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選出者の刻印

ツテと旅費を求めて

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 世の中そう甘くはない。

「うーん……思った以上に難航しそうね」

 夕方の大通り。あたしたち三人は役場からの道を徒歩で移動中。

「つっても、収穫がなかったわけではないだろう?」
「それもそうだけど」

 町役場にて運良く祭事担当の人間を捕まえることはできたのだが、結局そこまで。この祭りがだいぶ昔から行われていること、そしてそれが行われるきっかけとなった神話が存在すること、その神話に関した資料は一般の人間には公開されていないことを知れただけで、具体的な情報はほぼ皆無。併設された文化資料館も見てきたが、大した収穫はなかったのだった。

「神話の資料は非公開、それが一番残念ですね」

 浮かない顔で言うクロード先輩。あたしの町の役場の人間として一生懸命掛け合ってくれたのだが、この町で管理しているわけではないからと断られ、その所在の情報を聞きだすこともできなかった。

 ――だけど、祭事担当の方に会えたのはクロード先輩のおかげなんだけどね。

 この町の情報課に知り合いがいて、その縁で引き合わせてくれたらしい。ありがたいことだ。

「仕方ないわよ。歴史的価値があるから平民には見せられないってことでしょ? 納得できることだわ」

 残念だと言う気持ちには共感できるが仕方がない。何か知っているんじゃないかとこの痣の話を祭事担当者さんに語ってみたが、よくわからないと言われただけだったし。この町で得られる情報はこの程度なのだろう。

「国のお偉いさんに知り合いがいれば何とかしてくれるかな?」

 屈託なくマイトが呟く。

「いやぁ、そう都合よくそんな知り合いはいないし」

 あたしはクロード先輩に視線を移すが、彼は苦笑して肩を竦めた。クロード先輩の伝手にも国のお偉いさんはいないようだ。

「今知り合いじゃなくても、これから作る、なんてどうだ?」
「簡単に言うけど、現実的に厳しいわよ。どうやって知り合いになるつもり? 家に押しかけるの?」

 マイトはなんでもないことのように提案してくるが、あたしには無理だろうとしか言いようがない。何か名案でもあるのだろうか。

「護衛の募集を探せばいいかな、なんて思ったんだけど。――そりゃ都合よくそんな募集はないだろうとは思うけどさ」

 あたしの視線に込められた思いを察したのか、後半は自信なさげに呟く。
 そんなマイトの台詞に反応したのはクロード先輩だった。

「あぁ、それはまだ実現できそうな話ですね」
「できそうだとは思うけど、それで資料を見られるとは思えないけど?」

 半信半疑な気持ちのままあたしは二人の顔を見る。

「それでも情報を得られる確率は上がるでしょう。それに、お二人なら護衛の仕事を任されてもきちんとこなせるでしょうし、向いていると思いますよ。情報は得られなくても旅費が手に入れば無駄にはなりませんし」

 旅費。
 これもまた頭が痛い問題である。慌てて出てきただけに手持ちが少ない。この旅が長くなれば長くなるほど懐が寂しくなるのは必至であり、従ってどうにか旅費を工面する必要はある。

 ――って。

「あたしたちが護衛の仕事をするとして、よ? クロード先輩は何をするわけ?」

 さりげなくクロード先輩は護衛役から自分を対象外にしている。あたしが指摘してやると、クロード先輩はにっこりと微笑む。

「痛いことは嫌ですからね。オレは別行動をさせていただきますよ」
「そりゃそうだろうな。かわすことしかできない非戦闘員が護衛なんてできないだろうし」

 参加拒否を表明するクロード先輩に、わざとらしく言うマイト。ぎすぎすした空気が流れ始める。

 ――なんだろう。今日はやけにつっかかるなぁ、マイトの奴……。

「えぇ、なんとでも言ってください。人にはできることとできないことがあるのですから」

 口の端をぴくぴくさせながら言い返すクロード先輩。一応笑顔を保っている。

「できないんじゃなくてしないんだろ? 所詮自分の身が大事な御坊っちゃんってことか」

 にやっと笑んでマイトが言うが、クロード先輩が熱くなる様子はない。反対に笑顔が冷ややかなものに変わる。

「身体を張ることしか頭にないあなたとは違うということですよ」
「んだとっ!」
「二人ともやめなさいっ!」

 あたしが怒鳴って立ち止まったためにマイトとクロード先輩は急停止。

「あたしに協力しようって言うなら二人とも仲良くしなさいよね! いつまでもそうやって言い争いをするなら、あたしは一人でもこの旅を続けるわ!」

 いい加減にしてほしい。あたしは二人の不毛なやり取りに対して怒りを爆発させる。

「いや、だけど、ミマナ」
「あなたを一人にするなんてできるわけないでしょう?」

 困惑する二人。

「そう言うなら仲良くする! 本題から話をそらさないこと! いいわねっ!」

 あたしはきっぱりと言い切って歩き出す。そろそろ宿屋が見えてくる頃だ。

 ――はぁ。これでもう少し互いを認めてくれりゃいいんだけど……。

 小さくため息。
 あたしは二人を必要としている。マイトが傍にいてくれれば心強いし、クロード先輩は頼りになる。一人でだったら旅なんてきっとできなかったはずだ。

 ――だから、二人とも一緒に来て欲しいんだけどなぁ。

 難しいことではないはずだ、そう信じたい。
 あたしがそんなことを考えながら歩いていたときだった。

「ひゃあっ!」

 前方にいた少女の叫び声。さらにそこから走って遠ざかっていく影。

「どっ、泥棒っ! 誰か追ってっ!」

 くるくるとした巻き毛の少女が真っ赤な顔をして叫ぶ。どうやら彼女はぶつかった拍子に持っていた荷物を盗られたらしい。

「待ちなさいっ!」

 あたしは状況を理解すると、通りを逃げていく影の追跡に気持ちを切り替える。

 ――この道は確か見通しのよい真っ直ぐな通り。路地は行き止まりになっていたはず。

「おい、ミマナ!」

 犯人らしき人影を追いかけ始めるあたしに、同じく駆け始めたマイトが声を掛けてくる。そんな彼の目は獲物を追う目。

「捕まえるわよ!」

 あたしの声に、マイトは足を速める。

 ――うわ、でかい図体の癖に速い!

 ちらりと後方を見ると、クロード先輩は被害者である少女の様子を見守る方についていた。なかなか良い判断だ。クロード先輩らしいと言うか。

「ちっ……」

 あたしたちは犯人の舌打ちが聞こえてくるまでに接近。犯人――汚れた服装の壮年の男は胸に不釣合いな鞄を抱えて逃走中。それが確認できたところであたしは跳躍した。

「待てって言ってんでしょ!」

 走って勢いのついた跳び蹴りが犯人の腰に炸裂。

「ぐあっ」

 低く短い悲鳴を上げて男はそのまま前方に倒れ込む。

 がしゃっ。

 ――あら、嫌な音。

 あたしはその流れのまま犯人の男の胸倉を掴み引っ張り起こす。

「人様の物を奪うなんていい度胸しているじゃない! 返しなさい!」
「す……すみません……」

 言って、男はその胸に大事に抱えていた鞄をぱっと手放す。

「って、ちょっとっ!」

 割れたような音が聞こえてきたのはその鞄の中からだったはず。あたしは男を掴んでいた手を離し、鞄に注意を向ける。
 その刹那。

「ふんっ!」

 男の蹴りがあたしに襲い掛かってくる!

 ――わわっ!

 こんな状況下でも諦めずに反撃してくると思っていなかったあたしの胴はがら空き。そこに吸い込まれるように男の足が向かってくる。

 ――避けられない!

 がすっ!
 がちゃん。

「くっ」

 咄嗟に構えたおかげか、吹き飛ばされるほどの威力はなく。

 ――ってか、案外と効くんですけど、このおっさんの蹴りはっ!

 あたしはその場に踏みとどまり、顔を歪める。

「おっさん」

 低く響くその声はマイト。

「その程度にしておきな」
「いっ……!」

 犯人の男の腕をマイトが締め上げている。

「――ミマナ、大丈夫か?」

 拘束する手を緩めることなく、心配そうな顔をしてあたしを見る。

「へーきへーき。打たれ慣れているから」

 笑顔を作ってあたしは答えたつもりだが、正直ちゃんと笑顔になっていたか。不意打ちの攻撃は結構痛い。

 ――最近まともに組み手やっていなかったしなぁ。身体がすっかり鈍ってる……。

 心の中で盛大なため息。この気持ちを悟られるわけにはいかない。これはあたしの意地だ。

「しかし……」

 あたしは犯人の足元に落ちた鞄をそっと拾い上げる。かしゃかしゃと何かがこすれあう音。

 ――中身……無事かなぁ……。

 跳び蹴りを選択したのは間違いだったと今更後悔してももう遅い。犯人が大事そうに抱えているのを見て、もう少し慎重になるべきだったと思う。反省反省。

「ミマナ君」

 鞄を取り返したところでクロード先輩と被害者の少女が合流。あたしは気まずいながらも鞄を少女に差し出す。

 ――さ、先に謝っておいた方がいいわよね。

 あたしは受け取られる前に頭を下げる。

「ご……ごめんなさいっ! もしかしたら、中身……無事じゃないかも」
「え……? あ――気になさらないでください」 

 すごすごと差し出した鞄を受け取ると、少女は一瞬驚いたような声を出し、そしてやんわりとした口調でそう告げた。
 あたしはおそるおそる顔を上げる。

「私が一番心配していたのはこれですから」

 言って鞄から取り出して見せてくれたのは一冊の本。

 ――ん? 魔導文字?

 真っ赤な表紙をこちらに向けてくれたのだが、そこに書かれている文字は見慣れないもの。どこかの資料館で見た魔導文字に似ているような気がする。

「なかなか手に入らない貴重なものなんですよ。ようやく見合った金額を払い終えたというのに奪われたとなったら――」

 そこで端整な彼女の顔が冷たく凍る。

「――呪い殺してやるところでしたわ」

 ――こ、恐いっ……。

 その表情を見たあたしは思わず後ろに下がる。

「……え? その本、まさか……」

 その場の空気に合わないクロード先輩の驚く声。

 ――ん? なんだなんだ?

「あら、ご存知ですの?」
「古代魔法をまとめたと言われている本では? 神話で語られている時代に至る所に存在したと言う魔法をまとめた――」

 そこまで言ったときにはすでに彼女の手はクロード先輩の手を包み込んでいた。

「そうっ! そうですっ! これはある高名な方の写本ですけどっ! ご存知なんですね!」
「えぇ、まぁ……」

 目をキラキラさせながら嬉しそうに語る少女。ついさっきまでの冷たい気配は完全にどこかに吹き飛び、うきうきとした空気が全体を満たそうとしている。

 ――なんかすごい少女に出会ってしまった気が……。

 完全に引いてしまっているクロード先輩があたしに助けを求める視線を向けたような気がするが、気付かなかったことにしよう。

 ――ってか、クロード先輩はなんで魔導書の話も知っているのかしら?

 何でもよく知っているクロード先輩だが、まさか魔導関連についても興味があったとは。それゆえに魔導師たちに対しても肯定的だったのかもしれない。

「――で、この犯人はどうします?」

 逃げないようにしっかり犯人を捕まえていたマイトがそこで割り込む。

「あ、あら嫌ですわ、私ったら」

 マイトに声を掛けられて我に返ったらしい。頬を赤く染めて少女はクロード先輩の手を離すとマイトに身体を向ける。

「窃盗の現行犯ということで役所に届けましょう。罪は罪。法に則って罰せられるべきです」

 少女は犯人を睨みつけながらきっぱり言う。

「くっ……」

 今度こそ観念したのだろう。犯人の男は力なく項垂れる。

「んじゃ、このまま引き返すとしますか」

 マイトは犯人をもう一度軽く締めると、役場に向かって歩き出す。

「――あっ! そうですわ」

 皆が役場に向かって歩き出したそのとき、ぽんっと手を叩く音。その音がした方には被害者の少女。

「助けていただいたお礼がしたいのです。犯人を役所に届け終えたら是非私の屋敷にいらしてください。夕食をご馳走いたしますわ」

 感謝の気持ちがよく表れている笑顔。
 どうする、そう訊いてくるマイトとクロード先輩の視線。二人ともあたしの意見に合わせるつもりのようだ。

 ――ま、お礼の気持ちを断るのもおかしいか。……いや、変な断り方をしたらあとが恐そうだし……。

 少女の『呪い殺す宣言』が軽い精神的な傷になっているようだ。

「なら、お言葉に甘えて」

 あたしの返事にちゃんとした笑顔がついていただろうか。――きっとついていたわよね?
 そんなわけで、あたしたち一行は少女――メアリ=ロットの屋敷に招待されたのであった。
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