龍神たちの晩餐

一花カナウ

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青の龍の物語

龍神の伝説 2

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 神殿の地下から行くことのできる狭い部屋の並ぶ場所。そこは龍神様に捧げる供物を保存しておくための倉庫のような役割を果たしており、今は牢屋の代わりに使用されることもあると少女は知っていた。町の中心部から離れた辺鄙な場所で、繁華街に行くにも険しい山道が一本あるだけ、他の道は断崖絶壁というこの立地の都合上、空を飛ぶことができなければ外部に行く手段がないに等しい。この神殿に連れてこられたときに退屈しのぎに散策し、この場所への道を少女は知ったのだった。

「――やっぱりここに閉じ込められていたのね」

 狭い部屋の一つ、鉄格子がはめられたその場所に黒髪の青年はいた。少女が一人で現れたことに驚いているらしく、目を丸くしている顔が角灯に照らし出された。

「さっきは説得することができなくてごめんなさい」
「それを言いにわざわざ来てくれたのか?」
「違います」

 青年は魔術錠をつけられた状態だった。逃げ出すことができないようにするためだろう、装飾品の一切が没収され、黒っぽい長袖の肌着と身体の線がわかるズボンのみ着用していた。少女が最初に見かけたときの格好とはだいぶ印象が違う。ここまでやるものなのかと思いながら、少女は格子に寄りかかるように腰を下ろす。

「その様子だと、逃がしてくれるつもりもないようだな」
「えぇ。青龍祭が無事に終えられるよう、この町の人々があなたを閉じ込めておくと決めたのなら、あたしはそれを破ろうとは思いません」
「なるほどね。それはある意味、賢明だ」

 ここから出してくれと懇願してくるだろうと思っていたのにあっさりと引かれ、少女は目を瞬かせると青年を見やる。

「……もう少し粘るんじゃないかと思っていたのに、意外だわ」
「君が困るのはわかるからね。無理に頼んだりしないよ」

 とても落ち着いた声だ。牢に閉じ込められている人間のものとは思えない。侵入を行ったことは事実であり覆すことができないだろうが、少女に乱暴をしたかといえばそうではない。完全な濡れ衣であるのに、青年は憤りを覚えたりしないのだろうか。

「ずいぶんと余裕ですね。怖くはないの?」
「あいにく、拘束されることには慣れているんで」
「えっと……犯罪者さんなの?」

 拘束されることに慣れていると聞いて思い浮かんだのはそんなことくらいだった。少女の問いに、青年は肩をすくめる。

「誤解されやすい性格ってだけ。俺は自分に非はないと思っているからさ、相手を信じて静かに待つようにしてる。動けば動くほど、自分が不利になるのを理解しているからね」

(それはずいぶんとツキに見放された人間であること……)

 果たしてそれは賢い人間のすべき行動だろうか。少女は疑問に感じながらも、青年を憐れに思った。

「――そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はヘイゼル=ドラッへ=バルト。ユライヒト帝国第一都市モルゲンロートの使節団に所属している。ここへは青龍祭の視察で来たんだ」
「モルゲンロート? モルゲンロートって、裏切りの黒の龍を封印した場所ですよね?」

 問いながら、少女は自身の親たちから聞かされてきたこの世界の創造と龍神たちの話を思い出す。

 この世界を創造した精神の塊――それはやがて九体の龍となって各地に散らばり、守護するようになった。
 しかし、平和な時代は続かない。
 あるとき、黒の龍が人間に愛想を尽かして他の龍達に刃向かった。残る八体の龍は黒の龍の心変わりを沈めようと手を尽くす。それでも完全に封じることはできなかった。力を貯め、破壊の力を司っている黒の龍は圧倒的な強さを持っていたのだ。
 黒の龍は、封じられずに残った自分の力を新たなる生物に分け与えて地上に放つことにした。それが黒の龍の血縁者と呼ばれる者たちであり、その者に付き従うのが魔物である。安定していた大地は異常を示し、混沌の時代へと移行した――そんな物語が言い伝えとして残っている。

 その伝説の中でも、モルゲンロートは重要な地名だ。モルゲンロートは赤の龍の守護範囲であると同時に、完全ではないとはいえ、黒の龍を封印した場所とされている。言い伝えの関連としてモルゲンロート使節団があり、表向きは外交を目的とした国家機関であるが、その主な仕事が各地に散らばり守護する龍の祭りの状況を視察であるということを、少女は兄から聞いていた。

「よく知っているな。最近は祭りのことは知っていても、その背景にある伝説を知らない人も多いってのに」
「あたしの家、代々青の龍の生け贄を送り出している家柄なんです。――って、あたしも自己紹介していませんでしたね。あたし、ルルディ=ドラコス=ロトスって言います。……知ってもらったところで、あたしの命、残り三日も無いですけどね」

 名乗って、ルルディは自嘲気味に笑う。今知り合ったところで、その運命が変わることはないだろうという諦めの気持ちがにじみ出ていた。
 対して、ヘイゼルの目には輝きが増す。

「やはり君が今期の青の龍の生け贄か。その青い目と髪を見て、もしやと思ったんだが」
「モルゲンロートの使節団にいるだけあって詳しいですね」

 青の龍の生け贄を示す印のことを知っているのは地元の人間だけだと思っていたルルディは、素直に感心する。

「確かに使節団では勉強したが、この知識は赤の龍から直接もらったものだ」

 さらりと告げられる台詞。ルルディはそのまま聞き流しそうになったが、違和感に気付いてヘイゼルの顔をまじまじと見つめた。

「……赤の龍から?」

 その問いに、ヘイゼルはゆっくりと頷いて微笑む。

「え? ど、どういうことですか?!」

 身を乗り出し、真剣に聞こうと耳をそば立てる。彼は真面目な顔をして告げた。

「俺は赤の龍の生け贄だったんだ」
「だった……? あ、そっか。生け贄って、二十歳を越えた人間は対象外になるんでしたっけ」

 ルルディは自分の兄が二十歳になるのを待ってから町を出て行った理由を思い出す。生け贄の印が二十歳を迎える前の少年少女にのみ現れることは、ザフィリの青の龍では一般的に知られていることだが、どうやら他の町を守護している龍の祭りでも同じことらしい。
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