89 / 110
7:魔導師として宮廷入りしたので、あの日の話をしませんか?
あのときの代償
しおりを挟む
「で、でも、どうして無事なんです?」
気になっていたことにやっと触れられそうだ。アルフォンシーヌはすかさず尋ねた。
メルヒオールが不思議そうな顔をして首を傾げる。
「おや。まったく無事ではないですよ?」
「え? どこが? 五体満足ですし、魔力も変わっていないでしょう? 見た目も……まあ、眼鏡をかけるようにはなってしまったようですけど、そのくらいしか変わっているようには見えませんが」
じっとメルヒオールを見つめる。ちょうど裸なので都合がいい。視線を顔から肩へ、胸元から水中に沈んだ腹部や四肢へと向けてみる。
別に違和感はないんだけどなあ……。
見える範囲には大きな傷などない。そもそも宮廷魔導師という職業は生傷が絶えないほうだと思うが、肌の状態はとても綺麗だ。それだけでなく、程よく鍛えられた筋肉が全身を覆っており、一見細身に感じられても想像以上にたくましく厚みが伴っている。どの部位を見ても芸術品のようで、どこもかしこも均整がとれていて美しい。
となると、見た目以外でってこと?
しげしげと見つめていたからか、メルヒオールが煩わしそうに眉を寄せた。
「そうですね。見た目は変わっていないと思いますよ。しかし、中身は違う。――俺は精霊王と一部を共有しています。国内にいる間は全ての行動を監視されている状態です」
精霊王と共有し、監視されている――理解するためにメルヒオールの言葉を反芻したアルフォンシーヌはハッとした。
「え……待って」
彼の言葉が意味することに気づくと、思わずキョロキョロと周囲を見渡す。
メルヒオールさまといると精霊王の気配を強く感じるって思っていたけど、それって彼の魔力のせいじゃなくて……。
そこまで思い至ると、アルフォンシーヌは全身を上気させた。自分の頬に手をあてて、一度水の中に沈む。なお、湯あたりを起こしたのではない。
「そ、そ、そ……それって、精霊王にあたしのあんな姿やこんな姿を見られまくったってことですよね?」
「ええ。そうなりますね」
真顔で言わないでください。
この状況もバッチリ見られているのだと思うと、アルフォンシーヌはさっさと風呂を終えて着替えたい気持ちになる。
だが、残念ながらここに自分の着替えはなかった。
「なんで教えてくれなかったんですか……」
しょんぼりとして告げる。穴があったら今すぐ入りたい。
「知っているものだと思っていたのですよ。俺から精霊王の気配を感じるって、いつのときだったか君が言っていたから」
「そういう意味で言ったわけじゃないんですが」
似ていると感じたのを素直に告げただけだったのに、まさかそう受け止められていたとは。
お、おのれ精霊王……。次に顔を合わせる機会があれば、文句の一つでもぶつけてやるんだからっ!
アルフォンシーヌは小さな拳を水中で作り、密かに心に誓う。
「――ああ、もうっ……話を変えましょう、メルヒオールさま」
気持ちを切り替えるために話題を変えることにした。あの日の記憶を取り戻したアルフォンシーヌには、彼に聞いておかねばならないことが残っている。
メルヒオールは耳を傾けてくれる。アルフォンシーヌが話し出すのを待ってくれた。
「……あの成人の儀で、あたしは精霊王が何かをしようとしたのを止めに入ったんだと思うのですが、なんであたしは生きているんです?」
メルヒオールが精霊王と混ざってしまうという代償によって生かされているのであれば、アルフォンシーヌ自身も何か代償を払っているはずだ。儀式の前後の記憶が飛んではいたが、それくらいで見逃してもらえるとは思えない。
そりゃあ魔導師の素質を持った人間ではあるけど、精霊王と張り合える力なんてまったく持ってないお子さまのはずだものね。当時は五歳の幼女だったわけだし。
訊ねれば、メルヒオールは小さくうーんと唸った。どこから話したものだろうかと思案しているように見える。
「話すと長くなりそうですが……そうですね。どうして俺たちがカスペール家を出入りしていたのかについてから説明したほうがいいでしょうか」
リシャール殿下が一昨日の夜に話したことを思い出す。アルフォンシーヌが何かの候補者だったから、身分を隠してまで会いに――偵察に来ていたのだと告げられた。
メルヒオールさまはちゃんと教えてくれるかしら?
アルフォンシーヌは静かに耳を傾ける。
形のよい薄い唇がゆっくりと動き――。
「あーよかった! 私を待ってくれているって信じていましたよ!」
浴室に響く明るい声に、メルヒオールはあからさまに嫌な顔をした。
気になっていたことにやっと触れられそうだ。アルフォンシーヌはすかさず尋ねた。
メルヒオールが不思議そうな顔をして首を傾げる。
「おや。まったく無事ではないですよ?」
「え? どこが? 五体満足ですし、魔力も変わっていないでしょう? 見た目も……まあ、眼鏡をかけるようにはなってしまったようですけど、そのくらいしか変わっているようには見えませんが」
じっとメルヒオールを見つめる。ちょうど裸なので都合がいい。視線を顔から肩へ、胸元から水中に沈んだ腹部や四肢へと向けてみる。
別に違和感はないんだけどなあ……。
見える範囲には大きな傷などない。そもそも宮廷魔導師という職業は生傷が絶えないほうだと思うが、肌の状態はとても綺麗だ。それだけでなく、程よく鍛えられた筋肉が全身を覆っており、一見細身に感じられても想像以上にたくましく厚みが伴っている。どの部位を見ても芸術品のようで、どこもかしこも均整がとれていて美しい。
となると、見た目以外でってこと?
しげしげと見つめていたからか、メルヒオールが煩わしそうに眉を寄せた。
「そうですね。見た目は変わっていないと思いますよ。しかし、中身は違う。――俺は精霊王と一部を共有しています。国内にいる間は全ての行動を監視されている状態です」
精霊王と共有し、監視されている――理解するためにメルヒオールの言葉を反芻したアルフォンシーヌはハッとした。
「え……待って」
彼の言葉が意味することに気づくと、思わずキョロキョロと周囲を見渡す。
メルヒオールさまといると精霊王の気配を強く感じるって思っていたけど、それって彼の魔力のせいじゃなくて……。
そこまで思い至ると、アルフォンシーヌは全身を上気させた。自分の頬に手をあてて、一度水の中に沈む。なお、湯あたりを起こしたのではない。
「そ、そ、そ……それって、精霊王にあたしのあんな姿やこんな姿を見られまくったってことですよね?」
「ええ。そうなりますね」
真顔で言わないでください。
この状況もバッチリ見られているのだと思うと、アルフォンシーヌはさっさと風呂を終えて着替えたい気持ちになる。
だが、残念ながらここに自分の着替えはなかった。
「なんで教えてくれなかったんですか……」
しょんぼりとして告げる。穴があったら今すぐ入りたい。
「知っているものだと思っていたのですよ。俺から精霊王の気配を感じるって、いつのときだったか君が言っていたから」
「そういう意味で言ったわけじゃないんですが」
似ていると感じたのを素直に告げただけだったのに、まさかそう受け止められていたとは。
お、おのれ精霊王……。次に顔を合わせる機会があれば、文句の一つでもぶつけてやるんだからっ!
アルフォンシーヌは小さな拳を水中で作り、密かに心に誓う。
「――ああ、もうっ……話を変えましょう、メルヒオールさま」
気持ちを切り替えるために話題を変えることにした。あの日の記憶を取り戻したアルフォンシーヌには、彼に聞いておかねばならないことが残っている。
メルヒオールは耳を傾けてくれる。アルフォンシーヌが話し出すのを待ってくれた。
「……あの成人の儀で、あたしは精霊王が何かをしようとしたのを止めに入ったんだと思うのですが、なんであたしは生きているんです?」
メルヒオールが精霊王と混ざってしまうという代償によって生かされているのであれば、アルフォンシーヌ自身も何か代償を払っているはずだ。儀式の前後の記憶が飛んではいたが、それくらいで見逃してもらえるとは思えない。
そりゃあ魔導師の素質を持った人間ではあるけど、精霊王と張り合える力なんてまったく持ってないお子さまのはずだものね。当時は五歳の幼女だったわけだし。
訊ねれば、メルヒオールは小さくうーんと唸った。どこから話したものだろうかと思案しているように見える。
「話すと長くなりそうですが……そうですね。どうして俺たちがカスペール家を出入りしていたのかについてから説明したほうがいいでしょうか」
リシャール殿下が一昨日の夜に話したことを思い出す。アルフォンシーヌが何かの候補者だったから、身分を隠してまで会いに――偵察に来ていたのだと告げられた。
メルヒオールさまはちゃんと教えてくれるかしら?
アルフォンシーヌは静かに耳を傾ける。
形のよい薄い唇がゆっくりと動き――。
「あーよかった! 私を待ってくれているって信じていましたよ!」
浴室に響く明るい声に、メルヒオールはあからさまに嫌な顔をした。
0
お気に入りに追加
1,185
あなたにおすすめの小説
【R18】偽りの夜 聖女は最愛の人の目の前で、同じ顔をした別の男に抱かれる
夕月
恋愛
今夜、聖女ブランシュは、神の子ジスランに抱かれる。
聖なる交わりには立会人が必要とされ、二人の行為を見守るのはジスランの双子の兄、アルマン。この国の第一王子でもある彼は、ブランシュの婚約者だった人だ。
かつて将来を誓い合った最愛の人の目の前で、ブランシュは同じ顔をした別の男に抱かれる――。
ムーンライトノベルズで開催されていた個人企画、NTR企画への参加作品です。
寝取り、寝取られ要素を含みますので、ご注意ください。
中でトントンってして、ビューってしても、赤ちゃんはできません!
いちのにか
恋愛
はいもちろん嘘です。「ってことは、チューしちゃったら赤ちゃんできちゃうよねっ?」っていう、……つまりとても頭悪いお話です。
含み有りの嘘つき従者に溺愛される、騙され貴族令嬢モノになります。
♡多用、言葉責め有り、効果音付きの濃いめです。従者君、軽薄です。
★ハッピーエイプリルフール★
他サイトのエイプリルフール企画に投稿した作品です。期間終了したため、こちらに掲載します。
以下のキーワードをご確認の上、ご自愛ください。
◆近況ボードの同作品の投稿報告記事に蛇補足を追加しました。作品設定の記載(短め)のみですが、もしよろしければ٩( ᐛ )و
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?
季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
同僚がヴァンパイア体質だった件について
真衣 優夢
BL
ヴァンパイア体質とは、人間から生まれる突然変異。そっと隠れ住む存在。
「人を襲うなんて、人聞きの悪いこと言わないでよ!?
そんなことしたら犯罪だよ!!」
この世には、科学でも医療でも解明されていない不思議な体質がある。
差別や偏見にさらされるのを怖れて自らの存在を隠し、ひっそりと生きる、伝承の『ヴァンパイア』そっくりの体質を持った人間。
人間から生まれ、人間として育つ彼らは、価値観は人間であって。
人間同様に老いて、寿命で死ぬ。
十字架やニンニクは平気。
鏡にうつるし、太陽を浴びても灰にならない。
夜にちょっと強くて、少し身体能力が強い程度。
月に一回、どうしようもない吸血衝動が来るという苦しみにどうにか対処しないといけない。
放置すれば、見た目のある一部が変化してしまう。
それに、激しい飢餓に似た症状は、うっかり理性が揺らぎかねない。
人を傷つけたくはない。だから自分なりの対処法を探す。
現代に生きるヴァンパイアは、優しくて、お人好しで、ちょっとへっぽこで、少しだけ臆病で。
強く美しい存在だった。
ヴァンパイアという言葉にこめられた残虐性はどこへやら。
少なくとも、この青年は人間を一度も襲うことなく大人になった。
『人間』の朝霧令一は、私立アヤザワ高校の生物教師。
人付き合い朝霧が少し気を許すのは、同い年の国語教師、小宮山桐生だった。
桐生が朝霧にカミングアウトしたのは、自分がヴァンパイア体質であるということ。
穏やかで誰にでも優しく、教師の鑑のような桐生にコンプレックスを抱きながらも、数少ない友人として接していたある日。
宿直の夜、朝霧は、桐生の秘密を目撃してしまった。
桐生(ヴァンパイア体質)×朝霧(人間)です。
ヘタレ攻に見せかけて、ここぞという時や怒りで(受ではなく怒った相手に)豹変する獣攻。
無愛想の俺様受に見せかけて、恋愛経験ゼロで初心で必死の努力家で、勢い任せの猪突猛進受です。
攻の身長189cm、受の身長171cmです。
穏やか笑顔攻×無愛想受です。
リアル教師っぽい年齢設定にしたので、年齢高すぎ!と思った方は、脳内で25歳くらいに修正お願いいたします。
できるだけ男同士の恋愛は双方とも男っぽく書きたい、と思っています。
頑張ります!
性的表現が苦手な方は、●印のあるタイトルを読み飛ばしてください。
割と問題なく話が繋がると思います。
時にコミカルに、時に切なく、時にシリアスな二人の物語を、あなたへ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる