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選出者の刻印
なかなか一人きりにならないので、強硬手段に出たそうです。
しおりを挟む夢の中。
――うん、たぶん、そう。
扉に寄りかかるようにして寝てしまったマイトと、椅子を寝台代わりに寝てしまったクロード先輩の気配がない。
――しかしこれは。
いつもの見慣れた夢とは異なる。暗闇が続き、周りに何があるのか判然としない。
――疲れが溜まっているのかなぁ……。
普段なら自分の故郷に似た場所を舞台に、幼い頃の思い出を自分勝手に演出を加えて編集したようなものを見ているあたしにはあまり慣れない光景。
――どうせなら、もっと楽しい夢を見せてくれりゃいいのに。
「期待に添えなかったようで悪かったな」
「えぇ、まったく……!」
どこからともなく聞こえてきた声。あたしは声の主を反射的に探す。
――だってこの声は……。
「――よほどあたし、疲れているみたいね。まさか夢に呼び出しちゃうなんて」
すぐさま警戒。ここがあたしの夢の中だとしても、ここは身構えるべき場面だ。
「呼び出したのは僕のほうなんだが……姿を見せようか?」
男が言うなり、あたりが急に明るくなる。あたしは腕で光を避ける仕草をし――次に正面を向いたところで男の姿が目に入った。
「なかなか君が独りにならないので、夢に介入することにした。多少気分が悪いかもしれないが、ご了承を」
黒尽くめの男が立っていた。前回の好戦的な様子はなく、想像以上に丁寧な所作で頭を下げてくる。背景は相変わらず殺風景な闇が広がっているだけだが、そうであるのに男の姿ははっきり見えた。変な感じだ。
「名も告げず、姿も明かさず、それでいながら神の使いだと名乗る。――あなた、一体何なの?」
警戒を緩めることなく、あたしは黒尽くめから視線をそらさずに問う。
「自己紹介がまだだったな。――こちらの世界ではルーク=ブレイブと名乗っている。顔も見せたほうが良いかな?」
言って、ルークと名乗った男はぱちんと指を鳴らす。それに合わせて彼の顔を覆っていた布がはらりと落ちた。
――!
輝くような太陽と同じ色の長い髪。真夏の空のような澄んだ青い瞳。透明感のある白い肌。整った中性的な顔がそこにあった。
「か……顔を隠しているなんてもったいないわよ」
「目立つから隠しているんだが」
――あぁ、それは言えてるかも知れない。……って、そうじゃなくて。
あたしは気を取り直して続ける。
「あたしに一体何の用があって昨晩は部屋にいたわけ?」
「吉報を届けに」
短い返答。うん、確かにその通りだ。あたしは記憶を遡って納得する。
「じゃあ、なんであたし、町を出なくちゃいけなかったわけ? 脅されて飛び出してきたんだけど?」
あたしの問いに、ルークは嬉しそうに微笑む。
「君にはどうしても選出者となってほしかったからな」
「あたしが選出者に? またどうして?」
どういうことなのだろう。
クロード先輩情報では、今年の選出者はまだ未定であるという。あたしを選出者として呼んだのが嘘であるなら、確かに選出者は決まっていないはずだ。
ルークはあたしの問いに対して、少し困ったような顔を作ると口を開いた。
「――我が主を殺して欲しい、そう依頼したらわかるか?」
「……!?」
――我が主を殺すって……どういうこと?
あたしは頭の中を整理すると深呼吸をする。そして質問を投げた。
「それってつまり……神様を倒せ、と?」
「平たく言うとそうなるな」
さわやかにさらりと答えるルークさん。
「でぇぇぇぇえぇぇぇっ!」
あたしはあまりのことに叫ばずにはいられない。
――いや、だって、夢にしてはちょっとこのノリはないでしょ。
「僕は君を選出者に任命したい」
「えっと、任命って……」
何がどうなっているのかわからない。夢だといってもわけのわからないことだらけだ。処理できない。
「選出者――それは神を倒す力を与えられた者のこと。町の祭りはかつての伝説に基づいて行われているだけのもので、大した意味はない。本来なら選出者は神の使いである僕のような存在が任意の人間を選び力を与えることで成立するのだよ」
「で、でもっ! だけどよ? 神様を倒しちゃって大丈夫なわけ? この世界は問題ないの?」
神様を倒す――彼はそんな大それたことをなんでもないかのように言う。神様はこの世界を作った存在であり、そう簡単に倒されては困るものではないのか。
「神様も変わらねばならない。そのために、神を孕むことのできる乙女を選ぶのだからな」
「神を……孕む――ですって?」
「その通り。故に、選出者を辞退したい場合は男と交わるのが一番手っ取り早い。それで資格は失われる」
――お……男と交わる、とな?
あたしはその言葉の意味を考え、全身が熱くなるのを感じる。
「選出者であり続けたいなら、清き身のままでいることだな。簡単なことであろう?」
簡単だろうか。思わず頭を抱える。
「おや、交わりたい殿方がいると? ――あぁ、あの少年か」
あの少年。
あたしはその台詞を聞いてマイトの姿を想像してしまう。
「ちっちがぁぁぁぁぁうっ!」
全力否定。身体から火が出てきそうだ。
「ならば良かった。君は彼に対して防御が弱いようだから、心配していたのだよ」
――う……防御が薄いのは確かだけどさ。
「神を孕み、産み落としてくれれば君は自由だ。好きなように恋だの愛だのして構わない。それまでは耐えて欲しい。それが僕の願いだ」
「耐えるってねぇ……」
さらりとこの美形お兄さんは言ってくれるが、言う人の見た目が違うとかなりの変態発言だと思うのだが。
「それと、だ。君が選出者となることを快く思わない人間もいる。君の行く手を阻む存在となるはずだ」
「そ……そんなのがいるの?」
邪魔をする者がいる。それは神を倒すのを悪いと思う者たちだろうか。
「神の使いは僕だけではない。同様の役割を持つ使いが他に二人いる。神を倒すことのできた選出者を選んだ使いには次期神の側近となることが約束されているため、その地位を狙う者は確実に邪魔をしてくるだろう」
ふむ。神様の世界にもいろいろあるらしい。
「じゃあ、あなたはどうしたいの?」
「僕?」
まさか問われるとは思っていなかったのだろう。彼はきょとんとした顔をする。
「えぇ。だって、あなた、あまり興味がないみたいだから」
選出者を辞退するなら男と交わってしまえ、などと過激なことを平気な顔で言う人物である。脅しているようにも見えなかったので気になったのだ。
「あぁ、そう見えると?」
あたしはこくっと頷く。
「僕は同じ使いである一人には是非とも良き選出者を見つけ、神を倒して欲しいと思っている。それは別に君に期待していないからという訳ではない。彼ならば次期神をきちんと教育し、世界を安定させるだけの力があると思っているからこそだ」
――へー。認めている人物がいるわけだ。
しかしそこで彼は表情を硬くする。
「だが、もう一人の彼にはその地位について欲しくはない。この世界を確実に崩壊へと導いてしまう……それだけは阻止したい」
「つまり、あたしは『良き使いの選出者が神を倒せなかったときのための存在である』ってこと?」
「物分りが良いな」
微苦笑をしてルークは頷く。
「どうにも中途半端な立ち位置での願いで恐縮だが、選出者として仕事をしてくれないか?」
「つまり、神を倒せ、と」
「はい」
「悪い使いの選出者が神を倒してしまわないように、ってことよね?」
「はい」
なるほど、納得したと言って引き受けても良いものなのだろうか。あたしは迷う。
「あれこれ考えるのは君に合わないな。ここは頷く場面だ。選出者を辞めたいなら、いつでもできるだろう? 僕は困るが、自分の目が悪かったと思うことにしよう。もちろん、君をどうこうするつもりもない。約束する」
「むぅ……わかったわ。一応了承してあげる。不慮の事故で選出者としての資格を失っちゃったとしても恨まないでよ?」
「恨まないさ。――では、任命の証を」
ルークはそう言ってあたしの首筋にその指先をあてる。
ちりっ。
「!」
痛みが走り、あたしはさっと後退する。
「これで契約完了だ。これが夢であったか現実であったのかはその首筋の痣が証明してくれることだろう。――今夜のところはこれで失礼」
笑顔でこちらを見ているルークの姿が霞んでいく。
――あれ、なんかまだ確認していないことがあったような……。
視界が白んでいく。それは夢から現実に戻ってきた証拠であった。
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