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一年前の記憶
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***
一年前の今日、典兎たちは自宅に戻るべく、降りしきる雨の中車を走らせていた。
カーブのきつい下り坂を通ったときだ。濡れた路面がスリップを招いて車体が傾き、大きくスピンをした。そしてそのままカーブの外側に投げ出される。
山の斜面を転がる危機は奇跡的に回避したものの、木々にぶつかった車体は大きく変形し、原型をとどめていない。車に積んでいた荷物が道路に散らばっていた。
「義典さんっ!」
その場にすぐ駆けつけたのはミコトだった。義典の使役を受ける者として、たった一人、常にそばで待機していたからである。
「ミコトか……」
身体はエアバックによって重傷に至らなかったが、潰れた車体の間に足を挟まれて動けない。義典は苦笑して声を掛けてきたミコトを見た。
「今すぐ助けますから!」
奇跡を起こす力を使おうとしたミコトを、義典は片手で止める。
「美月は……典兎は無事か……?」
「お二人ですか?」
心配する義典の気持ちをくむと、ミコトは美月と典兎の気配を探る。
「!」
そして気付いた。典兎が車外に放り出されてしまい、一番危険な状態にあることを。
「み……美月さんは重傷ではありますが、命に別状はありません。ですが……典兎くんは……」
助からないかもしれない、その台詞をミコトは続けられない。
しかし、義典に伝えるには充分だった。意識がはっきりしていた彼は大きなため息をつく。
「――そうか……ならば、俺のことは最後だ。美月と典兎を助けてやってくれ」
「ですが義典さん! あなたが一番助かる確率が高い――」
「つべこべ言わず、二人を助けろ!」
「は、はいっ!」
言われるままに、ミコトは道路に転がっている瀕死の典兎に駆け寄る。雨と血で濡れた身体に触れてみれば、もう生命活動を停止させようとしていることがわかった。
「よ……義典さん……あたしの今の力では典兎くんを充分に生かすことができない……」
止血だけでもしなくてはと治療を開始したものの、肉体という器からこぼれていく生命の欠片を戻すことはできない。義典の想いを糧にして全力を尽くすミコトだったが、それでも追いつかない。おのれの非力さに絶望しかけたとき、義典が叫んだ。
「――わかった。俺の命をくれてやれ」
「なっ! 馬鹿なことを言わないで下さい!」
「俺を喰らえ、ミコト! そうすれば一時的でもお前の力は向上する。――これでも元スペクターズ・メディエーターだった男だ。他の人間を喰うよりも力が上がるはずだろう」
「できません! それに、典兎くんを救えても、美月さんを救うだけの余力が――」
「典兎を救うためなら……わたしも命は惜しくないわ」
ミコトの精神世界に美月の意識が流れ込む。喋ることができる状態ではなかったが、義典たちのやりとりが聞こえていたらしい。美月は想いをつむぐ。
「必要なら、わたしも食べて下さい。だから、典兎を助けて」
「でも……」
「手遅れになる前にそうしろっ!」
迷うミコトを義典は叱責する。こうなってはもはや抵抗できない。それが、彼と契約を交わしてしまった代償なのだから。
「うぁぁぁぁぁぁっ!」
狂乱状態になりながら、ミコトは契約主の願いを叶えた。彼の最後の願いを――。
一年前の今日、典兎たちは自宅に戻るべく、降りしきる雨の中車を走らせていた。
カーブのきつい下り坂を通ったときだ。濡れた路面がスリップを招いて車体が傾き、大きくスピンをした。そしてそのままカーブの外側に投げ出される。
山の斜面を転がる危機は奇跡的に回避したものの、木々にぶつかった車体は大きく変形し、原型をとどめていない。車に積んでいた荷物が道路に散らばっていた。
「義典さんっ!」
その場にすぐ駆けつけたのはミコトだった。義典の使役を受ける者として、たった一人、常にそばで待機していたからである。
「ミコトか……」
身体はエアバックによって重傷に至らなかったが、潰れた車体の間に足を挟まれて動けない。義典は苦笑して声を掛けてきたミコトを見た。
「今すぐ助けますから!」
奇跡を起こす力を使おうとしたミコトを、義典は片手で止める。
「美月は……典兎は無事か……?」
「お二人ですか?」
心配する義典の気持ちをくむと、ミコトは美月と典兎の気配を探る。
「!」
そして気付いた。典兎が車外に放り出されてしまい、一番危険な状態にあることを。
「み……美月さんは重傷ではありますが、命に別状はありません。ですが……典兎くんは……」
助からないかもしれない、その台詞をミコトは続けられない。
しかし、義典に伝えるには充分だった。意識がはっきりしていた彼は大きなため息をつく。
「――そうか……ならば、俺のことは最後だ。美月と典兎を助けてやってくれ」
「ですが義典さん! あなたが一番助かる確率が高い――」
「つべこべ言わず、二人を助けろ!」
「は、はいっ!」
言われるままに、ミコトは道路に転がっている瀕死の典兎に駆け寄る。雨と血で濡れた身体に触れてみれば、もう生命活動を停止させようとしていることがわかった。
「よ……義典さん……あたしの今の力では典兎くんを充分に生かすことができない……」
止血だけでもしなくてはと治療を開始したものの、肉体という器からこぼれていく生命の欠片を戻すことはできない。義典の想いを糧にして全力を尽くすミコトだったが、それでも追いつかない。おのれの非力さに絶望しかけたとき、義典が叫んだ。
「――わかった。俺の命をくれてやれ」
「なっ! 馬鹿なことを言わないで下さい!」
「俺を喰らえ、ミコト! そうすれば一時的でもお前の力は向上する。――これでも元スペクターズ・メディエーターだった男だ。他の人間を喰うよりも力が上がるはずだろう」
「できません! それに、典兎くんを救えても、美月さんを救うだけの余力が――」
「典兎を救うためなら……わたしも命は惜しくないわ」
ミコトの精神世界に美月の意識が流れ込む。喋ることができる状態ではなかったが、義典たちのやりとりが聞こえていたらしい。美月は想いをつむぐ。
「必要なら、わたしも食べて下さい。だから、典兎を助けて」
「でも……」
「手遅れになる前にそうしろっ!」
迷うミコトを義典は叱責する。こうなってはもはや抵抗できない。それが、彼と契約を交わしてしまった代償なのだから。
「うぁぁぁぁぁぁっ!」
狂乱状態になりながら、ミコトは契約主の願いを叶えた。彼の最後の願いを――。
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