龍神たちの晩餐

一花カナウ

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青の龍の物語

龍神の伝説 3

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「その通り。俺は聖都市ルビーン出身で、ルビーンにもこのザフィリと同じように龍神に生け贄を捧げる風習が残っている。――ところで、君は知っているか? 二十歳を迎える前の子は龍の力になるが、それを越えるとその力はすべてその子のものとなる。その身を捧げんとするを拒む者は……神殺しとなる、という言い伝えを」
「えぇ。お祖父様から聞いてます」

 だから、神様の言いなりになるしかない、ひとりの犠牲で大勢が助かるのだから、その犠牲を払う我が家系は誉れ高い一族なのだと祖父が言っていたことをルルディは思い出す。

「しかし、本当は違うんだ。伝説は人間たちに意図的に歪められたものなんだよ。真実はこうだ。――龍の手から二十歳になるまで逃れ続けた者は、龍を地上に降ろす力を得ることができる。つまり、龍神がこの世を偵察するための媒体になるということだったんだ」
「媒体に? えっと……じゃあ、あたしは青の龍神様がこの世界を見るための器になるってことなんですか?」
「飲み込みが早いな」

 嬉しそうに告げるヘイゼルに、ルルディは興奮気味に顔を寄せる。

「それが本当ならあたし、生き残らなきゃいけないじゃないですか」
「そういうことだ。――俺はこの事実を他の龍の生け贄に選ばれた人間に伝えるために旅をしている。この代ですべての龍を地上に呼び出し、黒の龍によって衰退しつつあるこの世界を救うのが目標だ。今の時点では俺の中に居るルビーンの赤の龍、モルゲンロートに封じられていた黒の龍、クリステリア王国聖都市エメロードで祭られている緑の龍の三体がこの世界に呼ばれている」

 人間嫌いの黒の龍の力がこの世界に及んでいると知って、ルルディは身体をびくりと震わせる。そして不安な気持ちが言葉に変わる。

「すでに黒の龍がこちらにいるんですね……」
「あぁ、そうだ。厄介なことに黒の龍に俺の顔は覚えらちまっていてさ、何かと邪魔されているんだけど」

 そこまで言って、ルルディの表情が強張っているのに気付いたらしい。補足するようにヘイゼルは続ける。

「――あ、今は心配ないぞ。緑の龍が協力してくれたおかげで、しばらくは直接手を出せないだろうからな」

 その台詞に多少は安堵できたルルディだったが、別の問題が頭を過ぎる。

「はぁ……しかし、あたし、十六になったばかりなんで、あと四年はその黒の龍の脅威に晒されるってことなんですよね?」

 そんな彼女の憂鬱そうな問いに、ヘイゼルは不思議そうな顔をした。

「……十六?」
「はい? あたし、十六歳ですけど、それが?」
「……て、てっきり十二歳やそこらかと……」
「なっ……!? ちょっ……失礼なっ! あたし、確かに背は低いですし、顔も幼いですし、発育も悪いっちゃあ悪いですけど、気にしているのにっ、ひどいっ! ひどいですっ!」
「しーっ! 静かに。悪かった、悪かったって! つーか、俺、そこまで言ってねーんだけど」

 落ち着けと手をパタパタされて、ルルディは顔を真っ赤にしたまま深呼吸をする。何とか平常心を取り戻し、会話を続行させることにする。

「――は、話戻しますけど、あたし、黒の龍と対抗できる自信、ありませんよ? 武器で戦うことも、魔法を使うこともできない、ごく普通の町娘なんですから」

 武術や剣術、魔術や呪術など、習う気になればちょっとしたたしなみ程度に学ぶことは可能だ。そのくらいの情報は首都であるこの町で生活する人間がその気になれば日常的に手に入る環境にある。
 しかし、ルルディはそれらを学ぶことを望んでいても、叶うことはなかった。おそらく、生け贄が容易に脱走できないようにするためだろう。ゆえにルルディは他の人間たちが知っているだろうそういった知識に飢えており、二十歳になるまで生け贄に選ばれなかったら町で学び、いつか外の世界で自分の知らないものを見たり触れたりしたいとずっと願っていた。
 彼女の意見に、ヘイゼルは返す。

「青の龍の力さえ手に入れば、大丈夫だろう。鎮魂と浄化を司るといわれる青の龍の力だ。身を守る手段くらいあるんじゃないか?」

(む、無責任な……あたし、舞を舞うくらいしか能がないのに……)

 気落ちするルルディであったが、そこではたと気付く。

「あれ? 青の龍の力が手に入ればってことでしたけど、どうやって手に入れればいいんですか?」

 身体に異変があったとすれば、瞳の色と髪の色が変わってしまったことくらいだ。そのほかの能力についてはなんら変わったようには思えない。ルルディは首をかしげた。

「とても良い質問だ」

 ヘイゼルは言って、鉄格子に近づく。そして、真面目な顔で告げた。

「ルルディ、よく聞いて欲しい。――君はこの祭りで舞を踊らねばならない。生け贄の儀式まで全部やり通す必要がある」

(……なんですって?)

 言っている意味がわからない。ルルディは血の気が引いていくのを感じる。

(生け贄の儀式をしたら、あたしはやっぱり死んで――)

 嫌な光景が脳内に広がっていく。断崖絶壁にある祭壇。そこから身を投げる幼い少女の姿――。

「不安がることはない。俺が手助けしてやる。だから、俺を信じて協力して――」
「信じろって? 冗談じゃない」

 ヘイゼルの台詞を遮り、ふんっと鼻で笑い飛ばして続ける。

「あたし、死ぬかもしれないのに、どうしてそんなことができるっていうのよ?!」
「ルルディ?」

 ルルディは勢いよく立ち上がり、悲しみに満ちた瞳で彼を見下ろす。

「あたし、舞を踊るのも、生け贄になるのも本当は嫌なのっ! なによ……あなたに話せば避けることができると思ったのに……期待したあたしが馬鹿だったわっ!」

 頭にすっかり血が上っている。身体は恐怖でひんやりとしているのに、思考は完全に沸騰していた。

「あなたには頼りません。――さようなら」

 背を向けたまま冷たく言い捨て、ルルディは来た道を駆け出す。
 話をするだけ無駄だと思い、一刻も早くここを去りたかった。引き止める声が聞こえたような気がしたが、ルルディは一度も振り向かなかった。
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