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7:魔導師として宮廷入りしたので、あの日の話をしませんか?

あのときの代償

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「で、でも、どうして無事なんです?」

 気になっていたことにやっと触れられそうだ。アルフォンシーヌはすかさず尋ねた。
 メルヒオールが不思議そうな顔をして首を傾げる。

「おや。まったく無事ではないですよ?」
「え? どこが? 五体満足ですし、魔力も変わっていないでしょう? 見た目も……まあ、眼鏡をかけるようにはなってしまったようですけど、そのくらいしか変わっているようには見えませんが」

 じっとメルヒオールを見つめる。ちょうど裸なので都合がいい。視線を顔から肩へ、胸元から水中に沈んだ腹部や四肢へと向けてみる。

 別に違和感はないんだけどなあ……。

 見える範囲には大きな傷などない。そもそも宮廷魔導師という職業は生傷が絶えないほうだと思うが、肌の状態はとても綺麗だ。それだけでなく、程よく鍛えられた筋肉が全身を覆っており、一見細身に感じられても想像以上にたくましく厚みが伴っている。どの部位を見ても芸術品のようで、どこもかしこも均整がとれていて美しい。

 となると、見た目以外でってこと?

 しげしげと見つめていたからか、メルヒオールが煩わしそうに眉を寄せた。

「そうですね。見た目は変わっていないと思いますよ。しかし、中身は違う。――俺は精霊王と一部を共有しています。国内にいる間は全ての行動を監視されている状態です」

 精霊王と共有し、監視されている――理解するためにメルヒオールの言葉を反芻したアルフォンシーヌはハッとした。

「え……待って」

 彼の言葉が意味することに気づくと、思わずキョロキョロと周囲を見渡す。

 メルヒオールさまといると精霊王の気配を強く感じるって思っていたけど、それって彼の魔力のせいじゃなくて……。

 そこまで思い至ると、アルフォンシーヌは全身を上気させた。自分の頬に手をあてて、一度水の中に沈む。なお、湯あたりを起こしたのではない。

「そ、そ、そ……それって、精霊王にあたしのあんな姿やこんな姿を見られまくったってことですよね?」
「ええ。そうなりますね」

 真顔で言わないでください。

 この状況もバッチリ見られているのだと思うと、アルフォンシーヌはさっさと風呂を終えて着替えたい気持ちになる。
 だが、残念ながらここに自分の着替えはなかった。

「なんで教えてくれなかったんですか……」

 しょんぼりとして告げる。穴があったら今すぐ入りたい。

「知っているものだと思っていたのですよ。俺から精霊王の気配を感じるって、いつのときだったか君が言っていたから」
「そういう意味で言ったわけじゃないんですが」

 似ていると感じたのを素直に告げただけだったのに、まさかそう受け止められていたとは。

 お、おのれ精霊王……。次に顔を合わせる機会があれば、文句の一つでもぶつけてやるんだからっ!

 アルフォンシーヌは小さな拳を水中で作り、密かに心に誓う。

「――ああ、もうっ……話を変えましょう、メルヒオールさま」

 気持ちを切り替えるために話題を変えることにした。あの日の記憶を取り戻したアルフォンシーヌには、彼に聞いておかねばならないことが残っている。
 メルヒオールは耳を傾けてくれる。アルフォンシーヌが話し出すのを待ってくれた。

「……あの成人の儀で、あたしは精霊王が何かをしようとしたのを止めに入ったんだと思うのですが、なんであたしは生きているんです?」

 メルヒオールが精霊王と混ざってしまうという代償によって生かされているのであれば、アルフォンシーヌ自身も何か代償を払っているはずだ。儀式の前後の記憶が飛んではいたが、それくらいで見逃してもらえるとは思えない。

 そりゃあ魔導師の素質を持った人間ではあるけど、精霊王と張り合える力なんてまったく持ってないお子さまのはずだものね。当時は五歳の幼女だったわけだし。

 訊ねれば、メルヒオールは小さくうーんと唸った。どこから話したものだろうかと思案しているように見える。

「話すと長くなりそうですが……そうですね。どうして俺たちがカスペール家を出入りしていたのかについてから説明したほうがいいでしょうか」

 リシャール殿下が一昨日の夜に話したことを思い出す。アルフォンシーヌが何かの候補者だったから、身分を隠してまで会いに――偵察に来ていたのだと告げられた。

 メルヒオールさまはちゃんと教えてくれるかしら?

 アルフォンシーヌは静かに耳を傾ける。
 形のよい薄い唇がゆっくりと動き――。

「あーよかった! 私を待ってくれているって信じていましたよ!」

 浴室に響く明るい声に、メルヒオールはあからさまに嫌な顔をした。
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