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7:魔導師として宮廷入りしたので、あの日の話をしませんか?
歴史の話でもしましょうか?
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「え、あのっ!」
成長途中の裸身がメルヒオールの目の前に晒される。裸なんて彼には何度も見られているし、肌を重ねてもいるわけだが、明るい場所でこうして見られることにはどうしても慣れない。アルフォンシーヌは反射的に小さな胸と股間に手を当てた。
「聖水の作用を無効化しましたので、身体を清めてください」
「そうじゃなくて」
「心配せずとも、話は続けますよ」
なかなか動こうとしない素っ裸のアルフォンシーヌをメルヒオールは軽々と抱き上げ、バスタブに沈める。波が立って、バスタブの外に水がこぼれた。アルフォンシーヌの赤い髪が水面にふわりと浮かぶ。
熱すぎず冷たすぎず、気持ちいい……。
心地よい湯加減でアルフォンシーヌは本題を一瞬忘れ、慌ててメルヒオールを見た。
まずいまずい。メルヒオールさまの策略にハマるところだった……。
「話の続きは?」
促すと、メルヒオールはクスッと小さく笑い、そして遠い目をした。
「どこから話せばいいのかわかりませんが……そうですね。この国の歴史の話でもしましょうか」
「歴史?」
建国史についてならば、宮廷魔導師採用試験で出てくるのでひと通り学んでいる。どうして今さらそんな話をするのだろうかと思いながら、アルフォンシーヌはバスタブの縁に顎を乗せた。
「歴史書をひもとけば、兄弟で後継者争いが起こって王位継承権第一位の人間が死に、彼以外の王家の人間が次期王となったと表現される事象が出てきます」
「頻繁ではないにしろ、見かけはしますよね。ちゃんと覚えていますよ」
長い歴史の中で、後継者争いはこの国の大きな転換点となる事件として記録されている。その前後では国の方針や体制が大きく変わるので、試験問題によく使われるのだ。
アルフォンシーヌは思い出しながら指を折り、いくつあるのかを数えた。
「――しかし、実際のところは後継者争いなど起こっておりません」
「え?」
思わず指折り数えるのをやめ、メルヒオールを見て目を瞬かせる。
後継者争いとされる事象には血なまぐさいエピソードが添えられていたように記憶しているが、それらがすべて創作だったというのだろうか。
メルヒオールは制服を雑に脱ぎながら、話を続けた。
「大きな括りでは後継者争いと言えなくはないですが、誰が王座につくのかは生まれたときから決まっているのですよ」
そう告げ、全てを脱ぎ終えたメルヒオールがバスタブに入ってきた。眼鏡をしていないのは貴重だ。
綺麗な顔だなあ……って、そうじゃなくて。
アルフォンシーヌは気が逸れそうになったのを意識して、頭を切り替える。そそくさと移動して、彼と向き合う位置に座り直した。
「そ、それって、王位継承権で示されていても、意味をなさないってことでしょうか?」
視界にメルヒオールの裸体が入ると緊張する。アルフォンシーヌはわずかに彼から視線を外した。
「そういう見方もできますけれど、一応のところは無意味ではないですよ」
「では、王座につく人間が決まっているというのは?」
一緒に入浴している事実から意識をそらすために、真面目な生徒を演じることにする。話をきちんと聞かねば。
メルヒオールはアルフォンシーヌの問いに答えた。
「――精霊王の子孫は、呪いとも言えるシステムに組み込まれています。その一つが、贄の子。来たる戦争に備え、王位継承権第一位として生まれてくる子には魔力が与えられず、それ以降に産まれる、王に相応しい器を持つ子に、本来与えられるはずだった魔力の全てを託される……そういうシステムが存在します」
説明されて、アルフォンシーヌはハッとする。
「じゃあ、殿下が魔力をあまり持たないのって……」
リシャールは魔力をほとんど持たない。それは周知されていることであるし、実際に触れてみても彼からは固有の魔力をほぼ感じられない。ほぼ感じられないだけで、魔力をまとっていることは魔導師ならおそらく誰でもわかる。
その一方で、メルヒオールは歴代最高の魔力とセンスを持ち合わせる稀有な宮廷魔導師と噂されている。持ち合わせている魔力の総量も他の魔導師よりずば抜けているのは、高位の魔導師でなくても察することくらいはできた。普段は隠しているが、『隠しているという事実』は魔導師からは察せるものであり、そういうことができる時点で、かなり優秀な魔導師であることが伝わるものなのだ。
つまりはそういうことではないのか。
成長途中の裸身がメルヒオールの目の前に晒される。裸なんて彼には何度も見られているし、肌を重ねてもいるわけだが、明るい場所でこうして見られることにはどうしても慣れない。アルフォンシーヌは反射的に小さな胸と股間に手を当てた。
「聖水の作用を無効化しましたので、身体を清めてください」
「そうじゃなくて」
「心配せずとも、話は続けますよ」
なかなか動こうとしない素っ裸のアルフォンシーヌをメルヒオールは軽々と抱き上げ、バスタブに沈める。波が立って、バスタブの外に水がこぼれた。アルフォンシーヌの赤い髪が水面にふわりと浮かぶ。
熱すぎず冷たすぎず、気持ちいい……。
心地よい湯加減でアルフォンシーヌは本題を一瞬忘れ、慌ててメルヒオールを見た。
まずいまずい。メルヒオールさまの策略にハマるところだった……。
「話の続きは?」
促すと、メルヒオールはクスッと小さく笑い、そして遠い目をした。
「どこから話せばいいのかわかりませんが……そうですね。この国の歴史の話でもしましょうか」
「歴史?」
建国史についてならば、宮廷魔導師採用試験で出てくるのでひと通り学んでいる。どうして今さらそんな話をするのだろうかと思いながら、アルフォンシーヌはバスタブの縁に顎を乗せた。
「歴史書をひもとけば、兄弟で後継者争いが起こって王位継承権第一位の人間が死に、彼以外の王家の人間が次期王となったと表現される事象が出てきます」
「頻繁ではないにしろ、見かけはしますよね。ちゃんと覚えていますよ」
長い歴史の中で、後継者争いはこの国の大きな転換点となる事件として記録されている。その前後では国の方針や体制が大きく変わるので、試験問題によく使われるのだ。
アルフォンシーヌは思い出しながら指を折り、いくつあるのかを数えた。
「――しかし、実際のところは後継者争いなど起こっておりません」
「え?」
思わず指折り数えるのをやめ、メルヒオールを見て目を瞬かせる。
後継者争いとされる事象には血なまぐさいエピソードが添えられていたように記憶しているが、それらがすべて創作だったというのだろうか。
メルヒオールは制服を雑に脱ぎながら、話を続けた。
「大きな括りでは後継者争いと言えなくはないですが、誰が王座につくのかは生まれたときから決まっているのですよ」
そう告げ、全てを脱ぎ終えたメルヒオールがバスタブに入ってきた。眼鏡をしていないのは貴重だ。
綺麗な顔だなあ……って、そうじゃなくて。
アルフォンシーヌは気が逸れそうになったのを意識して、頭を切り替える。そそくさと移動して、彼と向き合う位置に座り直した。
「そ、それって、王位継承権で示されていても、意味をなさないってことでしょうか?」
視界にメルヒオールの裸体が入ると緊張する。アルフォンシーヌはわずかに彼から視線を外した。
「そういう見方もできますけれど、一応のところは無意味ではないですよ」
「では、王座につく人間が決まっているというのは?」
一緒に入浴している事実から意識をそらすために、真面目な生徒を演じることにする。話をきちんと聞かねば。
メルヒオールはアルフォンシーヌの問いに答えた。
「――精霊王の子孫は、呪いとも言えるシステムに組み込まれています。その一つが、贄の子。来たる戦争に備え、王位継承権第一位として生まれてくる子には魔力が与えられず、それ以降に産まれる、王に相応しい器を持つ子に、本来与えられるはずだった魔力の全てを託される……そういうシステムが存在します」
説明されて、アルフォンシーヌはハッとする。
「じゃあ、殿下が魔力をあまり持たないのって……」
リシャールは魔力をほとんど持たない。それは周知されていることであるし、実際に触れてみても彼からは固有の魔力をほぼ感じられない。ほぼ感じられないだけで、魔力をまとっていることは魔導師ならおそらく誰でもわかる。
その一方で、メルヒオールは歴代最高の魔力とセンスを持ち合わせる稀有な宮廷魔導師と噂されている。持ち合わせている魔力の総量も他の魔導師よりずば抜けているのは、高位の魔導師でなくても察することくらいはできた。普段は隠しているが、『隠しているという事実』は魔導師からは察せるものであり、そういうことができる時点で、かなり優秀な魔導師であることが伝わるものなのだ。
つまりはそういうことではないのか。
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