31 / 44
魔導人形がうまれた場所
腫れた頬と得たもの
しおりを挟む
「……!」
じんわりと増す頬の痛みに、プリムは正気を取り戻す。叩かれた頬に手を当ててカルセオの目を見る。
「なんのために怪我をしたのかわからないじゃないですか。あなたはあなたの仕事をしてください」
「す……すみません」
必死さのこもる瞳を見て、プリムは気を引き締める。
(そうだ。これはあたしの初仕事なんだ。依頼主に怪我をさせて……その上で逃げるなんてことできない)
「――ありがとう。もう大丈夫です」
力強くうなずいて見せる。もう大丈夫だ。
(彼の言うとおりだわ。あたしはあたしの選ぶ道を歩こう。あの時、誓ったじゃない)
プリムは精神を整える。迷いなく一つに束ねられる心。一から構築される魔法。練りあがる魔法陣のイメージ。
「この状況で……!」
自身の身体が光りだしたことにエミリーは驚愕する。闇色の炎はもう完全に消えている。代わりに足元には魔法陣が展開していた。複雑な文字、様々な図形が重なった白い魔法陣。
「肉体より放たれし 清き生命の源よ 世界の均衡に基づいて あるべき姿 あるべき形に戻りたまえ!」
一言一言がはっきりと発音される呪文には今まで以上の力がこもっている。全力で、抜かりなくエミリーに宿った魂を引き剥がすために。
「……そんなことが可能とはね」
白い光の柱に貫かれたエミリーはほかの人形のように絶叫するのではなく、どこかほっとするように一言呟いて力を失った。床に崩れた人形からは何の力も感じられない。どこにでもある人形と同じだ。
「やった……」
プリムはぺたんとその場に膝をつく。立っていられるほどの余力はなかったが、気を失うほどではなかったようだ。
(でも今の魔法陣、なにか形が違ったような……?)
「解除できたようですね。さすがプリムさん。お疲れ様です」
動かなくなったエミリーを見ると、痛みに耐えながらカルセオは笑顔を作る。
「はい……それはそうと、傷は大丈夫なんですか? ――って、結構血が流れているじゃないですか! すみません、あたしが……」
プリムはカルセオの首元を見て慌てる。上着の白い部分は真っ赤になっていた。
「大したことない……ってこともなさそうですね。すぐに病院に行きますよ。あなたは大丈夫ですか? さっきはその……叩いてしまってすみませんでした。しかも思いっきり……女性の顔だと言うのに……」
申し訳なさそうに頭を下げる。その拍子に開いた傷口にカルセオは顔をゆがめる。
「いえ、そもそもあたしがいけないわけで……とりあえず、早く処置をしたほうがいいわ。エミリーのことならもう問題はないと思います。すぐに病院に行きましょう」
ディルを手繰り寄せるとプリムは立ち上がる。足元がふらつくが、歩けないほどではない。
「はい」
カルセオはほっとしたように笑むと、角灯を手にとって部屋をあとにした。
夕方に戻ってきたプリムの頬を見てリーフは驚いた。
「どうしたんだよ、その顔」
濡れたハンカチで頬を冷やしながら部屋に入ったプリムにリーフは駆け寄る。
「あたしの未熟さの象徴よ」
「なんだよ、それ」
「言ったまんまよ」
荷物を寝台の近くに置くと、プリムはすぐに横になる。
「その袋はなんだ?」
置かれた荷物の中には見慣れない袋が混じっていた。
「依頼主に怪我をさせてしまったんで病院に行ったの。そしたらあたし、倒れちゃってね。魔力の使いすぎだろうって、栄養剤を処方してもらったのよ。今日のお仕事でもらった報酬が思ったより良かったから、自分にご褒美」
カルセオが支払った金額はかなりのものだった。今まで通りの旅をするならば一ヶ月程度は苦労しないほどの額だ。プリムはカルセオに怪我をさせてしまったことから一度は断ったのだが、始めからこの金額での契約だったからと言ってカルセオは譲らなかった。カルセオ自身の怪我は出血の割には重傷ではなく、一週間もすればほとんど気にならなくなるとのことだ。これで仕事に戻れると嬉しそうに語っていたカルセオの姿がプリムには印象的だった。
「そっか……」
言いながら、リーフはプリムの頭をなでる。プリムはくすぐったそうに目を細める。
「で、エミリーにはあなたの魂が付着していたみたいなんだけど、ちゃんと戻ってきてる?」
「あぁ。それはばっちりと。かなりびっくりしたけどな」
「ならよかった」
嬉しそうにプリムは微笑む。
「ちょこっと寝るね。食堂が閉まる前には起こして」
「わかった。お休み、ミストレス」
安心しきった表情で、プリムはすぐに眠りに落ちる。そんなプリムに、リーフは毛布を掛けてやった。
じんわりと増す頬の痛みに、プリムは正気を取り戻す。叩かれた頬に手を当ててカルセオの目を見る。
「なんのために怪我をしたのかわからないじゃないですか。あなたはあなたの仕事をしてください」
「す……すみません」
必死さのこもる瞳を見て、プリムは気を引き締める。
(そうだ。これはあたしの初仕事なんだ。依頼主に怪我をさせて……その上で逃げるなんてことできない)
「――ありがとう。もう大丈夫です」
力強くうなずいて見せる。もう大丈夫だ。
(彼の言うとおりだわ。あたしはあたしの選ぶ道を歩こう。あの時、誓ったじゃない)
プリムは精神を整える。迷いなく一つに束ねられる心。一から構築される魔法。練りあがる魔法陣のイメージ。
「この状況で……!」
自身の身体が光りだしたことにエミリーは驚愕する。闇色の炎はもう完全に消えている。代わりに足元には魔法陣が展開していた。複雑な文字、様々な図形が重なった白い魔法陣。
「肉体より放たれし 清き生命の源よ 世界の均衡に基づいて あるべき姿 あるべき形に戻りたまえ!」
一言一言がはっきりと発音される呪文には今まで以上の力がこもっている。全力で、抜かりなくエミリーに宿った魂を引き剥がすために。
「……そんなことが可能とはね」
白い光の柱に貫かれたエミリーはほかの人形のように絶叫するのではなく、どこかほっとするように一言呟いて力を失った。床に崩れた人形からは何の力も感じられない。どこにでもある人形と同じだ。
「やった……」
プリムはぺたんとその場に膝をつく。立っていられるほどの余力はなかったが、気を失うほどではなかったようだ。
(でも今の魔法陣、なにか形が違ったような……?)
「解除できたようですね。さすがプリムさん。お疲れ様です」
動かなくなったエミリーを見ると、痛みに耐えながらカルセオは笑顔を作る。
「はい……それはそうと、傷は大丈夫なんですか? ――って、結構血が流れているじゃないですか! すみません、あたしが……」
プリムはカルセオの首元を見て慌てる。上着の白い部分は真っ赤になっていた。
「大したことない……ってこともなさそうですね。すぐに病院に行きますよ。あなたは大丈夫ですか? さっきはその……叩いてしまってすみませんでした。しかも思いっきり……女性の顔だと言うのに……」
申し訳なさそうに頭を下げる。その拍子に開いた傷口にカルセオは顔をゆがめる。
「いえ、そもそもあたしがいけないわけで……とりあえず、早く処置をしたほうがいいわ。エミリーのことならもう問題はないと思います。すぐに病院に行きましょう」
ディルを手繰り寄せるとプリムは立ち上がる。足元がふらつくが、歩けないほどではない。
「はい」
カルセオはほっとしたように笑むと、角灯を手にとって部屋をあとにした。
夕方に戻ってきたプリムの頬を見てリーフは驚いた。
「どうしたんだよ、その顔」
濡れたハンカチで頬を冷やしながら部屋に入ったプリムにリーフは駆け寄る。
「あたしの未熟さの象徴よ」
「なんだよ、それ」
「言ったまんまよ」
荷物を寝台の近くに置くと、プリムはすぐに横になる。
「その袋はなんだ?」
置かれた荷物の中には見慣れない袋が混じっていた。
「依頼主に怪我をさせてしまったんで病院に行ったの。そしたらあたし、倒れちゃってね。魔力の使いすぎだろうって、栄養剤を処方してもらったのよ。今日のお仕事でもらった報酬が思ったより良かったから、自分にご褒美」
カルセオが支払った金額はかなりのものだった。今まで通りの旅をするならば一ヶ月程度は苦労しないほどの額だ。プリムはカルセオに怪我をさせてしまったことから一度は断ったのだが、始めからこの金額での契約だったからと言ってカルセオは譲らなかった。カルセオ自身の怪我は出血の割には重傷ではなく、一週間もすればほとんど気にならなくなるとのことだ。これで仕事に戻れると嬉しそうに語っていたカルセオの姿がプリムには印象的だった。
「そっか……」
言いながら、リーフはプリムの頭をなでる。プリムはくすぐったそうに目を細める。
「で、エミリーにはあなたの魂が付着していたみたいなんだけど、ちゃんと戻ってきてる?」
「あぁ。それはばっちりと。かなりびっくりしたけどな」
「ならよかった」
嬉しそうにプリムは微笑む。
「ちょこっと寝るね。食堂が閉まる前には起こして」
「わかった。お休み、ミストレス」
安心しきった表情で、プリムはすぐに眠りに落ちる。そんなプリムに、リーフは毛布を掛けてやった。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
荷車尼僧の回顧録
石田空
大衆娯楽
戦国時代。
密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。
座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。
しかし。
尼僧になった百合姫は何故か生きていた。
生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。
「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」
僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。
旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。
和風ファンタジー。
カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。
深淵に眠る十字架
ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
悪魔祓いになることを運命付けられた少年がその運命に逆らった時、歯車は軋み始めた…
※※この作品は、由海様とのリレー小説です。
表紙画も由海様の描かれたものです。
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜
シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。
アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。
前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。
一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。
そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。
砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。
彼女の名はミリア・タリム
子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」
542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才
そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。
このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。
他サイトに掲載したものと同じ内容となります。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる