ公爵当主のルキアーノと出会って、いつからか彼の事を好きとなっていた… こちらの作品は「小説家になろう」にも、掲載されています。

どうぞ、お好きに

蜜柑マル
恋愛
私は今日、この家を出る。記憶を失ったフリをして。 ※ 再掲です。ご都合主義です。許せる方だけお読みください。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...