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青の龍の物語
祭壇への道 2
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(ここはどこかしら……)
崖から落ちたはずであるのに、不思議と痛みを感じない。それどころか手足の感覚もなかった。
深い闇に閉ざされた空間。そこに立っているでも、横たわっているでもなく、中空に浮かぶような、しいて言うならば水中にいるかのような奇妙な感覚にルルディは襲われた。あまりにも暗いので目を閉じたままなのかと錯覚するが、注意してみても変わらないのでそういうことでもないらしい。
(……死者が訪れる場所なのかな?)
この場所が現実ではないらしいことはなんとなくわかった。とはいえ、ここでどうしたらいいのかはわからない。永遠にこのままというわけではないだろう、そう期待するが何の変化も見られないことに恐怖を覚え始める。
(このまま……独りぼっちで居続けるの……?)
自身の肩を抱くような動きを想像し、しかし身体が存在しないことに改めて気付かされる。それがさらなる恐怖を引き寄せる。
(やだ……こんなの嫌だよっ……!)
舞を踊りたくない、生け贄になりたくない、死にたくない、もっと世界を見て回りたい――そんなことを願ってしまったことの仕打ちだとしたらと妄想し、気分が悪くなる。今さら謝ったところで、この現状を打破できるとは考えられない。ルルディは絶望しかけ、そこであるものを感じ取った。
(なに……?)
ひんやりとした静かなうねり。魔力の塊のようで、それだけではない生命の流れのような不確かなもの――それが自身の周りに満ちていることにルルディは気付く。暗闇であるのに、その存在を青い色として知覚できた。
『少女よ……』
声がする。正確には奇妙な音として聞き取れるのだが、ルルディにはそれが言葉として認識できた。そんな体験に戸惑っていると、声は続く。
『汝、生きることを望むか?』
「……え?」
まさかそんな問いを掛けられるとは思っておらず、ルルディは素っ頓狂な声を出す。
『汝は、生きることを望むか?』
再び同じように問われて、聞き間違えていなかったことを確信する。ルルディは応じた。
「あたし、もっと生きたい! 生きて、いろんなことを見て学びたい! こんなところで死にたくないっ!」
必死に叫ぶ。心からの強い願いを。叶えてもらえなくたって構わない。ただその思いを、誰かに聞いてもらいたかった。
(生け贄に選ばれなかったら、お兄様のあとを追って旅をしたかった……お兄様にはお別れの言葉を言えなかったから……まだ生きていて良いのなら、会いたいよ、お兄様……)
しばしの沈黙。それがとてつもなく長く感じられたが、やがて声がした。
『……汝が願い、汝の肉体と引き換えに叶えよう。我が手足となり、命を全うせよ』
その返事の意味するところを理解できぬまま、意識が無秩序にかき乱される。ルルディは自分という存在を見失い、その境界が曖昧になっていくのを感じた。世界に散らばるあらゆる精神と感応し、そして新たなる一つのものに収束されていく。その塊が自分であると認識すると同時に、身体の感覚が戻ってくる――。
崖から落ちたはずであるのに、不思議と痛みを感じない。それどころか手足の感覚もなかった。
深い闇に閉ざされた空間。そこに立っているでも、横たわっているでもなく、中空に浮かぶような、しいて言うならば水中にいるかのような奇妙な感覚にルルディは襲われた。あまりにも暗いので目を閉じたままなのかと錯覚するが、注意してみても変わらないのでそういうことでもないらしい。
(……死者が訪れる場所なのかな?)
この場所が現実ではないらしいことはなんとなくわかった。とはいえ、ここでどうしたらいいのかはわからない。永遠にこのままというわけではないだろう、そう期待するが何の変化も見られないことに恐怖を覚え始める。
(このまま……独りぼっちで居続けるの……?)
自身の肩を抱くような動きを想像し、しかし身体が存在しないことに改めて気付かされる。それがさらなる恐怖を引き寄せる。
(やだ……こんなの嫌だよっ……!)
舞を踊りたくない、生け贄になりたくない、死にたくない、もっと世界を見て回りたい――そんなことを願ってしまったことの仕打ちだとしたらと妄想し、気分が悪くなる。今さら謝ったところで、この現状を打破できるとは考えられない。ルルディは絶望しかけ、そこであるものを感じ取った。
(なに……?)
ひんやりとした静かなうねり。魔力の塊のようで、それだけではない生命の流れのような不確かなもの――それが自身の周りに満ちていることにルルディは気付く。暗闇であるのに、その存在を青い色として知覚できた。
『少女よ……』
声がする。正確には奇妙な音として聞き取れるのだが、ルルディにはそれが言葉として認識できた。そんな体験に戸惑っていると、声は続く。
『汝、生きることを望むか?』
「……え?」
まさかそんな問いを掛けられるとは思っておらず、ルルディは素っ頓狂な声を出す。
『汝は、生きることを望むか?』
再び同じように問われて、聞き間違えていなかったことを確信する。ルルディは応じた。
「あたし、もっと生きたい! 生きて、いろんなことを見て学びたい! こんなところで死にたくないっ!」
必死に叫ぶ。心からの強い願いを。叶えてもらえなくたって構わない。ただその思いを、誰かに聞いてもらいたかった。
(生け贄に選ばれなかったら、お兄様のあとを追って旅をしたかった……お兄様にはお別れの言葉を言えなかったから……まだ生きていて良いのなら、会いたいよ、お兄様……)
しばしの沈黙。それがとてつもなく長く感じられたが、やがて声がした。
『……汝が願い、汝の肉体と引き換えに叶えよう。我が手足となり、命を全うせよ』
その返事の意味するところを理解できぬまま、意識が無秩序にかき乱される。ルルディは自分という存在を見失い、その境界が曖昧になっていくのを感じた。世界に散らばるあらゆる精神と感応し、そして新たなる一つのものに収束されていく。その塊が自分であると認識すると同時に、身体の感覚が戻ってくる――。
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