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青の龍の物語
鎮魂と浄化の舞
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「かはっ……」
咳込み、ルルディは目をうっすらと開ける。体中が痛い。苦痛に顔を歪め、腹部に感じる温かな魔力を目で辿った。
魔法の光、それを発している手。黒っぽい長袖の肌着にはたくましい筋肉が浮かんでいる。頭の方に視線を向ければ、黒い短髪と赤い瞳が目に入った。
「ヘイゼルさん……?」
「よお。気がついたか」
治癒魔法を掛けてくれているのがヘイゼルだとわかり、ルルディはゆっくりと上体を起こす。そこをすぐにヘイゼルが支えてくれた。
「まだ動かない方が良い。傷口が開いちまう」
「どうして……あなた……」
口元を拭った手の甲にはべったりと赤い血がくっついている。よくよく見ると、崖からわずかにはみ出た岩場には致死量相当ではないかと考えられる血だまりができていた。着ていた服も真っ赤に染まっていて重く、絞れるのではないかと思えるほどに湿っている。
「――ったく、一つずつ順番に説明してやるから、ちゃんと聞けよ」
そのように前置きを言うと、ルルディを崖にもたせかけて治癒魔法を再び発動させる。
「君は魔物に追われて神殿から逃げた。祭壇までの道に出られたまでは良かったが魔物に追いつかれ、結果、崖から落ち、瀕死の重傷を負った。――俺の想定では、魔物の襲撃の前に奉納の舞が終了し、生け贄の儀式へ移行。祭壇から落ちてきた君を俺が拾うという段取りだったんだが、敵の動きの方が見積りより早かったようだな。俺が君を見つけるのが遅かったら、危うく死なせるところだった」
焦っていたらしいことが彼の表情から読み取れる。それがなんとなくルルディには嬉しかった。
「ヘイゼルさん……なんで魔物がここへ? 今まであたし、魔物に出会ったことなんてなかったんですけど……」
この瞬間を狙って来たにしても、都合が良すぎる。ルルディは逃げながらずっと疑問に思っていたことを問うた。
「良い質問だな」
ヘイゼルは治癒魔法から別の魔法に切り替える。体力の回復を促進させるため、周囲にある生命から少しずつ生命力を奪う魔法だ。手で素早く印を結んで発動させると、ルルディの問いに答える。
「奉納される舞は、鎮魂と浄化の舞だ。それ自体が魔術になっている。十七年に一回というのは、その魔法の効力がその期間まで有効だからだ。だから、青の龍に選ばれた人間は青龍祭で舞を舞わなきゃならないんだ」
「なるほど……それであなた、あたしに舞えとおっしゃったんですね……」
きちんと説明されていれば、あんなふうに拒否することはなかったのに――ルルディは牢屋で交わした会話を思い出して小さく膨れる。
「まぁ、俺が見てしまったアレが舞の正装なら、女の子として嫌がるのはわからないでもないのだが……舞を踊らなければ、今日みたいに魔物が都市部にまで出没するようになる。よくわかっただろう?」
「あの……今からでも間に合いますか?」
傷口も癒え、体力も回復してきた。失われた血液を取り戻しきれていないので思考が遅いが、舞を舞うくらいの力はありそうだ。
まっすぐにヘイゼルを見つめると、彼は力強く頷いた。
「そのために俺がいる。ザフィリを守れるのは君だけだ」
「ありがとうございます。まずは――祭壇まで連れて行ってくれませんか?」
「了解」
ヘイゼルは短く答えると、ルルディを軽々と抱きかかえた。
「飛ぶから、しっかり掴まってろ」
「は、はい」
言われてルルディはヘイゼルの首に手を回して掴まる。いつもよりも高い場所に視界が広がっているのに緊張し、身体に伝わる彼の体温にドキドキしながらヘイゼルを信じてぴったりとくっついた。
「――エア・ラウド・フロウ!」
魔力の高まり。そしてヘイゼルの魔法が発動する。風の結界が展開し、身体が宙に浮かび上がる。そう感じた次の瞬間には上昇していた。
(これが……彼の魔法……)
様々な魔法を使いこなすヘイゼルをルルディは心から尊敬し、憧れの気持ちを持った。これだけのことを軽々と、それも魔力補助のための道具を一切用いずに行っているのだ。赤の龍がヘイゼルを選んだのも納得できる。
その上で、ルルディは誓った。
(あたしも頑張らなきゃ。ザフィリを守るために)
見覚えのある地形が視界に入る。神殿から祭壇まで延びる道だ。そこには数を数え切れないほどの魔物がひしめき合っていた。
「ずいぶんと増えたもんだな……黒の龍の本気を感じさせるぜ」
飛行位置を修正し、祭壇のある方へと軌道を変える。魔術が有効になっているのか、祭壇の手前で黒い影の魔物はうごめいていた。ヘイゼルは祭壇の設けられた広い岩場に着地すると、魔法を解いてルルディを下ろす。
「何か必要なものはあるか?」
龍の形に掘られた岩の舞台に向かうルルディに、ヘイゼルは問い掛ける。
「必要なものはないですけど……終わるまで、こっちを見ないでいてくださいませんか?」
真っ赤に染まっていた上着をするりと落とし、羽衣を羽織る。舞の準備を進めるルルディを見て、ヘイゼルは顔を赤くして魔物たちのいる方に目をやった。
「わ、わかった。あの魔物が手を出せないように適当に払っておくよ」
「お願いします」
神殿で行われるはずだった舞。今でこそ祭りの見世物として見物客に披露されているが、本来はこうして祭壇でひっそりと行われ、生け贄の儀式まで完遂するものである。ルルディは自分の知っている正規の方法に則って舞うことにした。
魔物に狙われている状況であることを、ヘイゼルを信じてひとまず忘れる。頭の中を真っ白にし、周囲にあるあらゆる生命の存在を肌で感じ取る。そこから彼らの精神を辿り、自身と結びつけ、世界を創りし偉大なる精神を手繰り寄せる。
(龍神様、どうかあたしに力を……!)
カランカランと鳴り響く四肢に付けられた環の奏でる金属音。踏み出されるたびに、手が伸ばされるたびに、規則正しくあるいは不規則に音を響かせる。
緩やかな拍子であったのが、音が谷の向かいに反響して重なり合い、いつの間にか複雑な音を奏でる。
やがて舞台となっていた龍の像に青い光が灯り、強度を増していく。
(この町を、どうかお守りください……)
あらぶる魂を鎮め、穢れを祓う舞。ひらひらと舞う羽衣に魔力が帯びて、複雑な幾何学模様を生み出す。少女の指先に光が宿り、さらなる文字が重ねられる。
ルルディの祈りが届いたのだろうか。迫ってきていた黒い影の魔物たちが祭壇に近い位置から順番に消滅していく。ぽつり、ぽつりと一つずつ蒸発するかのように消えていったかと思うと、急速にその現象は広まっていった。
咳込み、ルルディは目をうっすらと開ける。体中が痛い。苦痛に顔を歪め、腹部に感じる温かな魔力を目で辿った。
魔法の光、それを発している手。黒っぽい長袖の肌着にはたくましい筋肉が浮かんでいる。頭の方に視線を向ければ、黒い短髪と赤い瞳が目に入った。
「ヘイゼルさん……?」
「よお。気がついたか」
治癒魔法を掛けてくれているのがヘイゼルだとわかり、ルルディはゆっくりと上体を起こす。そこをすぐにヘイゼルが支えてくれた。
「まだ動かない方が良い。傷口が開いちまう」
「どうして……あなた……」
口元を拭った手の甲にはべったりと赤い血がくっついている。よくよく見ると、崖からわずかにはみ出た岩場には致死量相当ではないかと考えられる血だまりができていた。着ていた服も真っ赤に染まっていて重く、絞れるのではないかと思えるほどに湿っている。
「――ったく、一つずつ順番に説明してやるから、ちゃんと聞けよ」
そのように前置きを言うと、ルルディを崖にもたせかけて治癒魔法を再び発動させる。
「君は魔物に追われて神殿から逃げた。祭壇までの道に出られたまでは良かったが魔物に追いつかれ、結果、崖から落ち、瀕死の重傷を負った。――俺の想定では、魔物の襲撃の前に奉納の舞が終了し、生け贄の儀式へ移行。祭壇から落ちてきた君を俺が拾うという段取りだったんだが、敵の動きの方が見積りより早かったようだな。俺が君を見つけるのが遅かったら、危うく死なせるところだった」
焦っていたらしいことが彼の表情から読み取れる。それがなんとなくルルディには嬉しかった。
「ヘイゼルさん……なんで魔物がここへ? 今まであたし、魔物に出会ったことなんてなかったんですけど……」
この瞬間を狙って来たにしても、都合が良すぎる。ルルディは逃げながらずっと疑問に思っていたことを問うた。
「良い質問だな」
ヘイゼルは治癒魔法から別の魔法に切り替える。体力の回復を促進させるため、周囲にある生命から少しずつ生命力を奪う魔法だ。手で素早く印を結んで発動させると、ルルディの問いに答える。
「奉納される舞は、鎮魂と浄化の舞だ。それ自体が魔術になっている。十七年に一回というのは、その魔法の効力がその期間まで有効だからだ。だから、青の龍に選ばれた人間は青龍祭で舞を舞わなきゃならないんだ」
「なるほど……それであなた、あたしに舞えとおっしゃったんですね……」
きちんと説明されていれば、あんなふうに拒否することはなかったのに――ルルディは牢屋で交わした会話を思い出して小さく膨れる。
「まぁ、俺が見てしまったアレが舞の正装なら、女の子として嫌がるのはわからないでもないのだが……舞を踊らなければ、今日みたいに魔物が都市部にまで出没するようになる。よくわかっただろう?」
「あの……今からでも間に合いますか?」
傷口も癒え、体力も回復してきた。失われた血液を取り戻しきれていないので思考が遅いが、舞を舞うくらいの力はありそうだ。
まっすぐにヘイゼルを見つめると、彼は力強く頷いた。
「そのために俺がいる。ザフィリを守れるのは君だけだ」
「ありがとうございます。まずは――祭壇まで連れて行ってくれませんか?」
「了解」
ヘイゼルは短く答えると、ルルディを軽々と抱きかかえた。
「飛ぶから、しっかり掴まってろ」
「は、はい」
言われてルルディはヘイゼルの首に手を回して掴まる。いつもよりも高い場所に視界が広がっているのに緊張し、身体に伝わる彼の体温にドキドキしながらヘイゼルを信じてぴったりとくっついた。
「――エア・ラウド・フロウ!」
魔力の高まり。そしてヘイゼルの魔法が発動する。風の結界が展開し、身体が宙に浮かび上がる。そう感じた次の瞬間には上昇していた。
(これが……彼の魔法……)
様々な魔法を使いこなすヘイゼルをルルディは心から尊敬し、憧れの気持ちを持った。これだけのことを軽々と、それも魔力補助のための道具を一切用いずに行っているのだ。赤の龍がヘイゼルを選んだのも納得できる。
その上で、ルルディは誓った。
(あたしも頑張らなきゃ。ザフィリを守るために)
見覚えのある地形が視界に入る。神殿から祭壇まで延びる道だ。そこには数を数え切れないほどの魔物がひしめき合っていた。
「ずいぶんと増えたもんだな……黒の龍の本気を感じさせるぜ」
飛行位置を修正し、祭壇のある方へと軌道を変える。魔術が有効になっているのか、祭壇の手前で黒い影の魔物はうごめいていた。ヘイゼルは祭壇の設けられた広い岩場に着地すると、魔法を解いてルルディを下ろす。
「何か必要なものはあるか?」
龍の形に掘られた岩の舞台に向かうルルディに、ヘイゼルは問い掛ける。
「必要なものはないですけど……終わるまで、こっちを見ないでいてくださいませんか?」
真っ赤に染まっていた上着をするりと落とし、羽衣を羽織る。舞の準備を進めるルルディを見て、ヘイゼルは顔を赤くして魔物たちのいる方に目をやった。
「わ、わかった。あの魔物が手を出せないように適当に払っておくよ」
「お願いします」
神殿で行われるはずだった舞。今でこそ祭りの見世物として見物客に披露されているが、本来はこうして祭壇でひっそりと行われ、生け贄の儀式まで完遂するものである。ルルディは自分の知っている正規の方法に則って舞うことにした。
魔物に狙われている状況であることを、ヘイゼルを信じてひとまず忘れる。頭の中を真っ白にし、周囲にあるあらゆる生命の存在を肌で感じ取る。そこから彼らの精神を辿り、自身と結びつけ、世界を創りし偉大なる精神を手繰り寄せる。
(龍神様、どうかあたしに力を……!)
カランカランと鳴り響く四肢に付けられた環の奏でる金属音。踏み出されるたびに、手が伸ばされるたびに、規則正しくあるいは不規則に音を響かせる。
緩やかな拍子であったのが、音が谷の向かいに反響して重なり合い、いつの間にか複雑な音を奏でる。
やがて舞台となっていた龍の像に青い光が灯り、強度を増していく。
(この町を、どうかお守りください……)
あらぶる魂を鎮め、穢れを祓う舞。ひらひらと舞う羽衣に魔力が帯びて、複雑な幾何学模様を生み出す。少女の指先に光が宿り、さらなる文字が重ねられる。
ルルディの祈りが届いたのだろうか。迫ってきていた黒い影の魔物たちが祭壇に近い位置から順番に消滅していく。ぽつり、ぽつりと一つずつ蒸発するかのように消えていったかと思うと、急速にその現象は広まっていった。
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