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綺麗な花には 1
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初めて見掛けたとき、とても綺麗なコだと思った。
烏の濡れ羽色というのはこういうのを言うんだろうと感じられる艶やかで真っ直ぐな黒髪。束ねられた黒い長髪に映える滑らかな白い肌。長い睫毛で大きく見える目元は印象的。小さな口唇はほんのりと赤く、小ぢんまりとした鼻とちょうど釣り合う。日本人形のようだと形容したら、そのコは嫌な顔をするかもしれない。でも、今どき珍しい純和風の乙女に見えたのは事実だ。
「――おっ! あのコ、聖カサブランカ女学院だったのかっ!」
前に数回、俺の働くコンビニに現れたときはロングコートを着ていたり私服だったりしたからわからなかったが、今日は制服姿だった。
夕勤だけになる時間帯。店内の雑誌コーナーに向かう彼女を熱い視線で追いかける宮下先輩に、俺は首をかしげた。
「聖カサブランカ女学院?」
俺が繰り返して問うと、宮下先輩は目をまるくしてじっとこちらを見た。
「はぁっ? お前、それが目的だったんじゃないのか?」
「目的?」
何のことだかさっぱりわからない。きょとんとしていると、宮下先輩は怪訝な顔をして続ける。
「なんだよ、わざわざ家からチャリで三十分も掛かるここのコンビニをバイト先に選んだのって、そういうことじゃなかったのか?」
「何言っているんですか、違いますよ。高校の連中にバイトしてるのを見られたくなくてここにしたんです」
「んじゃ、今からでも知っておけ。――あれはここらじゃ有名な女子高だ。有名企業のご令嬢や大物政治家の娘なんかが通ってる。その上美人揃いらしいんだが、あいにく全寮制でなかなかお目にかかれないんだな、これが。別名、ヴィーナスたちの花園。男にとっての理想郷さ。一度中に入ってみたいもんだがなぁ。文化祭でさえ招待制だから滅多なことじゃ入れんし。あとそれから――」
「へぇ……」
説明は延々と続いていたが、俺は適当に相槌を打って聞き流す。そして常連になりつつあるそのコに目を向けた。
茶色のブレザー、真っ白なブラウスに赤いリボン。モスグリーンを基調としたチェックのスカートは膝丈で、黒いタイツをはいている。清潔感があって、着崩したようなところはない。学校が指定した通りに着ているのだろう。そしてそれがまたよく似合った。
(私服のロングスカートも清楚な感じで良かったけど、制服もアリだな)
高校生ということだろう。来月になれば高校二年生に進級する俺とは歳が近い。
つんつんと肘でつつかれて視線を慌てて戻すと、がしっと宮下先輩に肩を抱かれて耳打ちされた。
「なぁ、東雲(しののめ)? お前、彼女の連絡先、聞いてこいよ」
「はぁ……えっ?!」
思わず大声を出してしまい、宮下先輩はすかさず俺の口元を手で押さえた。
「しーっ! 声デカイッ!」
焦りが潜めた声からも伝わってくる。俺は首をコクコクと縦に振った。
「とにかく、それとなく彼女に近付いて、名前くらい押さえてこいっ! 仲良くなれれば、文化祭のチケットをもらえるかも知れないだろ?」
そう命令して、先輩は口元から手をどけてくれた。俺はため息をつく。
「気になるなら、自分で聞いてきてくださいよ」
「何だよ。あの事、店長にバラしてもいいのか?」
「あ、あの事?」
「そうだ、あのことだ」
言ってにやつく宮下先輩に、俺はため息と呆れた目で返す。
「残念ですが、俺、やましいことは何もないんで、その脅しには屈しませんよ? ――あ、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー」
店に別のお客が入ってきた。面白く無さげな顔をしながらも、宮下先輩も接客に戻る。
これからは客で溢れる時間だ。朝の八時台の行列よりは空いているかも知れないが、レジに人の途絶えることのない忙しさになる。駅と学校に挟まれた住宅街にあるコンビニのこの時間は、学校帰りの高校生や塾に向かう小中学生で賑わうのだ。
(だけど……)
制服姿でうろうろする少年少女に紛れても、そのコは馴染むことなく際立って見えた。荒野に咲く一輪の薔薇、というか。
(空気が違うんだよな……)
確実に俺は惹き付けられていた。
烏の濡れ羽色というのはこういうのを言うんだろうと感じられる艶やかで真っ直ぐな黒髪。束ねられた黒い長髪に映える滑らかな白い肌。長い睫毛で大きく見える目元は印象的。小さな口唇はほんのりと赤く、小ぢんまりとした鼻とちょうど釣り合う。日本人形のようだと形容したら、そのコは嫌な顔をするかもしれない。でも、今どき珍しい純和風の乙女に見えたのは事実だ。
「――おっ! あのコ、聖カサブランカ女学院だったのかっ!」
前に数回、俺の働くコンビニに現れたときはロングコートを着ていたり私服だったりしたからわからなかったが、今日は制服姿だった。
夕勤だけになる時間帯。店内の雑誌コーナーに向かう彼女を熱い視線で追いかける宮下先輩に、俺は首をかしげた。
「聖カサブランカ女学院?」
俺が繰り返して問うと、宮下先輩は目をまるくしてじっとこちらを見た。
「はぁっ? お前、それが目的だったんじゃないのか?」
「目的?」
何のことだかさっぱりわからない。きょとんとしていると、宮下先輩は怪訝な顔をして続ける。
「なんだよ、わざわざ家からチャリで三十分も掛かるここのコンビニをバイト先に選んだのって、そういうことじゃなかったのか?」
「何言っているんですか、違いますよ。高校の連中にバイトしてるのを見られたくなくてここにしたんです」
「んじゃ、今からでも知っておけ。――あれはここらじゃ有名な女子高だ。有名企業のご令嬢や大物政治家の娘なんかが通ってる。その上美人揃いらしいんだが、あいにく全寮制でなかなかお目にかかれないんだな、これが。別名、ヴィーナスたちの花園。男にとっての理想郷さ。一度中に入ってみたいもんだがなぁ。文化祭でさえ招待制だから滅多なことじゃ入れんし。あとそれから――」
「へぇ……」
説明は延々と続いていたが、俺は適当に相槌を打って聞き流す。そして常連になりつつあるそのコに目を向けた。
茶色のブレザー、真っ白なブラウスに赤いリボン。モスグリーンを基調としたチェックのスカートは膝丈で、黒いタイツをはいている。清潔感があって、着崩したようなところはない。学校が指定した通りに着ているのだろう。そしてそれがまたよく似合った。
(私服のロングスカートも清楚な感じで良かったけど、制服もアリだな)
高校生ということだろう。来月になれば高校二年生に進級する俺とは歳が近い。
つんつんと肘でつつかれて視線を慌てて戻すと、がしっと宮下先輩に肩を抱かれて耳打ちされた。
「なぁ、東雲(しののめ)? お前、彼女の連絡先、聞いてこいよ」
「はぁ……えっ?!」
思わず大声を出してしまい、宮下先輩はすかさず俺の口元を手で押さえた。
「しーっ! 声デカイッ!」
焦りが潜めた声からも伝わってくる。俺は首をコクコクと縦に振った。
「とにかく、それとなく彼女に近付いて、名前くらい押さえてこいっ! 仲良くなれれば、文化祭のチケットをもらえるかも知れないだろ?」
そう命令して、先輩は口元から手をどけてくれた。俺はため息をつく。
「気になるなら、自分で聞いてきてくださいよ」
「何だよ。あの事、店長にバラしてもいいのか?」
「あ、あの事?」
「そうだ、あのことだ」
言ってにやつく宮下先輩に、俺はため息と呆れた目で返す。
「残念ですが、俺、やましいことは何もないんで、その脅しには屈しませんよ? ――あ、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー」
店に別のお客が入ってきた。面白く無さげな顔をしながらも、宮下先輩も接客に戻る。
これからは客で溢れる時間だ。朝の八時台の行列よりは空いているかも知れないが、レジに人の途絶えることのない忙しさになる。駅と学校に挟まれた住宅街にあるコンビニのこの時間は、学校帰りの高校生や塾に向かう小中学生で賑わうのだ。
(だけど……)
制服姿でうろうろする少年少女に紛れても、そのコは馴染むことなく際立って見えた。荒野に咲く一輪の薔薇、というか。
(空気が違うんだよな……)
確実に俺は惹き付けられていた。
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