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7:魔導師として宮廷入りしたので、あの日の話をしませんか?
この想いは
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「…………」
背後にいるメルヒオールは何も言わない。
そういうことなんだ。
これまでリシャールが言っていたことや、昨夜のメルヒオールの迷いについてもアルフォンシーヌは納得ができてしまった。
国を守るためにはどうしても敵に回したくなかったから――だからあたしの恋心を利用されたんだ。
つじつまが合うと思った。ストンと腹落ちして、それ以外の理由のあまりのなさに、胸が苦しくなった。
「……何か言ってくださいよ、師匠……あたしを弟子に選んだのも、監視のためだったってことでしょう? 全部、この国を守るためにしてきたことだったんでしょう?」
メルヒオールから離れ、彼と向き合いにらみつけた。
「そりゃあ王家の人間だし、次期王として作られた器でいらっしゃるんですものね!」
アルフォンシーヌの責める声は浴室にとてもよく響いた。
「……すまない。否定はできない」
逃げることもごまかすこともできないと悟ったのだろう。メルヒオールは視線を外し、ポツリと呟いた。
「あたしの、あなたへの想いはなんだったんですか? あたしはあなたに愛されていると……そう信じていたのに。だから、受け入れられたのに」
涙が溢れ、水面に落ちて波紋を描いた。両手で自身の顔を覆い、泣き顔を隠す。
こんなのってないよ……。リシャール殿下の言葉はまやかしだって言うから、あたしはあなたを信じていたのに。
避妊薬を勧められた理由も、今子どもができると困るからではなくて、そもそもアルフォンシーヌとの子どもができると都合が悪いからなのだろう。
浮かれていたのね、あたしは。
将来を期待される優秀な魔導師に求められたなんて勘違いも甚だしい。魔導師として宮廷入りしたのだから、尊敬し憧憬を抱く師匠の下でその技術を学び、国に尽くすことを一番に考えるべきだった。
でも、だけど、あたしは確かに、メルヒオールさまのことを愛していたの。
嗚咽を堪えながら、アルフォンシーヌは溢れる涙を何度も拭った。
「ふぅん。ここにきて、メルは自分には愛があるとは言わないんですね」
背後から伸びてきた手にアルフォンシーヌの手首は掴まれる。それからまっすぐに引き寄せられた。
ふいの動作に抵抗できず、アルフォンシーヌはリシャールの腕の中に捕えられた。
「殿下……」
誰かに慰めてもらいたい気持ちになっていた。これまではリシャールに触れられるのは嫌だと突っぱねてきたが、それはメルヒオールへの自分自身の想いと彼からの想いを信じていたからだ。
哀れみの表情がアルフォンシーヌの顔を覗く。
「お別れは済みました? これで私が正しいと信じていただけますかね」
リシャールの手で優しく涙を拭われる。以前であれば拒んだはずなのに、精霊王の気配を纏うその手につい安堵してしまう。
師匠と殿下が兄弟じゃなければよかったのに。
髪の色も瞳の色も同じ。顔立ちもよく似ている。作る表情は互いに偏りがあるけれど、心配する顔は同じだなんて卑怯だ。
「慰めましょうか? アルフォンシーヌ」
あたしはどうしたらいいんだろう。
顎をそっと持ち上げられる。顔が近づいてくる。
メルヒオールさまが邪魔してくれたらいいのに。
アルフォンシーヌは両目を閉じ――しかし再び開けた。
拳一つ分も離れていない距離に、目を瞬かせる不思議そうなリシャールの顔があった。
「……あの。リシャール殿下も同罪ですよね? あたしを手籠めにしておいた方が都合がいいだけの」
「ええ。その通りです。ですが、隠していないぶんだけ、フェアだと思いますけど」
確かに騙そうとしたわけではないが……と、アルフォンシーヌは思案する。
いや、それでも同罪じゃないかしら?
非難してやろうと口を開くと、リシャールの親指が柔らかな唇をいじり始めた。彼は意地悪そうに笑む。
「それに王という職業は子を残すことも仕事であり、そこに愛は必須ではありません。親から遠ざけて育てられるので、愛情がどんなものなのかわからない傾向にあるようですし、そんなものですよ」
愛情がわからない?
キョトンとするアルフォンシーヌに、リシャールは穏やかな甘い笑みを浮かべて言葉を続ける。
「私自身は、アルちゃんに好意があるとは思いますよ。可愛いと感じますし、そばに置いてもいいかな、と考えることもあります。魔力の相性もいいですし、ダンスの相手としても申し分ない」
リシャールはさらさらと告げて、視線を下げる。その先にあるのはアルフォンシーヌの小さな胸だ。
「強いて言うなら、もうちょっと肉づきがよくてもいいかなあと思いますけど」
唇に触れて遊んでいたリシャールの手が胸元におりてふんわりと包む。胸の大きさを確認するようにフニフニと揉まれた。
背後にいるメルヒオールは何も言わない。
そういうことなんだ。
これまでリシャールが言っていたことや、昨夜のメルヒオールの迷いについてもアルフォンシーヌは納得ができてしまった。
国を守るためにはどうしても敵に回したくなかったから――だからあたしの恋心を利用されたんだ。
つじつまが合うと思った。ストンと腹落ちして、それ以外の理由のあまりのなさに、胸が苦しくなった。
「……何か言ってくださいよ、師匠……あたしを弟子に選んだのも、監視のためだったってことでしょう? 全部、この国を守るためにしてきたことだったんでしょう?」
メルヒオールから離れ、彼と向き合いにらみつけた。
「そりゃあ王家の人間だし、次期王として作られた器でいらっしゃるんですものね!」
アルフォンシーヌの責める声は浴室にとてもよく響いた。
「……すまない。否定はできない」
逃げることもごまかすこともできないと悟ったのだろう。メルヒオールは視線を外し、ポツリと呟いた。
「あたしの、あなたへの想いはなんだったんですか? あたしはあなたに愛されていると……そう信じていたのに。だから、受け入れられたのに」
涙が溢れ、水面に落ちて波紋を描いた。両手で自身の顔を覆い、泣き顔を隠す。
こんなのってないよ……。リシャール殿下の言葉はまやかしだって言うから、あたしはあなたを信じていたのに。
避妊薬を勧められた理由も、今子どもができると困るからではなくて、そもそもアルフォンシーヌとの子どもができると都合が悪いからなのだろう。
浮かれていたのね、あたしは。
将来を期待される優秀な魔導師に求められたなんて勘違いも甚だしい。魔導師として宮廷入りしたのだから、尊敬し憧憬を抱く師匠の下でその技術を学び、国に尽くすことを一番に考えるべきだった。
でも、だけど、あたしは確かに、メルヒオールさまのことを愛していたの。
嗚咽を堪えながら、アルフォンシーヌは溢れる涙を何度も拭った。
「ふぅん。ここにきて、メルは自分には愛があるとは言わないんですね」
背後から伸びてきた手にアルフォンシーヌの手首は掴まれる。それからまっすぐに引き寄せられた。
ふいの動作に抵抗できず、アルフォンシーヌはリシャールの腕の中に捕えられた。
「殿下……」
誰かに慰めてもらいたい気持ちになっていた。これまではリシャールに触れられるのは嫌だと突っぱねてきたが、それはメルヒオールへの自分自身の想いと彼からの想いを信じていたからだ。
哀れみの表情がアルフォンシーヌの顔を覗く。
「お別れは済みました? これで私が正しいと信じていただけますかね」
リシャールの手で優しく涙を拭われる。以前であれば拒んだはずなのに、精霊王の気配を纏うその手につい安堵してしまう。
師匠と殿下が兄弟じゃなければよかったのに。
髪の色も瞳の色も同じ。顔立ちもよく似ている。作る表情は互いに偏りがあるけれど、心配する顔は同じだなんて卑怯だ。
「慰めましょうか? アルフォンシーヌ」
あたしはどうしたらいいんだろう。
顎をそっと持ち上げられる。顔が近づいてくる。
メルヒオールさまが邪魔してくれたらいいのに。
アルフォンシーヌは両目を閉じ――しかし再び開けた。
拳一つ分も離れていない距離に、目を瞬かせる不思議そうなリシャールの顔があった。
「……あの。リシャール殿下も同罪ですよね? あたしを手籠めにしておいた方が都合がいいだけの」
「ええ。その通りです。ですが、隠していないぶんだけ、フェアだと思いますけど」
確かに騙そうとしたわけではないが……と、アルフォンシーヌは思案する。
いや、それでも同罪じゃないかしら?
非難してやろうと口を開くと、リシャールの親指が柔らかな唇をいじり始めた。彼は意地悪そうに笑む。
「それに王という職業は子を残すことも仕事であり、そこに愛は必須ではありません。親から遠ざけて育てられるので、愛情がどんなものなのかわからない傾向にあるようですし、そんなものですよ」
愛情がわからない?
キョトンとするアルフォンシーヌに、リシャールは穏やかな甘い笑みを浮かべて言葉を続ける。
「私自身は、アルちゃんに好意があるとは思いますよ。可愛いと感じますし、そばに置いてもいいかな、と考えることもあります。魔力の相性もいいですし、ダンスの相手としても申し分ない」
リシャールはさらさらと告げて、視線を下げる。その先にあるのはアルフォンシーヌの小さな胸だ。
「強いて言うなら、もうちょっと肉づきがよくてもいいかなあと思いますけど」
唇に触れて遊んでいたリシャールの手が胸元におりてふんわりと包む。胸の大きさを確認するようにフニフニと揉まれた。
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